第17話:魔将ギルヴァレス
ドワーフ・フォートでの束の間の平穏は、突如として破られた。
スープを飲み終え、俺たちが食堂を出ようとした、その時だった。
街の広場の方角から、人々の悲鳴と、何かが破壊される轟音が響き渡ったのだ。
「きゃあああっ!」
「な、なんだ!? 魔物か!?」
街は一瞬にしてパニックに陥った。人々は我先にと逃げ惑い、露店は薙ぎ倒され、穏やかだった街並みは混乱の坩堝と化す。
俺は即座にエリアを背後にかばい、聖剣に手をかけた。
「……この気配……魔族か」
それも、ただの魔族ではない。凝縮された、強大で邪悪な魔力。これほどの魔力を持つ存在は、そう多くはない。
俺は舌打ちした。なぜ、こんな人間の街に。まさか、俺たちを追って――。
その考えは、広場の中央に立つ一体の魔族の姿を見て、確信に変わった。
漆黒の全身鎧に身を包み、背には巨大な戦斧を背負っている。その兜の隙間から覗く両目は、まるで溶岩のように赤く爛々と輝いていた。
その姿、忘れるはずもない。
「……ギルヴァレス……!」
先代魔王に仕え、「魔将」の異名で恐れられた、魔王軍最強の将軍。
かつて俺が魔王城へ向かう道中で、一度だけ刃を交えたことがある。その時は、辛うじて退けるのがやっとだった。なぜ、こいつがここに。
ギルヴァレスは、周囲の混乱など意にも介さず、その赤い双眸で、人混みの中にいる俺たちを的確に捉えていた。
「――見つけたぞ、偽りの魔王よ」
地響きのような、重い声が響く。その声は、明確にエリアに向けられていた。
「ひっ……!」
エリアは、ギルヴァレスの殺気に当てられ、俺の後ろで小さく悲鳴を上げた。
「ギルヴァレス! 貴様の狙いは何だ!」
俺が聖剣を抜き放ち、叫ぶ。
ギルヴァレスは、俺を一瞥すると、侮蔑するように鼻を鳴らした。
「勇者リアンか。まだ、そのような小娘の護衛ごっこを続けていたとはな。貴様も堕ちたものよ」
「黙れ。この街の人間を巻き込むな。用があるなら、俺が相手だ」
「フン。貴様などに用はない。我が用があるのは、その後ろにいる小娘がその身に宿す、『力』だけよ」
ギルヴァレスは、背中の戦斧を抜き放つ。それは、俺の身の丈ほどもある、巨大な両刃の斧だった。
「偽りの魔王よ! その身に余る大いなる力を、我が主、真の魔王様のため、返上していただく!」
そう叫ぶと、ギルヴァレスは地面を蹴った。
巨体に見合わぬ、恐るべき速度。一瞬で俺たちの目の前に迫ると、戦斧を横薙ぎに振り抜く。
轟、と風を切り裂く音が響く。まともに受ければ、エリアもろとも両断されるであろう、凄まじい一撃だ。
「くっ……!」
俺はエリアを突き飛ばし、聖剣でその一撃を受け止めた。
ガギィィィン!!
鼓膜が破れそうなほどの金属音が響き、俺の腕に骨が砕けるかのような衝撃が走る。聖剣が、悲鳴を上げるように軋んだ。
なんというパワーだ。以前戦った時よりも、さらに強力になっている。
「リアンさん!」
地面に倒れたエリアが、悲痛な声を上げる。
「逃げろ、エリア! ここから離れるんだ!」
「で、でも……!」
「いいから行け!」
俺はギルヴァレスの戦斧を押し返しながら叫んだ。
エリアは一瞬ためらったが、やがて涙を浮かべながら頷くと、瓦礫の散らばる路地裏へと駆け込んでいった。
「……逃がすと思ったか」
ギルヴァレスが、低い声で呟く。
「お前の相手は、俺だと言ったはずだ!」
俺は聖剣に聖なる力を込め、ギルヴァレスを力任せに押し返すと、そのまま間髪入れずに剣を振るった。
剣と斧が、火花を散らしながら何度も激突する。
広場は、俺とギルヴァレスの戦いによって、凄まじい勢いで破壊されていった。石畳は砕け、建物は崩壊し、街の自警団であるドワーフたちが、なすすべもなく遠巻きに見ている。
強い。
純粋な戦闘能力において、ギルヴァレスは俺がこれまで戦ってきた中でも、間違いなく最強の敵だった。
だが、負けるわけにはいかない。俺がここで負ければ、エリアが殺される。
「なぜだ、ギルヴァレス!」
俺は、刃を交えながら叫んだ。
「なぜ、エリアを狙う! 彼女は、お前たちの主だった先代魔王の力を継いでいるんだぞ!」
「黙れ!」
ギルヴァレスが、怒りを込めて斧を振り下ろす。
「あの小娘は、ただの『器』に過ぎん! 我が主の魂は、まだあの小娘の中で眠っておられる! あの小娘から力を奪い、より相応しい器に注ぎ込むことで、我が主は完全なる復活を遂げられるのだ!」
なんだと……!?
ギルヴァレスの言葉に、俺は戦いの最中にもかかわらず、凍りついた。
エリアの死は、終わりではない。それは、真の魔王が復活するための、儀式の一部に過ぎなかったというのか。
俺が動揺した、その一瞬の隙。
ギルヴァレスの戦斧が、俺の聖剣を弾き飛ばした。
「――終わりだ、勇者!」
がら空きになった俺の胴体目掛けて、ギルヴァレスの斧が振り下ろされる。
避けられない――!
俺が、死を覚悟した、その時だった。
「――やめてっ!!」
路地裏から飛び出してきたエリアが、俺とギルヴァレスの間に、そのか細い体で割り込んだのだ。




