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猫しょう日録~ねこしょう にちろく~  作者: セアル


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4/5

              転 

花魁・遊女、病気による死別ネタあります  OKなお方のみどうぞ

 今回、苦い思いと共に三つの事を学んだ。


 一つ、確実に巫の魂は輪廻する事。


 二つ、巫の魂の言霊には逆らえない事。


 三つ、輪廻から外れた者が何事か強引に事を成そうとすれば、悲壮な命運に巻き込んでしまうかもしれない事。



 きっとまた、月巫女の魂は何処かに生まれ出る事だろう。

 だがいつ転生するかは分らない、今回だって数百年を越したのだ。

 いかに長寿の金華猫でも、いつかは命が尽きるのは物の道理。

 次の転生まで、自分の寿命が持たない可能性があった。



 ─── 友唯は、自らの命運を決める ───



 金華猫から猫又になるのはそう難しくはない、年嵩は疾うの昔に超えていたし、本質的の生き方は既に金華猫とは言えなかった。

 その後百年、霊山で修行を積んだ友唯は不老不死の『猫しょう』となっていた。



 ─── 巫の生まれ変わりを探し出す、ただその一念で ───









「おや、友さんじゃありんせんか。 わっちを選んでいただけんすか」

「駄目、わっちの方がいいでありんす」

「さてと、どうしようかねぇ」


 ここは吉原の江戸町。

 張見世の格子越しに遊女から煙管(キセル)を勧められながら、友唯はゆるく背を凭れ道かう人々を関心のない瞳で眺めている。


 あれから月日は瞬く間に流れていき、混沌とした世から一人の大名が抜け出し国を統一していった。

 お陰で戦乱と言われていたのも今は昔、人々は天下太平の世を謳歌している。

 猫しょうとなった友唯は、妖力を磨き、人の世を学び、必要であろう全の物を潤沢に手に入れ、猫の姿ではなく人の姿で『遊び人の友さん』として、世に紛れ込んでいた。


 昼は江戸市中、夜は吉原。

 人の多く集まるであろう場所に出ては、見付けるべき気配を探る。

 それでも徒労に終わるのはもう慣れたもの、だが諦める気などなかった。




 今度こそ、生まれた瞬間から不幸になどさせないように。

 出来れば主従の縛鎖に囚われない為、物心付く前に。




「───っ!」


 不意に懐かしい香りが鼻を、いや魂を揺さぶった。

 気配のした方に目を向けると、人々がざわめきながら通りに集まっている。


「友さん、どうしたんでありんすか?」


 常に飄々として気だるい雰囲気以外、晒した事のない男の精気の通い跳ねた反応に、思わず遊女達も首を傾げる。


「……いや、仲乃町に人が集まっているようだからね」

「あぁ、太夫の道中がありんしょう」

「とあるお公家様が、随分とご執心でありんすから」

「ようやく、今宵が三度目の道中でありんすね」

「でも友さん、一度目も二度目も近場にいたと思うんでありんすが」

「そうだった、かねぇ」


 最早、心ここにあらず。

 友唯の視線は、禿(かむろ)振袖新造(ふりそでしんぞう)を従えて外八文字で道中をこなす太夫に釘付けだった。




「やぁ」

「……」

「中々見事な、花魁道中だったねぇ」

「どうして友さんが、わっちの部屋にいるんでありんすか」


 太夫が仕事を終え自分の部屋に戻ってきてみれば、一体何処から進入したというのか、まるでその部屋の主でもあるかのように男が一人のんびりと寛いでいるのだ、彼女の棘のある言葉も当然というもの。

 だがそこには、驚きも、不信も、恐怖の色さえない。

 どうやら、面識があるようだ。


「いや私もねぇ、流石に三日目の宵だから遠慮しようかとは思ったのだけど、引手茶屋から出てきたのは君達だけで、件の公家殿はどこにもいない。 けんもほろろに振ったのかい?」

「一応、馴染みにはなりんしたよ。 でも金と権力だけで女をどうにでもしようなんて、野暮天は嫌でありんす」

「やれやれ、大枚を叩いたであろうにね」

「……何なら友さんが、わっちの相手をしてくれるんでありんすか」


 間近まで顔を寄せてくる太夫に、友唯は目を外す事無く軽く笑う。


「二の腕に起請彫(きしょうぼ)りをしているような情の(こわ)い太夫だと分っているのに手を出す方が野暮ってものだろうに。 それに私は客ではないから、丁寧に廓詞(くるわことば)を使う必要はないよ。 少々、聞きたい事があってねぇ」


 折角、太夫自らが科を作ってやったというのに、それが通用しなかった事も、また本気でないのを簡単に見抜かれた事にも、しゃくに障る。

 だがこの妙に近いような冷めた関係が、どこか似た者同士の二人の間柄。

 太夫は溜息交じりに友唯の横に座ると、煙管に火を点けゆっくり燻らせる。


「やれやれ全く色がないねぇ、あんたは。 で、聞きたい事って何さ」


 友唯は太夫の豪華で華美な打掛から香る、確かな気配に胸が高鳴る。

 喉か引き攣れ、自分でも笑ってしまう程にその声は掠れていた。


「……最近、新たに禿か妹分を入れただろう?」

「目敏いねぇ、三月ほど前に新入りを一人ね」

「え? ……そんな筈は……では、君のその打掛を見立てたのは」

「あぁ、新入りの留袖新造(とめそでしんぞう)()だよ。  中々目利きが確かでね、出自は上方の呉服問屋の一人娘だったらしいからね」

「留袖新造⁉」

「しかし何で今更なのさ、ここ暫く着物はいつも任せてるんだがねぇ」

「!」


 友唯は太夫の言葉に愕然とする。

 打掛に付いた僅かな気配でさえ今宵は気が付いたというのに、三月も同じ町にいて居場所を感じ取る事が出来なかったとは⁉

 あれだけ毎夜毎夜、気配を探っていたというのに。

 面識がなかったとしても、見過ごしていた? 一体何故⁉


 しかも、十歳前後で売られ、花魁の身の回りの雑用をする禿でもなく、それから育った振袖新造でもなく、留袖新造だとは。

 彼女達は十代で吉原に売られ禿の時代を経ない妓であり、振袖新造は客を取らないが、留袖新造は客を取るのだ。


「……今夜、その妓は?」

「最近になって鳥屋(とや)についちまってねぇ、客は付いてない筈だよ」


『鳥屋につく』それは遊女に馴染み深い病。

 儚げな様子と毛髪の抜け落ちている様を、鳥の羽が冬毛に変わる前の時期に例えてそう呼ぶのだ。

『鳥屋につくことは一人前の遊女の証し』と吉原では言われていて、『鳥屋の遊女と遊ぶのは男の粋』と男達は思っている。

 だが永い時を生きている友唯は、その後の悲惨な運命も知っていて。


「留袖なのに鳥屋についてるのかい、いくつだね⁉ 」

「今日、十六になったばっかりだよ。 まぁ吉原に売られてくる女は訳ありだから、その辺は詳しく聞かないが……なんだい、会ってみたいのかい」

「頼めるかい」

「ふ~ん、一体何にそんなに興味を持ったんだか、随分と珍しいねぇ。 まさか今更『男の粋』とやらに、関心を持つあんたでもあるまいし。 まぁいいさ、でも流石に面通しは出来ないよ。 呼んでやるから、衝立の後ろにでも隠れてな」


 友唯が衝立の後ろに身を隠すと、太夫は隣室にいる禿に用事を言いつけた。


「太夫、お呼びですか」

 ─── 鈴を転がしたような声さえ、そのままで ───



 暫くして現れたのは、桜色の長い髪をゆるく横に束ね


 ─── 艶やかで柔らかそうな髪だね ─── 



 色も白く、遊女らしからぬ清純な雰囲気をもった少女。


 ─── 例え苦界に堕ち様とも、魂の煌めきは変わらない ───



 ただやはり鳥屋について臥せっていたのだろう、少し寝乱れた感があった。


真白(ましろ)、この打掛は好評だったよ」

「本当ですか、嬉しいです」

「あんたは留袖だから、あたしの道中には加えてやれないからねぇ。 今日の座敷で出た菓子だよ、あんたの分だからお食べ」


 太夫は袂から懐紙に包まれた菓子を取り出し、彼女に手渡した。


「え、でも、これは太夫に御公家様からの贈り物では」

 ─── 優しい御心も、あの日のままに ───


「いいんだよ、こういうのは振る舞いもんだからね……それに」

「?」

「いや、しっかり食べてしっかり寝て、滋養をつけときな」

「はい、有難うございます」


 ぺこりと頭を下げ部屋を後にする真白の後姿と、部屋の隅にある衝立とを交互に眺め、太夫は小さく息を吐く。


「明日は、客を取る事になるかもしれないからねぇ」








 ─── 嗚呼、また巡り逢えたんだね、月巫女 ───








 翌日、普段であれば起こされるであろう時刻でも声を掛けられる事もなく、一日ゆっくりと養生できた真白は夜五ツ刻に太夫に呼び出された。


「今夜はあんたに客が付いたからね、床入りを頼むよ」

「はい、あの、でも」

「何だい」


 未だ一人前の遊女ではない自分は、張見世に出て客を引く事はない。

 こうして姉女郎の世話になるのだが、よりにもよって今日は



「髪も結ってませんし、化粧もしてなくて、それに身支度だって」

「あぁ、客人からの要望でね、そのままが良いそうだよ。 ふん、全く変わった男さ」    

「そうなんですか」


 この三月、太夫の元に付かせてもらって、幾人の客を斡旋してもらった。

『鳥屋の遊女と遊ぶ』その大前提があるので男の粋とやらが前面に出て、異常な性癖の者なく優しく扱ってくれているのだと、他の姉女郎の話からもよく分っていた。

 でも彼女がこうまで言う客、僅かながら体が強張る。

 しかし一日でも早く年季を明ける為、紹介された客人を断る選択はない。


 だから部屋に行って客人を見て、目を(みは)った。 

 思わす廓詞も忘れて、素で対応してしまったほどに。


「やぁ」

「えっ、あっ、と、友さん⁉」

「ふふ、初見なのに知ってくれてるの? 嬉しいね」

「知ってるも何も」


 今の吉原で、この人物を知らない遊女はいないだろう。

 何処の見世にも遊女にも居つかず、吉原界隈をふらふらとしている遊び人。

 容姿、話術の巧みさ、決して遊女達を卑下しないその様子から岡惚れしている者も、一夜限りの相手でもと本気で望んでいる遊女はごまんといる。

 それこそ太夫達でさえそう思っていると噂されるほどの人物が、一体何故ここに⁉


「ほら、そんな所に立っていたら辛いだろう? 鳥屋についてるのだから、体は大事にしないとね」


 ゆるく微笑む男に、あぁと合点がいった。

『男の粋』目当てなのだと。

 ならば立派な客人だ、半人前ではあるが遊女としてちゃんと仕事をしようと。

 真白は友唯の正面で膝を着き、礼を尽くすべく三つ指を付いて深々と頭を下げた。


「失礼いたしんした、真白と申しんす。 どうぞ良しなにお願いいたしんす」


 だが男は『客人』扱いを良しとしないのか、真白の手を取り頭を上げさせる。


「私達の間で、そんな堅苦しい行儀は必要ないのだよ。 客なんて思ってくれなくていい、だから廓詞も使わなくていいよ」  

「で、でありんすが、ぬし」


 たった三月の客商売とはいえ、吉原の世界観は身に染みて感じていた。

 ここは男の欲望が渦巻く世界。

 通常の生活とかけ離れた『遊び』をする為に大枚を叩き、遊女達は一夜の夢を売る。

 二つの世界の一線を画す為、廓詞は夢の世界の住人の言葉なのだ。

 心底困った顔をする真白に、友唯は強引な妥協案を出てきた。


「本当は、こんな事は言いたくないのだけど、ではね『普通の言葉で話しなさい』これは、客の命令だよ」


『客の命令』は何を差し置いても、この世界では絶対だ。

 太夫でもない限りそれに逆らう事は許されない、だから。


「はい、分りました」


 戸惑い気味に頷いた真白に、友唯は微笑みながらも本題を切り出す。


「さてと、今、君の借金はいくらだい?」

「はっ! えっ……あの……」

「ん?」

「……」


 ここにきて太夫が『変わった男』と、言い放った理由が分る気がした。

 夜を(ひさ)ぐ筈の場所で、初見の男女の会話が金の事。

 しかも、いの一番が遊女の借金の話題だなんて、初めての経験だったし、勿論、噂にだってそんな野暮天は聞いたことさえない。

 でもこの風変わりな客人は、優しげな笑みを浮かべたまま此方の返答を待っていて、煙に巻くような話術を持ちえなかった少女はとうとう根負けしてしまった。


「……五十両です」


 廓で働くようになって三月、まだそう稼ぎがある訳もなく、むしろ借金は増えている可能性があった。

『綺麗なべべ着て、美味い物食って』女衒(ぜげん)の台詞など嘘八百。

 衣食住、その殆ど全ては自腹なのだ。

 揚代の少ない下っ端遊女なんかは、いつも空きっ腹。

 留袖新造は姉女郎に世話になっている身分で、自分の場合は付いている太夫に面倒を見てもらっている。

 半人前、いやそれ以下で……。

 なんともやり切れぬ思いで俯く真白に、友唯は更なるあらぬ言葉を投げかけた。


「分った、じゃぁ百両を明日用意してこようね。 それだけあれば、楼主(ろうしゅ)もぐだぐだ言ったりしないだろうし」

「……はい?」


 一体この男は何を言っているのか⁉

 真白が目を真ん丸にして友唯を見上げていると、さも嬉しげに満面の笑みで微笑まれて


「私が、君を身請けするのだよ」

「はいぃぃぃぃぃぃ! なっ、何で、突然そんな事になるんですか⁉」

「そうだねぇ、一目惚れしたからかな」

「ってぇ、さっき会ったばかりじゃないですかっ」

「でも君は私を知ってくれていたよね、私の事は嫌いかい?」

「嫌いも何も、お噂しか聞いてません」

「私は、君が好きだよ」

「───っ!」


『惚れた腫れた』は吉原の挨拶、本気に取る方が野暮というもの。

 しかしそれはあくまで、遊女から客人に対しての台詞の事であって、客から遊女に対してとは⁉

 身請けまで持ち出したのだから、洒落や冗談などではないのだろう。

 正直この世界から抜けられるのならば、これほど嬉しい事はない。

 誰が好き好んで、数多の男に身を任すのを好しとするものか。

 だが……。

 真白は最初の時のように手を付き、深々と頭を下げる。


「有難いお言葉ですが、そのお話は無かった事に」

「私に身請けされるのは嫌かい?」

「私が廓に来て三月足らず。 ですがその間に、太夫にも他の姉女郎にも大変お世話になりました。 ご恩返しもしないまま、ここを去る訳にはいきません。 それに……私には……。 何にせよ一面識もない友さんに、そんな御慈悲を頂く事は出来ません」

「……」


 一瞬言葉を濁しながらも、それはきっぱりとした拒絶。

 怒っているかもしれない、冷めた目で見られてるかもしれない、客を怒らせる事は廓一のご法度。

 真白が覚悟を決めて顔を上げてみると、そこにあったのは何とも生暖かい表情をしている友唯。

 まるで親が何もかも分っていて、子の我侭を許しているような表情だ。


「まぁねぇ、君は優しいし、芯が強いし、真面目だし、見かけによらず強情だし、そう言われるのも覚悟はしていたから仕方ないねぇ」 


 微苦笑気味にそう言われても、真白としては一体何故なのかと問いたかった。


「……あの、もしかして友さん、私に会った事があるんですか?」

「いつ、かな」

「えっと、私がまだ上方に居た時とか、両親と面識があったとか」

「いや、そうではないよ」

「……そうですか」


 上方の呉服問屋の一人娘、それがたった半年前の自分。

 それを大火が一夜にして奪い去っていった。

 生き残ったのは所用で出ていた自分と番頭、残ったものは莫大な借金。

 少女がそんな大金を賄うには、己を売るしかなかったのだ。

 ただ自分の生まれた場所で、そうするだけの勇気はなかった。

 見知った人物が遊びにくるかもしれない、その時は情けをかけてもらえるかもしれないが、そんな噂があの人の耳に届く事は耐え難くて、だから遠く吉原までやってきた。


 真白には、友唯の行為がその『情け』に思えたのだ。

 過去の自分を知っているのではないかと。

『知人ではない』

 その事実にほっとしたのが半分、何故か侘しく思う気持ちが半分。


 友唯は未だ手を付いたまま考え込む真白の腕を掴むと、自分の方に引き寄せ歴代の太夫でさえ背筋が粟肌立(あわだ)つような妖艶な笑みを浮かべる。


「では、手っ取り早く知り合いになろうか」


 そう言うが早いか、行灯の火を消して明かりを落とすと次の間に用意されている布団に少女を連れ込んだ。

 真白にしてみれば、こんな性急に事を運ばれるのは初めてで、どう対処していいかわからず、されるがままになってしまっていると、気が付けば布団の中で友唯の腕枕で寝かされた状態。

 掛け布団は肩まで掛けられて、その上から横向きの背中をとんとんと優しく叩かれていて。


「……あの」

「ん?」

「……しないんですか」

「何を、かねぇ」

「くっ!」


 当然の問いかけに、含み笑いを孕んだ声質に思わず耳まで赤くなる。

 遊女としての仮面をつけてるのならばまだしも、それでもまだ慣れてないのにこうも素でやり取りをさせておいて、恥ずかしさのあまり半涙目で睨みつければ、友唯は全く色を感じさせない優しげな手付きで、真白の髪を梳く。


「鳥屋についている時は、無理をしてはいけないのだよ。 まぁ、男達がそうさせているのが言語道断のなのだがね。 病なのだから、何も気にしないでゆっくり休んで」


 そんなの、今まで誰にだって言われた事はなかった。

『鳥屋の遊女』それだけで、半人前であろうとも商品価値があるのだ。

 病であることは確か、それでも男は嬉々として『鳥屋の遊女』を抱く。

 病であることは確か、だから女には発熱、倦怠感、関節痛、それに特徴的な梅の花のような発疹が現れることもあって、正直辛い。


 だから


 そんな優しくされると


 勘違いしてしまいそうになる


 信じてしまいそうになる


 絆されてしまいそうになる


 遊女ではなくなってしまう


 ただの娘に戻ってしまう



「───っ」



 真白は涙を見せないように、友唯の胸元に縋りつき顔を隠す。

 噛み殺した嗚咽が、やがて穏やかな規則正しい寝息に変わるまで、とんとんと布団を叩く音が鳴り止む事はなくて



 遊女と客の宵は、ただそれだけで更けていった。






 その日を境に、友唯が真白の元に一日も欠かさず足繁く通うになった。

 夜は勿論の事、時には昼からそのまま廓に居座り続ける事もしばしばで、瞬く間にこの廓はおろか、吉原全体の遊女の口に上ったのは言うまでもない。

 始めの頃はやっかみ半分で、真白に口さがない事を言ったり、言いがかりをつけて当る者もいたが、本人の穏やかな性質もあり太夫の庇護もあり、毎日の様に齎される友唯の手土産の恩恵もありで、次第にそれらも収束していった。



 しかしそれと呼応するかのように、好ましくない事態も進行していて……。



 今日も今日とて昼間から廓にきた友唯を、太夫の禿がとっ捕まえて

 彼女の部屋に引っ張っていくなり、太夫からの叱咤が飛んだ。 


「ちょいと友さん、あんた少しは手加減しなっ!」

「何の事かい?」

「何の事も糞もあるかいっ! あの妓はまだ新造なんだよ、しかも鳥屋についちまってるのに毎夜毎夜、床入りすりゃ精も魂も尽きちまうよ。 今朝方なんか呂律も回ってないし、とうとう床から起きられなくなってるじゃないかっ‼」


 激昂する太夫に対して、友唯はこれまでにない真剣な表情でポツリと呟く。


「……早過ぎる」

「はぁ、何だって⁉」


 確かに友唯は夜毎、真白と床を共にする。

 だか最初の時と同じく、一緒に寝るだけだった。

 それは真白の魂の奥底から、商売であるその行為を望んでいないから。

 主従の魂の縛鎖が息づいている友唯に、それを破る事は出来ないし、したくない。

 だから人として滋養をつけさせ休息を取らして、元・金華猫の経験から寝かせている間に己の精気を真白に分け与えてもいた。


 鳥屋についた者は、大方は暫くすれば症状は治まる。

 人はそれを『治った』と解釈するが、あくまで一時潜伏しただけで、三年後や十年後にもっと酷い症状となって現れる事が殆どだ。

 だが、それにしてもこれはっ⁉

 友唯は悔しげに、ギリッ!を奥歯を噛締めた。


「病の進行が早過ぎるのだよ」




 結局、友唯はその日のうちに楼主に話をつけ真白を身請けした。

 だが本人に、その事は伝えてはいない。

 太夫にも口添えしてもらって『出養生の為に一時預けられる』と説得してもらった。


 輪廻から外れた者が手を出してしまったが為に、悲壮な命運を呼び込んでしまったのだろうか。

 友唯に引き取られた真白の様態は、日々急速に悪化していった。

 症状は腫瘍ができ鼻が削げ落ちるような、外面的だがまだ生き延びるものではなく、麻痺や言語障害の出る末期で。


「と……さん……ごめ……」

「何の事かな」

「は、じめ……だ、いて、も……らえ、ば……よか、た……ね」

「そうだねぇ、元気になったらお相手願おうか」


 弱々しく微笑む真白の髪を、友唯はそっと梳く。

 今はまだ、この手の温もりが心地よい。 

 前世では一緒にいられなかったから、今世では最後のその刹那まで看取りたかったから。




 そして真白が儚くなったのは、やはり満月の宵だった。  


「君は、なよ竹のかぐや姫のようだね。 いつの時も月の光に導かれて私の元を去ってしまう」


 悲しくない、虚しくない、淋しくないと言ったら嘘になる。

 だが今生の別れは、来世への再開の約束。








 猫は主を探す。

 いく世相を超えても、巫女の魂の生まれ変わりを探す。

 探して見付けて、また死に別れて、それでもまた探す。

ようやく、猫しょうになった友さんデス


太夫やそれに順ずる遊女と遊ぶには、最低でも1両1分(約10~20万円)

しかも2回は、目的はたさずだし(をいw)

それでも引手茶屋では芸者なんかを呼んで、豪遊しないと振られるw

ようやく馴染みになって床入り出来る様になっても、太夫は大人気だから二股三股は当り前っ!

そんな時は振袖新造が添い寝してくれるけど、彼女には手を出せないし、それでもしっかり揚代は取られ、文句をつけたら野暮だといわれ、なのに他の遊女に通ったら浮気をしたと責められるw

鬼のように、大枚注ぎ込ませまくってますのね(^_^.)


因みに「鳥屋」は梅毒、「50両」は約500万~1千万円

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