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【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第15話:エリアの過去と小さな願い

 俺の過去を話したことで、俺とエリアの間の壁は、また一つ取り払われたように思う。

 彼女は、俺の背中で、時折ぽつりぽつりと、自分自身のことを話してくれるようになった。


 エリアの故郷は、南の海沿いにある、小さな漁村だったという。

 父親は漁師で、母親は村の診療所で薬師の手伝いをしていた。エリア自身は、生まれつき体が弱く、村の外に出ることはほとんどなかったが、両親の愛情を一身に受けて育った、ごく普通の少女だった。


「お父さんは、無口だけど、とても優しい人でした。海から帰ってくると、いつも綺麗な貝殻を拾ってきてくれたんです」

「お母さんは、歌が上手で……。私が眠れない夜は、いつも子守唄を歌ってくれました」


 彼女が語る過去は、俺が持っていないものばかりだった。

 温かい家族の記憶。穏やかな日常。ささやかな幸福。

 そのすべてが、あの日、彼女が偶然迷い込んだ遺跡で、無慈悲に奪い去られてしまった。


「……あの日、私は、母に頼まれて、薬草を摘みに行ったんです。村の裏山にあった、禁足地と呼ばれる森にしか生えていない、珍しい薬草でした」

 その森の奥に、先代魔王が封印されていた遺跡があった。

 エリアは、好奇心から、その古びた石の扉を開けてしまったのだという。


「中に、とても綺麗な宝石が……黒い水晶のようなものが、祭壇に祀られていました。それに触れた瞬間、頭の中に、誰かの声が響いて……」


 ――我が力、我が魂、我が憎悪……汝に与えよう。新たなる器よ。


 それが、エリアが聞いた最後の言葉だった。

 気づいた時には、彼女は魔王城の玉座に一人で座っていた。両親のことも、村のことも、どうなったのかは分からない。ただ、自分の体が自分でないような感覚と、内側から魂を焼かれるような、耐え難い苦しみだけが残っていた。


「……怖かった。ただ、怖くて……。どうして私が、って、何度も神様を呪いました」

 俺の背中で、エリアの声が震える。

「でも、一番怖かったのは……私が、私でなくなってしまうことでした。この力に心を乗っ取られて、本当の魔王になって、お父さんやお母さんのことを忘れてしまうんじゃないかって……」


 だから、彼女は玉座に座り、ただ死を待つことを選んだ。

 誰にも会わず、誰とも話さず、心を閉ざして。

 それは、彼女なりの、必死の抵抗だったのだ。自分という人間性を、魔王の力から守るための。


 俺は、何も言わずに、ただ彼女の言葉に耳を傾けていた。

 俺が感情を殺して「勇者」になったように、彼女もまた、感情を殺して「魔王」であることを拒絶していた。

 俺たちの道は、まるで鏡合わせのようだった。


「……リアンさんと出会って、お城の外に出て……私、思い出したんです」

 エリアの声が、少しだけ明るくなった。

「世界って、こんなに広くて、綺麗なんだって。花も、鳥も、星空も……本で読むのとは、全然違う。ちゃんと、生きてるんだって」


 俺の背中から、彼女の鼓動が伝わってくる。

 トクン、トクン、と。弱々しいが、しかし、確かな生命のリズム。


「だから、私も、ちゃんと生きたいって思ったんです。魔王としてじゃなくて、エリアとして。……たとえ、短い時間でも」


 その言葉を聞いて、俺は足を止めた。

「エリア」

「……はい」

「何か、やりたいことはあるか」

 俺は、最初に彼女と出会った時と同じ質問を、もう一度投げかけた。

 あの時、彼女は「城の外に出てみたい」とだけ言った。

 だが、今は違うはずだ。


 エリアは、少しだけ黙り込んだ後、照れたような、はにかんだ声で言った。

「……あの……わがまま、ですか?」

「言ってみろ」

「……温かい、スープが飲みたいです」


 それは、あまりにもささやかな願いだった。

「母が、よく作ってくれたんです。野菜がたくさん入った、優しい味のスープ。……もう一度、食べられたら、幸せだなって」


 その言葉は、俺の胸に強く響いた。

 俺は、迷わず頷いた。

「……分かった。次の街で、最高のスープを飲ませてやる。約束だ」

「……! はい!」


 エリアの、弾んだ声が背中で響く。

 俺たちの旅に、初めて、明確な目的地ができた瞬間だった。

 それは、魔王討伐でも、世界の救済でもない。

 ただ、一人の少女に、温かいスープを飲ませてやる。

 その、あまりにも小さく、しかし、何よりも尊い目的のために。


 俺は、再び歩き出した。

 その足取りは、今までよりも、ずっと軽く感じられた。

 約束という名の道標が、暗い旅路を、わずかに照らしてくれているようだった。

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