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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第26話:少女の決断

 ゼノンの冷酷な声が、朝の冷たい空気の中に響き渡った。

「――魔王よ。リアンを助けたければ、自ら、こちらへ来なさい」


 その言葉は、まるで呪いのように、俺の背中で眠っていたエリアの意識を揺り覚ました。

「……ん……」

 エリアが、小さく身じろぎする。

 俺は、彼女に声が届かないように、その耳を塞ごうとした。

「聞くな、エリア!」


 だが、遅かった。

 エリアは、ゆっくりと目を開け、目の前の光景を――俺を取り囲む無数の騎士たちと、強大な魔力を構えるゼノンの姿を――その紫色の瞳に映した。


「……これは……」

 状況を理解した彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。

 ゼノンは、そんなエリアの様子を見ると、再び、冷たく告げた。

「聞こえましたね、魔王。選択肢は二つ。一つは、あなたがリアンと共に、ここで我々の攻撃を受け、塵と化すこと。もう一つは、あなたが自ら投降し、リアンの命を救うこと。……さあ、選びなさい」


 卑劣なやり方だった。

 俺を人質にとり、エリアの優しさに付け込む。ゼノンは、エリアがどちらを選ぶか、確信しているのだ。


「やめろ、ゼノン! こいつを巻き込むな!」

「黙りなさい、リアン。これは、彼女自身の問題です」


 エリアは、震えていた。

 俺の背中にしがみつく彼女の指先が、氷のように冷たい。

 彼女は、俺とゼノンの顔を、交互に見つめている。その瞳には、深い絶望と、そして、どうしようもないほどの葛藤が渦巻いていた。


 俺は、エリアに語りかけた。

「……行くな、エリア。俺のそばを、離れるな」

 それは、命令ではなく、懇願だった。

 俺は、ただ、彼女にそばにいてほしかった。たとえ、ここで共に死ぬことになったとしても。


「……でも……」

 エリアの声が、震える。

「でも、そうしたら、リアンさんが……リアンさんが、死んでしまう……!」

「構わない! お前がいない世界で生きるくらいなら、俺は……!」


 俺の言葉は、最後まで続かなかった。

 エリアが、そっと、俺の背中から離れたからだ。

 そして、彼女は、震える足で一歩、また一歩と、俺の前へと歩み出た。


「……エリア……?」

 彼女は、俺の前に立つと、振り返って、俺の顔を見上げた。

 その顔には、もう、迷いはなかった。

 ただ、静かな覚悟と、そして、俺への深い愛情が浮かんでいた。


「……リアンさん」

 彼女は、微笑んだ。

 今まで見た中で、一番、悲しくて、そして、美しい笑顔だった。

「……ありがとう」


 その一言に、彼女のすべての想いが込められているのが、痛いほどに分かった。

 城から連れ出してくれたことへの感謝。

 一緒に旅をしてくれたことへの感謝。

 そして、生きる希望を与えてくれたことへの、感謝。


「……やめろ……」

 俺の声は、掠れていた。

「……やめてくれ、エリア……!」


 だが、彼女の決意は、もう揺るがない。

 エリアは、俺に背を向けると、ゼノンの方へと、ゆっくりと歩き始めた。

 その小さな背中が、まるで全世界の悲しみを一人で背負っているかのように、頼りなく見えた。


「……賢明な判断です、魔王」

 ゼノンが、満足げに呟く。

 騎士たちが、エリアの進む道を、左右に開けていく。


 俺は、その光景を、ただ、立ち尽くして見ていることしかできなかった。

 傷だらけの体は、鉛のように重く、一歩も動けない。

 聖剣を握る手は、無力に震えているだけだった。


 エリアが、ゼノンの目の前まで辿り着く。

 ゼノンは、彼女の体に魔力を封じるための、特殊な枷をはめようと手を伸ばした。


 その、瞬間だった。


「――待ったぁぁぁぁっ!!」


 空気を切り裂くような、甲高い声が、どこからか響き渡った。

 俺も、ゼノンも、騎士たちも、そしてエリアも。

 その場にいた全員が、驚いて声のした方角――空を見上げた。


 空の彼方から、何かが、猛烈なスピードでこちらへ向かってきている。

 それは、巨大な、一羽の鷲だった。

 いや、ただの鷲ではない。その背には、純白の神官服をはためかせた、一人の人影が乗っている。


「……カサンドラ……!?」


 ゼノンが、驚愕の声を上げた。

 そうだ。あの姿は、間違いなくカサンドラだ。

 彼女は、どうやってここに……?


 俺たちの混乱をよそに、カサンドラを乗せた巨大な鷲は、急降下すると、エリアの体をその爪で、優しく、しかし、確実に掴み上げた。


「なっ……!?」

「エリアさん、しっかり捕まっていてください!」


 カサンドラの声が響くと同時に、鷲は再び、空高く舞い上がる。

 あまりに、一瞬の出来事だった。


「……何をしている、カサンドラ! 貴様、正気か!?」

 ゼノンが、我に返って激昂する。

 空の上から、カサンドラの、決意に満ちた声が、地上に降り注いだ。


「――私は、もう迷いません! リアンも、エリアさんも、どちらも見捨てることなど、私にはできません! それが、私の見つけた『正義』です!」


 彼女は、ついに、選んだのだ。

 王国を裏切ってでも、俺たちと共に歩む道を。

 その覚悟は、俺の胸を、熱く打った。

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