第20話:勇者の怒り
俺の全身から放たれる黄金の闘気と、ギルヴァレスの漆黒の魔力が衝突し、破壊された広場の空気がビリビリと震えた。もはや、言葉は不要だった。互いの瞳に宿るのは、相手を滅ぼさんとする純粋な敵意のみ。
「フン、勇者よ。愛しい女を守れず、逆上したか。無様だな」
ギルヴァレスが嘲笑う。
「だが、今の貴様に、この私を止められるかな?」
その言葉は、単なる挑発ではなかった。
先ほどのエリアの魔力暴走。その余波は、俺の体力も確実に削っていた。対するギルヴァレスは、吹き飛ばされたとはいえ、ダメージは軽微だ。状況は、圧倒的に俺が不利だった。
だが、そんなことは、どうでもよかった。
俺の心を満たしているのは、エリアを傷つけられたことへの、燃え盛るような怒り。この怒りが、俺の力の源だった。
「――黙れ」
俺は意識のないエリアを慎重に壁際に横たえると、聖剣を構え直し、地面を蹴った。
もはや、防御も、駆け引きも考えない。ただ、目の前の敵を、最速で、最大火力で叩き潰す。それだけだ。
「――〈聖光連斬〉(ホーリー・アーク)!」
聖剣の軌跡が、金色の光の弧を描く。常人には目で追うことすら不可能な、超高速の五連撃。かつて、巨大な竜を一刀両断にした俺の必殺剣だ。
「甘い!」
だが、ギルヴァレスは、その神速の斬撃を、巨大な戦斧一本で全て弾き返してみせた。
ガガガガギンッ!
嵐のような金属音が鳴り響き、俺とギルヴァレスの間に、眩い火花が散る。
「その程度か、勇者! 怒りで我を忘れた貴様など、赤子同然よ!」
ギルヴァレスが、弾き返した勢いのまま、カウンターの如く戦斧を振り下ろす。俺は咄嗟に身を翻してそれをかわすが、斧の巻き起こした風圧だけで、背後の建物が轟音と共に崩れ落ちた。
強い。
冷静さを欠いていることを差し引いても、ギルヴァレスの強さは、俺の想像をわずかに上回っていた。
(……くそ、このままではジリ貧だ……!)
焦りが、俺の剣をさらに鈍らせる。
俺の心を見透かすかのように、ギルヴァレスが言った。
「どうした、勇者よ。あの小娘が心配で、戦いに集中できぬか? 案ずるな。貴様を殺した後、あの小娘もすぐに送ってやる。我が主の魂をいただいた後で、な!」
「……っ、黙れぇぇぇっ!!」
その言葉が、俺の心の最後の箍を、完全に外した。
俺の体から、金色の闘気が爆発的に噴き上がる。
それは、聖なる力などという綺麗なものではない。怒りと憎しみに染まった、破壊のための力。
「……おお?」
ギルヴァレスが、わずかに目を見開いた。
「聖なる力に、負の感情を混ぜ込むか……。面白い。勇者が聞いて呆れるわ!」
俺は、聖剣を天に掲げた。
剣先に、ありったけの力が収束していく。金色と、そして俺の怒りを映した黒い稲妻が、渦を巻くように絡み合う。
これは、俺が禁じ手として封印していた技。あまりに強大で、制御が難しく、使えば自らの身もただでは済まない、諸刃の剣。
だが、もはや、ためらいはなかった。
「……消えろ、ギルヴァレス」
俺は、極限まで圧縮された力を、一直線に解放した。
「――〈終焉の光芒〉(エンド・オブ・レイ)!!」
金と黒の螺旋を描く光の奔流が、聖剣の切っ先から放たれる。
それは、直線状にあるすべてのものを、原子レベルで分解し、消滅させる究極の破壊魔法剣。
ドワーフ・フォートの街を、広場から城壁まで、一直線に貫通し、その先にある山脈にまで巨大な風穴を開けた。
「なっ……!?」
ギルヴァレスは、その絶対的な破壊力を前に、初めて驚愕の表情を見せた。
彼は咄嗟に戦斧を盾にして身を守ろうとするが、無駄だった。
終焉の光は、彼の戦斧を、そして漆黒の鎧を、まるで紙のように貫き、その巨体を飲み込んでいく。
「ぐ……お……おおおおおっ……! こ、この力が……勇者の……!」
断末魔の叫びと共に、魔将ギルヴァレスの体は、光の中に完全に消滅した。
塵一つ、残さずに。
光が収まった後、そこには静寂だけが残った。
街には、巨大な爪痕のような破壊の跡が、一直線に刻まれている。
「……はぁ……はぁ……っ……」
俺は、その場に膝から崩れ落ちた。
禁じ手を使った代償は、大きい。全身の血管が張り裂けそうなほどの激痛が走り、立っていることすらできない。
だが、安堵したのも束の間だった。
背後から、冷徹な声が響いた。
「――見事なものですね、リアン。ですが、街一つを半壊させるほどの力……。もはや、あなたも『世界の脅威』と見なすしかありません」
振り返ると、そこには、ゼノンが、数十人の王都騎士団を率いて立っていた。
いつの間に……。俺とギルヴァレスの戦いの騒ぎを聞きつけて、駆けつけたのか。
ゼノンの怜悧な瞳は、俺と、そしてその傍らで意識を失っているエリアを、冷たく見下ろしていた。
その手にした杖の先端には、すでに、青白い魔力の光が灯っている。
「勇者リアン。そして魔王。二人まとめて、ここで排除させていただきます」
最悪のタイミングだった。
今の俺には、もう、指一本動かす力も残ってはいない。
絶望的な状況の中、俺の意識は、ゆっくりと闇に飲まれていった。




