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【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第12話:穏やかな廃墟にて

 カサンドラの治癒魔法のおかげで、エリアの体調は奇跡的に安定した。

 目を覚ました彼女は、廃教会の祭壇の前で体を起こし、崩れた天井から差し込む朝の光を眩しそうに見つめていた。


「おはようございます、リアンさん」

「……ああ。具合はどうだ」

「はい。カサンドラさんが助けてくれたおかげで……胸の苦しいのが、なくなりました」

 エリアは胸元に手を当て、安堵の表情を見せる。その顔には、ここ数日見られなかった血色が戻っていた。


「ここに、カサンドラさんがいらしたんですね」

「そうだ。もう行ったがな」

「……ちゃんとお礼も言えませんでした」

 寂しそうに眉を下げるエリアに、俺は言った。

「そのうちまた会えるさ。あいつはお節介だからな」

 そう言いながらも、俺自身、その言葉にどこまで期待していいのか分からなかった。カサンドラにも、彼女自身の立場があるのだから。


 俺たちは、エリアの体調が完全に回復するまで、もう一日この廃教会で休むことにした。カサンドラの残してくれた食料もある。無理に動く必要はない。


 昼下がりの穏やかな時間。エリアは教会の庭――といっても、今はただの荒れ地だが――に出て、まばらに咲く野花を眺めていた。

 俺は、壊れた長椅子を修理しながら、そんな彼女の姿を横目で追っていた。


 エリアは、何かを見つけるたびに嬉しそうに駆け寄り、しかし決して花を摘んだりはしなかった。ただしゃがみ込んで、愛おしそうに指先で触れるだけだ。

 その姿は、世界の脅威たる魔王とはあまりにかけ離れている。


「リアンさん、見てください! ここに、こんなに綺麗な花が……」

 エリアが振り返って俺を呼んだ。俺は手を止めて近づく。

 彼女が指差した先には、瓦礫の隙間からひっそりと顔を出した、小さな青い花があった。


「……ただの雑草だろ」

「違いますよ。これは『希望の花』って言うんです」

 エリアが得意げに教えてくれる。

「どんなに厳しい場所でも、どんなに暗い場所でも、必ず空に向かって咲くから……そう呼ばれているんですって。本に書いてありました」


 希望、か。

 俺には縁遠い言葉だ。勇者としての希望は、もう捨てた。今の俺にあるのは、ただ目の前の少女の命を守るという、果てしのない執念だけだ。


「……あんたみたいだな」

 俺がポツリと呟くと、エリアはきょとんとした。

「私が……ですか?」

「ああ。どんなに辛くても、どんなに追い詰められても……お前は、笑おうとしてる」

 俺の言葉に、エリアは一瞬驚いたような顔をして、それからはにかんだように微笑んだ。


「……だって、リアンさんが教えてくれたから」

「俺が?」

「はい。私の命は、私自身のものだって。……だから、最後まで、笑っていたいんです。泣いて終わるより、笑って終わりたい。それが、私の最後の……」


 言葉を続けようとして、エリアは不意に口をつぐんだ。その視線が、俺の背後、教会の入口の方へと向けられる。

 俺もまた、気配を感じて振り返った。


 教会の崩れた石門の影に、小さな人影があった。

 ボロボロの衣服を纏った、痩せこけた少年だった。年の頃は、十歳ほどだろうか。泥まみれの顔で、飢えた獣のような目でこちらを見ている。

 手には、錆びたナイフを握りしめていた。


「……なんだ、ガキか」

 俺は警戒を解かずに声をかけた。

「何の用だ。悪いが、施せるものは……」


 俺の言葉が終わるより早く、少年が叫んだ。

「魔王の手下め! 僕の村を返せ!!」


 少年は、無謀にもナイフを振りかざして突進してきた。その切っ先は、俺ではなく、エリアに向けられている。

「っ!」

 俺は瞬時に反応し、少年の手首を軽く掴んでねじり上げた。

「痛っ……!」

 ナイフがカラン、と石畳に落ちる。俺は少年を地面に押さえつけた。


「離せ! 離せよ! お前らのせいで……お前らのせいで、お父さんもお母さんも……!」

 少年は泣き叫びながら暴れた。その目には、純粋な憎悪が燃えている。


「やめてください、リアンさん!」

 エリアが悲鳴のような声を上げて駆け寄ってきた。

「その子を、離してあげてください……!」


 俺はため息をつき、少年を解放した。少年はすぐに跳ね起きると、ナイフを拾うことも忘れ、エリアを睨みつけながら後ずさる。


「……どういうことだ」

 俺が尋ねると、少年は憎々しげに吐き捨てた。

「知らないのかよ! お前らが通った村、みんな病気になったり、おかしくなったりしてるんだぞ! 僕の村も……井戸の水が腐って、畑が枯れて……みんな、死んだり、逃げ出したりしたんだ!」


 俺とエリアは、言葉を失った。

 少年が言っているのは、おそらくフォルト村よりもさらに前に通った村のことだろう。俺たちは、無自覚のうちに、数え切れないほどの悲劇を生み出していたのだ。


 エリアの顔から、血の気が引いていく。

 彼女は、震える手で自分の口元を覆った。


「……私……私が……」

「違う! お前のせいじゃない!」

 俺は叫んだが、エリアには届かなかった。彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「人殺し! 魔女! 死んじゃえ!!」

 少年は最後にそう罵声を浴びせると、背を向けて走り去っていった。

 残されたのは、凍りついたような沈黙だけだった。


 エリアはその場に崩れ落ち、声を押し殺して泣き始めた。

 その小さな背中に手を置くことすら、今の俺にはためらわれた。

 どんなに美しい言葉を並べても、どんなに希望を語っても、現実は残酷に俺たちを追い詰める。

 彼女が生きるということは、誰かが傷つくということ。その絶対的な事実は、決して消せないのだから。

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