第41話:命を賭した解放
俺の体は、聖剣に命を吸い上げられ、足元から、きらきらと輝く光の粒子となって、霧散していく。
視界が、白く染まっていく。
意識が、遠のいていく。
だが、俺は、決して、聖剣の柄から、手を離さなかった。
俺の命を注ぎ込まれた聖剣は、もはや、剣としての形状を保ってはいなかった。
それは、純粋な聖なる力そのものが、凝縮された、黄金の『鍵』。
その鍵は、エリアの魂の奥深く――黒い鎖が絡みつく、魂の檻へと、ゆっくりと、差し込まれていく。
『……リアンさん……! ダメ……! やめて……!』
エリアの魂が、悲痛な叫びを上げる。
俺が、自分のために、命を捨てようとしていることに、彼女は気づいたのだ。
『……そんなこと、望んでない……! リアンさんが、いなくなっちゃうなら、私、生きていても、意味がない……!』
「……馬鹿を、言うな……!」
俺は、消えゆく意識の中で、最後の力を振り絞り、叫んだ。
「……お前が、生きることが……俺が生きた、証になるんだ……!」
俺の言葉に、エリアの魂が、激しく揺らぐ。
その瞬間、黄金の鍵が、カチリ、と音を立てて、魂の檻の錠前に、はまった。
――あとは、回すだけだ。
だが、その時。
エリアの魂を縛り付けていた黒い鎖が、まるで、自らの危機を察したかのように、激しく蠢き始めた。
鎖から、先代魔王の、憎悪に満ちた残留思念が、黒い怨念となって、溢れ出してくる。
『――させぬ……! 我が器を、解放など、させてなるものか……!』
『――貴様も、その小娘も、ここで、我と共に、永遠の闇に沈むがいい……!』
黒い怨念は、津波のように、俺の魂に、襲いかかってきた。
それは、数千年にわたって蓄積された、人間の、世界への、あらゆる呪いと憎悪の集合体。
あまりに、おぞましく、強大な、負の力。
俺の魂は、その濁流に飲み込まれ、一瞬で、引き裂かれそうになった。
「ぐ……っ、あああああっ……!」
俺は、精神的な激痛に、絶叫した。
心が、闇に染められていく。
意識が、憎悪に塗りつぶされていく。
――もう、だめだ。
俺が、諦めかけた、その時だった。
俺の魂を、背後から、そっと、温かい光が、包み込んだ。
『――リアンさん、一人には、させません』
エリアの魂だった。
彼女は、自ら生きることを諦めかけていたはずの、そのか弱い魂で、俺を、先代魔王の怨念から、必死に守ろうとしてくれていたのだ。
『……私も、戦います。……リアンさんと、一緒に』
彼女の魂が、俺の魂と、一つに重なり合う。
一人では、耐えきれなかった、憎悪の濁流。
だが、二人なら。
「……ああ……!」
俺は、エリアの温もりを感じながら、最後の、最後の力を、振り絞った。
そして、二人分の魂の力を込めて、黄金の鍵を、ゆっくりと、回した。
――ギギギギギ……
世界が、軋むような音が、響き渡る。
黒い鎖が、悲鳴を上げるように、激しく振動し、その表面に、無数のヒビが入っていく。
『――おのれ……おのれぇぇぇぇっ!!』
先代魔王の断末魔の叫びと共に、ついに、その呪いの鎖は、黄金の光の中で、粉々に、砕け散った。
檻は、開かれたのだ。
瞬間、エリアの魂から、解放された先代魔王の力が、黒い奔流となって、天へと昇っていく。
それは、やがて、空の彼方で、何の力も持たない、ただの魔力の粒子となって、拡散し、消えていった。
後に残されたのは、呪縛から完全に解き放たれた、エリアの、純粋で、透明な、魂の光だけだった。
そして、その魂は、まるで、感謝を告げるかのように、俺の魂に、一度だけ、優しく、触れた。
『……ありがとう……リアンさん……』
『……愛して、います……』
その、最後の言葉を、俺は、確かに、聞いた。
それと同時に、俺の体は、完全に、その限界を迎えた。
俺の命を注ぎ込まれた聖剣もまた、その役目を終え、黄金の光の粒子となって、風の中に、溶けていく。
「……あ……」
俺の体は、もはや、膝から下が存在しなかった。
俺は、ゆっくりと、その場に、倒れ込む。
目の前には、穏やかな寝息を立てる、エリアの姿。
彼女の顔は、もう、青白くはない。
ほんのりと、血の気が戻っている。
彼女は、もう、魔王ではない。
ただの、人間の少女に、戻ったのだ。
――ああ……よかった……。
俺は、心の底から、安堵した。
約束は、果たせなかったかもしれない。
だが、彼女を、救うことは、できた。
もう、俺の人生に、悔いはなかった。
俺の意識は、そこで、完全に、途絶えた。
最後に見たのは、草原の向こうから、朝日が昇ってくる、美しい光景だった。




