第21話:リアリストの選択
意識が遠のいていく中、俺はゼノンの冷たい声を聞いていた。
「――全員、構えよ。勇者リアンと魔王を、同時に攻撃する。一切の情けは不要だ」
カチャリ、と騎士たちが一斉に剣や弓を構える金属音が響く。
もはや、これまでか……。
俺は、最後の力を振り絞り、意識のないエリアの体の上に覆いかぶさった。
せめて、盾にくらいはなれるだろう。
エリア……すまない。約束、全部は守れそうにない……。
俺が、完全に意識を手放そうとした、その時だった。
「――お待ちください、ゼノン様!」
凛とした声が、その場に響き渡った。
声の主は、騎士団の後方から駆け寄ってきた、カサンドラだった。
彼女は、血の気の引いた顔で、目の前の惨状――半壊した街と、倒れている俺たち――を見つめている。
「カサンドラ……。あなたも来ましたか。ちょうどよかった。聖女であるあなたにも、この討伐を見届けていただきましょう」
ゼノンは、カサンドラを一瞥しただけで、再び俺たちに杖を向けた。
「おやめください!」
カサンドラは、ゼノンと俺たちの間に、身を挺して立ちはだかった。
「見てください! リアンは、これほどの深手を負っているのですよ! エリアさんも、意識が……! 今の彼らに、何の脅威があるというのですか!?」
「今はなくとも、いずれ脅威となる。ならば、根は今のうちに摘んでおくべきです。それが最も合理的でしょう」
ゼノンの口調は、どこまでも冷静で、揺るぎがなかった。
「合理的……? あなたの言う正義は、そんなにも、血も涙もないものなのですか!?」
カサンドラの悲痛な叫びが、響き渡る。
「リアンは、仲間だったではありませんか! 共に旅をし、笑い合い、背中を預け合った、大切な仲間だったはずです!」
「……過去の話です」
ゼノンは、静かにそう返した。
「今の彼は、魔王に与し、世界を危険に晒す裏切り者。……私情で大義を誤るわけにはいきません。どきなさい、カサンドラ」
「嫌です! 私を殺してから、お行きなさい!」
カサンドラは、両腕を広げ、決してそこを動かないという強い意志を示した。
ゼノンは、そんな彼女の姿を、冷たい目で見下ろしたまま、しばらく黙り込んだ。
騎士たちの間にも、戸惑いの空気が流れる。聖女であるカサンドラに、刃を向けることなど、彼らにはできない。
長い、息の詰まるような沈黙。
やがて、ゼノンは、ふぅ、と一つため息をついた。
「……分かりました」
意外な言葉に、カサンドラが目を見開く。
ゼノンは、構えていた杖を、ゆっくりと下ろした。
「……あなたの顔を立てましょう。今日のところは、見逃します」
「ゼノン……!」
「ただし、条件があります」
ゼノンは、人差し指を一本立てた。
「魔王……エリアという少女の身柄は、我々が預かる」
「なっ……!?」
俺は、朦朧とする意識の中で、その言葉に激しく抵抗しようとした。だが、声が出ない。
カサンドラも、狼狽したように叫んだ。
「そ、それはどういう……!? 彼女をどうするつもりですか!?」
「殺しはしません。約束します」
ゼノンは淡々と続けた。
「王都の最奥、聖なる光で満たされた『白亜の塔』に、彼女を幽閉します。そこならば、彼女の魔力は完全に封じられ、外に漏れ出すことはない。世界の歪みも、これ以上進行することはないでしょう」
それは、一見すると、合理的な解決策に思えた。
エリアを殺さず、世界の平和も守る。
だが、カサンドラは、その提案の裏にある残酷さを見抜いていた。
「……そんなことをすれば、彼女は……!」
「ええ。魔力の器である彼女から、魔力そのものを断てば、彼女の生命力は急速に失われる。……おそらく、数日ももたないでしょうな」
それは、処刑と何ら変わりない。ただ、死に至るまでの過程が違うだけだ。直接手を下すのではなく、ゆっくりと、確実に、死ぬのを待つ。
あまりにも、非情な選択だった。
「……そんな……! それでは、あんまりです!」
「ですが、カサンドラ。これが、唯一の妥協案です」
ゼノンの声には、有無を言わせぬ響きがあった。
「彼女をこのままリアンに任せておけば、いずれ第二、第三の悲劇が起きる。それは、あなたも望まないはずだ。……さあ、選びなさい。ここで、私とリアンもろとも、エリアを討伐するか。あるいは、彼女の身柄を我々に預け、リアンの命だけは助けるか」
究極の選択だった。
カサンドラは、唇を噛みしめ、苦悩に顔を歪ませた。
彼女の視線が、倒れている俺と、そしてエリアの間を、何度も何度も行き来する。
俺は、心の中で叫んでいた。
やめろ、カサンドラ。そんな選択をするな。エリアを、渡さないでくれ……!
だが、俺の声は、誰にも届かない。
やがて、カサンドラは、絞り出すような声で、言った。
「…………分かり、ました……」
その声は、絶望に満ちていた。
「……エリアさんの身柄は……お預けします。……だから、どうか、リアンだけは……」
その言葉を最後に、俺の意識は、完全に闇の中へと沈んでいった。
最後に見たのは、騎士たちに抱え上げられ、遠ざかっていくエリアの、小さな姿だった。




