表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/16

第16話:スープの約束

 温かいスープを飲ませてやる。

 そう約束したものの、すぐに実現するのは困難だった。ゼノンたちの追跡を警戒しなければならない以上、迂闊に人の住む街には近づけないからだ。


「……もう少しの辛抱だ」

 俺はエリアを背負いながら、地図と睨めっこをしていた。カサンドラが残してくれた地図には、追手の検問が敷かれていそうな大きな街や街道が記されている。それらを避け、安全に辿り着ける街を探さなければならない。


「大丈夫です、リアンさん。私、急いでいませんから」

 背中のエリアが、俺の心を読んだかのように言った。

「リアンさんが約束してくれただけで、もう、お腹いっぱいくらい、嬉しいんです」

 その健気な言葉が、逆に俺の心を急かした。

 彼女に残された時間は、有限なのだ。その貴重な時間を、こんな荒野での移動ばかりに費やさせていいはずがない。


 俺は、地図の一点に指を置いた。

 そこは、いくつかの山脈が重なる麓にある、鉱山で栄えた商業都市『ドワーフ・フォート』。人間だけでなく、ドワーフや獣人など、様々な種族が暮らす街だ。

 多様な人々が出入りする街ならば、俺たちが紛れ込むのも容易だろう。それに、王国の支配力が比較的弱い自治都市でもある。追手の目も届きにくいかもしれない。


「よし、決めた。次の目的地はここだ」

「……街、ですか?」

「ああ。ドワーフ・フォート。ここなら、美味いスープを出す店の一軒や二軒、あるだろう」

「……! はい!」


 エリアの弾んだ声が、俺の決意を後押しした。

 そこから数日間、俺たちはドワーフ・フォートを目指してひたすら歩き続けた。

 途中、カサンドラの使いである小鳥が、再び手紙を運んできた。

『ゼノン部隊、進路変更。南へ。気をつけて』

 短い警告。どうやら、ゼノンは俺たちの行き先をある程度絞り込んでいるらしい。ますます、ぐずぐずしてはいられなかった。


 そして、旅を始めてから二十日ほどが過ぎた頃。

 俺たちはついに、巨大な城壁に囲まれた街の姿を、眼下に捉えた。

 山の斜面を削るようにして築かれた石造りの街並み。あちこちから鍛冶の音が響き、煙突からは煙が立ち上っている。ドワーフ・フォートだ。


「わ……! すごい……! あんなに大きな街、初めて見ました……!」

 エリアが、感嘆の声を上げる。

 俺は、二人分のフードを深く被り直し、慎重に街の門へと向かった。

 門番は屈強なドワーフだったが、簡単な身分確認だけで、あっさりと俺たちを通してくれた。どうやら、懸賞金のかかったお尋ね者、というわけではまだないらしい。


 街の中は、活気に満ち溢れていた。

 道行く人々は、人間、ドワーフ、獣人と様々で、それぞれの言語が飛び交っている。露店には、鉱石や武具、そして様々な地方の食材が並んでいた。

 エリアは、俺の背中でキョロキョロと物珍しそうに周りを見回している。


「すごい……リアンさん、あのお髭の長い人たちは?」

「ドワーフだ。鍛冶と酒造りの名人だ」

「じゃあ、あの猫の耳の人は?」

「獣人族だ。五感が鋭い」

「……リアンさんは、物知りですね」

「旅をしていれば、これくらいはな」


 久しぶりに触れる文明の喧騒に、俺自身も少しだけ心が浮き立つのを感じていた。

 俺は、早速、エリアの願いを叶えるために、美味そうな匂いのする方へと足を向けた。


 やがて、一軒の小さな食堂を見つけた。

『森の恵亭』と書かれた、木彫りの看板が出ている。中からは、野菜を煮込む、食欲をそそる香りが漂ってきていた。


「ここにしよう」

 俺は、店の扉を開けた。

 店の中は、木の温もりを感じさせる内装で、数組の客が食事を楽しんでいる。俺たちは、一番奥の目立たない席に腰を下ろした。


「いらっしゃい! 何にするね?」

 恰幅のいい、エプロン姿の女将さんが出てきた。

 俺は、壁に掛けられたメニューの中から、一番上に書かれていた料理を指差す。

「……この、『おばあちゃんの特製野菜スープ』を二つ」

「あいよ!」


 待っている間、エリアは落ち着かない様子で、テーブルの上の木目を指でなぞっていた。

「……お店で、ご飯を食べるの、初めてです」

「そうか」

「なんだか、夢みたいです」


 彼女のその言葉に、俺は胸が詰まる思いだった。

 こんな当たり前のことが、彼女にとっては夢のような出来事なのだ。

 やがて、湯気の立つ木の器が、俺たちの前に運ばれてきた。

 器の中には、人参、じゃがいも、豆、そして様々なキノコがゴロゴロと入っており、黄金色のスープからは、優しい香りが立ち上っていた。


「さあ、熱いうちに食え」

 エリアは、こくりと頷くと、木のスプーンを手に取り、恐る恐るスープを一口、口に運んだ。

 その瞬間、彼女の紫色の瞳が、驚きと感動で見開かれる。


「…………おいしい……」


 それは、絞り出すような、心の底からの声だった。

「……お母さんのスープと、同じ味がします……。ううん、それよりも、もっと、ずっと……温かくて、優しい味が……」


 エリアの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。

 それは、悲しみの涙ではない。

 ただ、純粋な幸福と、感謝の涙だった。


 俺は何も言わず、ただ、夢中でスープを頬張る彼女の姿を、黙って見つめていた。

 約束を、一つ、果たせた。

 その事実が、荒んでいた俺の心を、スープの湯気のように、温かく満たしていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ