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マニキュアが乾くまでの距離〜指先の渇き、一秒前の永遠〜  作者: 初 未来


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2/2

詩織の心

――「うん、知ってたよ。麗華は、見せようとしていない部分が、誰よりも綺麗だから。」


 心からの言葉だった。私の胸には、麗華の純粋な喜びの光がまぶしく降り注いでいる。桐生悠太きりゅうゆうたとの邂逅かいこうを果たした麗華は、夕焼け空の下で、宝石のように強く輝いていた。その輝きは、中学時代の傷を覆い隠すための「きらめきのヴェール」ではなく、自らの手で勝ち取った「勇気の証」だ。


(ああ、この子はもう、私の手の届かないところへ行ってしまう…)


 そう悟ったとき、胸の奥で、張り詰めていたつるが切れるような音がした。心から麗華の成功を喜んでいる。それでも、麗華の瞳の輝きが、自分ではない誰か——麗華の視線の先にいるはずの桐生悠太という光で満たされている事実に、私は言葉にできないほどの切なさを感じた。


 麗華の周りの世界は、スカイブルーのネイルのように華やかで、常に新しい色に塗り替えられていく。対して私の世界は、分厚い文庫本のページのように、静かで、誰にも踏み込まれない透明な領域だ。


 私は、麗華の隣にいることができれば、それで良かった。 この透明な世界から、麗華の華やかな世界を眺めることができれば、それで十分だった。


――「なんで詩織がお礼言うのよ。私を励ましてくれたのは詩織でしょう?」


 麗華は不思議そうに首をかしげ、完全に乾いた爪を見せびらかす。無邪気で、残酷なほど何も気づいていない。私は、この子の無防備なまでの純粋さが、たまらなく愛おしかった。同時に、この愛情を「重い」ものとして麗華の青春に押し付けてはいけないと、固く決意した。麗華の過去の傷を知っているわけではないが、彼女が「重さ」におびえていることは、誰よりも理解していたから。


 だから、私は一瞬、距離を取った。あふれそうな感情を、奥歯を噛みしめて押し込める。


 そして、その感情が崩壊する直前、私は再び麗華に近づいた。


 ――衝動だった


麗華の完璧に整えられた顔にそっと手を添え、唇を重ねた。


 一瞬の触れ合い。レモネードの氷のような、甘くて冷たい感触。


 あれは、「成功のお祝い」なんかじゃない。


(この一秒だけ、あなたの勇気の証を、私だけのものにさせて…)


 麗華の勇気が、遠い憧れの人に向かって輝き出したように、私の秘めた「愛」も、この一瞬、誰にも届かない場所で、そっと燃え上がったのだ。


 ――キスに込めたのは、「秘密の契約」という名目の、私だけの「最後の告白」

 この一瞬の「重さ」を、麗華が友情の「軽さ」として受け止めてくれるように――


 麗華は驚き、頬を赤らめている。私のたくらみ通り、彼女はこれを「友達からの愛情表現」として解釈した。


(これでいい。麗華は幸せになるべき。私は、この輝きを、一番近くで見守っていられるだけで十分だ。)


 夕暮れの中、私達は肩を並べて校舎を後にする。  私は、麗華の隣で、文庫本のページにしおりはさむように、そっと自分の想いを胸の奥に閉じた。


 私の瞳にともる切ない輝きは、マニキュアが乾いても消えることのない、「永遠の一秒」の証だった。

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