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【三作目・全55話投稿予約済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第2章:絆と追跡者

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第11話:癒しの聖女、再び

 穏やかな日々は、長くは続かなかった。

 エリアの体調が良い状態を保てたのは、カサンドラの治癒魔法の効果が残っていた数日間だけだった。五日も経つ頃には、彼女の体は再び熱を持ち始め、激しい咳がぶり返すようになった。


 賢者エルミナからもらった薬草も、もう底をつきかけている。

「ケホッ……ゲホッ……! はぁ……っ」

「しっかりしろ、エリア!」

 俺の背中で、エリアは荒い息を繰り返すばかりで、呼びかけにもほとんど応えられない。その体は日に日に軽くなり、生命そのものが希薄になっていくのが分かった。


 焦燥感が、俺の心を蝕んでいく。

 このままでは、彼女は一ヶ月を待たずに衰弱しきってしまう。何か、何か手を打たなければ――。


 そんな時だった。

 森の木々に、小さな鳥が留まっているのが見えた。ごく普通の小鳥だが、その足には見覚えのある、小さな飾り結びがされた羊皮紙が結び付けられている。

 カサンドラからの連絡だ。彼女は動物と心を通わせる能力を持っており、旅の途中、連絡手段としてこの方法を何度か使っていた。


 俺は鳥を呼び寄せ、足に結ばれた羊皮紙を慎重に解いた。

 そこには、彼女の流麗な文字で、短い伝言が記されていた。


『――この先、南西へ三日の位置にある廃教会へ。薬草を用意して待っています』


 俺は、その羊皮紙を強く握りしめた。

 カサンドラ……! まだ俺たちのことを気にかけてくれていたのか。

 それは、暗闇の中で見つけた、一筋の光のようだった。


「エリア、聞こえるか。もうすぐ、楽になれる。もう少しだけ、頑張れ」

 俺は意識の朦朧としたエリアにそう語りかけると、羊皮紙に示された方角へ、ひたすらに足を速めた。


 三日後。

 俺たちは、森の中にひっそりと佇む、石造りの古い教会に辿り着いた。壁は崩れ、屋根には穴が空いている。とうの昔に信仰を失った、忘れられた聖域だ。

 教会の扉を開けると、祭壇の前で、一人の女性が祈りを捧げていた。

 純白の神官服。亜麻色の髪。カサンドラだった。


「……カサンドラ!」

 俺の声に、彼女はゆっくりと振り返った。その顔には、安堵と、そして俺の背中にいるエリアを見て、深い憂いの色が浮かんだ。

「リアン……。それに、エリアさん……。ひどい状態ですね」


 彼女はすぐに駆け寄ってくると、俺がエリアを祭壇の前に横たえるのを手伝ってくれた。

 そして、以前と同じように、その両手をエリアの胸の上に置く。

「聖なる母の御光よ、この子の魂に安らぎを与えたまえ――〈サンクティティ・ヒール〉」


 今度は、以前よりもずっと強力な治癒魔法だった。

 眩いほどの黄金の光が、カサンドラの手から溢れ出し、エリアの全身を包み込む。それは、ただ傷を癒す光ではない。魂そのものに働きかけ、消耗をわずかに回復させる、聖女にしか使えない高位の魔法だ。


 光に包まれたエリアの苦悶の表情が、みるみるうちに和らいでいく。荒かった呼吸は、やがて穏やかな寝息へと変わった。

 俺は、その光景を、ただ息を詰めて見守っていた。


「……これで、数日はもつはずです。ですが……」

 魔法を終えたカサンドラの額には、玉のような汗が浮かんでいた。かなり消耗したらしい。

「……根本的な解決にはなりません。彼女の魂の器は、もう限界に近い。私ができるのは、こうして、崩壊を少しだけ遅らせることだけです」

「……それでも、十分だ。助かった」

 俺が素直に礼を言うと、カサンドラは力なく微笑んだ。


 彼女は、用意してくれていた薬草の包みと、水、そして保存食を俺に手渡してくれた。

「ゼノンは、今、王都からの補給部隊と合流するため、東の街道へ向かっています。あなたたちが南へ向かうなら、しばらくは追跡を免れることができるはずです」

「……そこまで、していいのか」

「私が、そうしたいのです」

 カサンドラはきっぱりと言った。その瞳には、もう以前のような戸惑いはなかった。


「リアン。私は、あなたたちの旅に同行することはできません。聖職者として、王国を裏切ることはできないから。……それに、私があからさまにあなたたちに協力すれば、ゼノンも私を疑い、かえってあなたたちの足枷になるでしょう」

「…………」

「だから、私は私の立場で、あなたたちを助けます。ゼノンの動向を探り、こうして陰から支援することしかできませんが……それでも、いいですか?」


 それは、彼女が苦悩の末に見つけ出した、彼女なりの答えだった。

 二つの正義の間で、どちらかを選ぶのではなく、どちらも見捨てないという、最も困難な道。


「……あんたは、昔からそうだ」

 俺は、思わず呟いていた。

「いつも、一人で全部背負い込もうとする」

「……あなたにだけは、言われたくありません」

 カサンドラは、悪戯っぽく笑った。それは、かつて共に旅をした頃に、何度も見た笑顔だった。


 束の間の再会は、すぐに終わりを告げた。

 彼女は、追いつかれる前にここを去らなければならない。


「行きます。リアン……どうか、ご無事で。エリアさんを、よろしくお願いします」

 最後にそう言い残し、カサンドラは教会の出口へと向かった。

 その背中に、俺は声をかける。


「カサンドラ」

「はい」

「……すまない。そして、ありがとう」


 振り返った彼女は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、今までで一番優しい笑顔を見せて、静かに頷いた。


 一人残された教会で、俺は眠るエリアの傍らに座り込んだ。

 孤独だと思っていたこの旅に、確かな味方がいる。その事実が、凍てついていた俺の心を、少しだけ温めてくれるのを感じていた。

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