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【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第1章:看取る決意と旅の始まり

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第4話:漏れ出す力と世界の拒絶

 フォルト村を後にしてから、俺たちの旅は一層慎重さを要するものになった。

 人のいる集落を避け、街道からも外れ、獣道や森の中を選んで進む。エリアは、なぜ急にそんな旅路になったのか、不安そうに尋ねてきたが、俺は「追っ手が来る可能性がある」とだけ伝えて誤魔化した。


 本当の理由は、口が裂けても言えなかった。

 お前の存在そのものが、災厄を振りまいているからだ、などと。


 しかし、隠し通せるものではなかった。エリア自身が、自分の身に起きている変化に気づき始めていたからだ。


 ある日のことだった。

 休憩のために立ち寄った小さな泉で、エリアが水を飲もうと手を差し伸べた。その瞬間、澄み切っていた水面が、インクを垂らしたように微かに黒く濁った。


「……あ」


 エリアの小さな息を呑む音が、静かな森に響いた。彼女は弾かれたように手を引っ込め、恐ろしげに自分の手と泉を交互に見つめている。


「り、リアンさん……今、の……」

「……気のせいだろ」


 俺は平静を装って答えたが、エリアは首を横に振った。

「いいえ……気のせいじゃありません。村でも、そうでした。私が近づくと、花が……萎れて……」

 その声は、震えていた。

 フォルト村で、彼女は気づいていたのだ。自分に向けられる人々の敵意の理由を。そして、その原因が自分自身にあることも。


 彼女の純粋な心は、自分の力が周囲に与える悪影響を、敏感に感じ取ってしまうらしい。


 その夜、焚き火を囲みながら、エリアはぽつりと呟いた。

「私はやっぱり、魔王なんですね……」


 その横顔は、昼間見た時よりもずっと青白く、弱々しく見えた。俺は言葉を探したが、気の利いた慰めの言葉など、一つも思い浮かばなかった。俺は勇者で、これまで敵を斬ることしかしてこなかったのだ。


「私が生きているだけで、世界を傷つけてしまう……。こんなことなら、やっぱり、あの時リアンさんに斬ってもらえばよかった」

「馬鹿なことを言うな」


 俺は、思わず強い口調で遮っていた。

「お前は何も悪くない。悪いのは、お前にそんな力を押し付けた先代の魔王だ」

「でも、現にこうして……!」


 感情が昂ったせいか、エリアが激しく咳き込み始める。ケホッ、ケホッ、と空咳が続き、その小さな背中が痛々しく波打った。

 瞬間、俺たちの周りで異変が起きた。

 焚き火の炎が、不吉な紫色に揺らめいた。地面から生えていた草が、見る見るうちに黒く変色し、枯れていく。近くの木々がざわめき、まるでエリアを拒絶するかのように枝を震わせた。


 これが、彼女の力の正体。

 本人の意思とは無関係に、感情の波に呼応して漏れ出す、制御不能な破滅の力。世界そのものが、彼女という「異物」を排除しようと軋みを上げているかのようだ。


「……ひっ……」


 エリアは、自分の力が引き起こした現象を目の当たりにし、恐怖に顔を引きつらせた。そして、俺から距離を取るように、後ずさる。


「ち、近寄らないで……! リアンさんまで、私のせいで……!」

「落ち着け、エリア!」


 俺は彼女の肩を掴もうと手を伸ばすが、エリアはそれを振り払った。

「嫌……! 嫌です! 私は、誰も傷つけたくない……!」


 パニックに陥った彼女の体から、さらに強い魔力の波が迸る。風が荒れ狂い、周囲の空間がビリビリと震えるのが分かった。

 まずい。このままでは、彼女自身の魔力が暴走し、自滅しかねない。


 俺は躊躇を捨て、無理やり彼女の体を抱きしめた。

「……っ!?」

 腕の中で、エリアの体がびくりと硬直する。


「聞け、エリア」

 俺は、できるだけ穏やかな声で、彼女の耳元に語りかけた。

「お前の力は、確かにお前のものじゃないかもしれない。だが、お前の命は、お前自身のものだ。それを、他人の都合で終わらせていい理由にはならない」


 震える彼女の背中を、ゆっくりと撫でる。

「俺が、そばにいる。お前の力が暴走しそうになったら、俺が止めてやる。だから、何も恐れるな」


 俺の言葉に、どのような力があったのかは分からない。

 ただ、腕の中で暴れていたエリアの体の力が、少しずつ抜けていくのが分かった。荒れ狂っていた魔力の波も、次第に凪いでいく。


 やがて、俺の胸に顔をうずめたまま、エリアのしゃくり上げるような泣き声が聞こえてきた。それは、ずっと一人で恐怖と絶望に耐えてきた少女の、初めての慟哭だった。


 俺は、ただ黙って、彼女の小さな背中をさすり続けた。

 この旅が、単なる逃避行ではないことを、この時、俺ははっきりと悟った。

 これは、世界から拒絶された少女の心を、俺が守り抜くための戦いの旅なのだと。


 その夜、エリアはひどい熱を出した。

 魔力を消耗し、精神をすり減らした当然の結果だった。

 彼女の荒い寝息を聞きながら、俺は自分の無力さを噛み締めていた。

 俺は最強の勇者だ。だが、この少女一人を、病と孤独から救ってやることすらできない。


 夜明けの空が白み始めた頃、俺は一つの決意を固めた。

 このままでは、エリアの体も心も持たない。彼女の苦しみを和らげる方法を探さなければならない。

 確か、この先の森の奥深くに、あらゆる知識を持つと言われる「賢者」が住んでいるという話を、旅の途中で聞いたことがあった。


 俺は眠るエリアの体を慎重に背負い、まだ薄暗い森の中を、東へと向かって歩き出した。

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