廻
病気、自殺(と言っていいものか)、死別ネタあります OKなお方のみどうぞ
いっその事、巫の気が狂れてくれたらいいとさえ思う。
そうすれば何処か山奥にでも連れ込んで、二人っきりで誰にも邪魔されず過ごす事が出来るのに。
だが、友唯のそんな悪巧みが叶う事はなく
早朝、日の光で元の猫に戻った彼が見たものは、裏庭の井戸でいつもの様に禊を行う巫の姿。
単衣の上から身を切るほど冷たい井戸水を躊躇なく浴びると、白い生地が肌に張り付いて、目に映るのは自分が刻んだ所有印よりもまざまざと目立つ無数の傷痕。
その瞬間に決めた、彼女は自分だけの獲物だと。
例え誰であろうとも、これ以上、髪の毛一筋たりと傷付ける事は許さないと。
実際、正しき力に抗う下等な物の怪であろうとも、命知らずという訳ではない。
なので同系統の上の力で睨みを効かせば、相当の効果はある。
それでも無駄な時は、力ずく捻り伏せるだけだ。
妖怪や物の怪のほかにも不届きな人間の毒牙からも、巫を退ける。
その通力や実力、本人自体を様々な意味合いをもって手を下そうとした輩には、情け容赦なく生まれてきた事を後悔する様な恐怖の体験をさせた。
まぁその後、巫に知られて叱られる事も多々あったのだが……。
そして友唯は月に一夜、望月の宵に巫を喰らう。
もう飢えてなどいなかったが、別の意味で餓えていたのでその好機を逃すつもりなど、毛頭無い。
ただ、どんなに手練手管を施そうが、巫からは肉欲に溺れた事柄を何一つ引き出せないのが、無性に恨めしい限りではあった。
祭事や政、占いなどでも乞われ、自らの身に神を降ろし神託を告げる。
乞われれば……たまに、乞われなくても……妖怪退治も請け負って、諸国を流れ旅をして。
そんな生活が、永久に続くかと思っていたのに……終りは、存外早かった。
十年ほど経った頃、ある国で疫病が蔓延していた。
そこで巫は病が流行りだした村まで赴き、己の身に疫神を降ろし対処法を神託する、いつもと同じ事、それで終わる筈だったのに
まるで国の災いをその身と引き換えたように、巫本人が病に倒れてしまったのだ。
今回の神降ろしによる神託は疫神の対処法であって、これ以上疫病を広げないための方法であり、病に効く薬効ではなかった。
しかも間の悪いことに神の力による病なので、人の通力や妖しの妖力など歯が立たず、薬草や食べ物の滋養なども効果は期待できなかった。
どれ程、病の床に伏したことだろうか。
村外れの小屋を宛がわれて、村人達は病を恐れ誰も近寄ってくる事もなく、ただ友唯だけが巫の世話をしていた。
巫は痩せ細った腕を伸ばし、猫の姿の友唯の首の毛を優しく撫でる。
「友唯」
「なんだい、月巫女」
「……柚……」
「ん?」
「それが私の真名。 呪いの名をつけた者の真名を知れば、貴方は自由になれる」
「えっ⁉」
「私の通力をその身に抱えた今なら、人から精気を得ずとも生きていけるでしょう。 私が死んだら、貴方は自由にお生きなさい」
「……死?……死ぬのか? 君が⁉」
人にとっては当り前である筈の驚愕の事実を突きつけられ、友唯は愕然とした。
「死」は、常に身近に遭った筈だ。
妖怪退治を生業としていたし、道端で死体と出くわす事も少なくなかった。
だがそれは、いつも他人事であった。
友唯は自分が巫に調伏されるかもしれない瞬間でさえ、現実味がなかったのに
───死ぬ? 私の月巫女が?? 愚か者の犠牲にっ⁉───
友唯の妖怪たらしめん、妖力の波動が分るのだろう。
「ただし、悪事は働かないようになさいね」
「っ!」
「人も妖も、決して捨てたものではありませんよ」
巫は撫でる力を強めながら、儚く微笑んだ。
そうして巫が黄泉路へと旅立って行ったのは、初めて出逢ったときの様に満月の光が恐ろしいまでに美しい宵の事。
人の姿に成った友唯は、巫を抱きかかえ裏にあった鎮守の森に遺体を埋めた。
人の世に習って土饅頭で葬るもの、妖の世に習って我が臓腑の中に収めるのも憚られたのだ。
自然の息吹の中に還る、それが最も彼女に相応しく思え、いつも側にいたように自分もここに住み着く事にした。
いつか土に還るその日まで……。
人気がなくなり朽ち果てだした小屋に、ようやく村人が集まりだした。
中に何の気配もなく巫の死体もない事に訝しがりはしたが、疫病で亡くなったであろう巫の鎮魂と祟りがないように願いを込め、その場に小さな塚を作った。
今更、と友唯が思わない事もなかったし、片っ端からこの国の人間を食らい尽くしてやろうかっ!とも本気で考えたが「悪事は働かないように」との巫の言の葉を……強制力など何もない唯一つの約束を反古にはしたくなかったのだ。
巫は死しても通力がこの地に宿るのか、村人達が何かと塚を拝みに訪れその評判が評判を呼び、様々な者が塚を訪れる。
風の噂で、巫の素性らしき事も耳にした。
さる大きな社に囲われ、破格の神力を持った巫。
しかしその社は、皇族や貴族、官位のある者にしか門戸を開かない。
それを憂いた巫は、たった一人で社を出たと……。
ただ今となっては、それが本当かどうかも分らないし、友唯にとっては、どうでもいい事だった。
さて、あれからどれ程の時が流れただろうか?
何度も国の主が変わり、立ち、破れ、四方に散った。
諸国の境界線は細々に切れ、主が入れ替わり立ち代り、忙しく様変わりしていく世相。
人々が塚の意味や存在を忘れ、その物自体がすっかり土くれになってしまい、小さかった鎮守の森が、今や街道沿いを覆うほどの大きな森へと成長した頃。
『それ』は突然に感じられた。
猫の姿のまま木の上で休んでいた友唯の耳が、ぴくりっ!と反応した。
くんっ!と鼻を利かせると、忘れようにも忘れられない、あの通力の感じ。
以前の様に溢れんほとの強さはないが、確かに同じ『それ』
ありえない事と思いつつ、友唯は木の上から降りると、匂いの元を辿った。
それは、街道を行く立派な行列の輿の中から漂ってくるではないか。
猫の敏捷性を生かして易々と行列の中に入り込むと、目当ての輿の屋根に飛び乗り、間近で鼻を利かせる。
『それ』はもう間違えようもなく、確証となっていた。
一方慌てたのは、輿舁きと、警備に付いていた武士だ。
輿には最重要人物が居るのに、上に猫が乗ってしまったなど。
何とか振り払いたいが、当然、輿舁きが手を放す事も足を止める事も出来ない。
まさか猫などで、隊列を乱す訳にはいかないのだ。
そんな事でもしようものなら、よくて叱責、悪ければ首が飛ぶ。
武士が何とか内密に追い払おうと、空威嚇をしてみるが猫は微動だにしない。
だからといって声を上げる訳にも、ましてや主の輿に刀を向ける訳にもいかず四苦八苦していると
「……止めて下さい……」
中から、年若い少女の声がした。
「輿が揺れているようですが、何かありましたか?」
「はっ、申し訳ありません……実は、猫が……」
「猫?」
垂らされていた御簾が、ほんの少しだけずれた。
友唯はその瞬間を逃さす、素早く屋根から飛び降りると輿の中に進入を果たす。
「きゃっ!」
「月姫様!」
「……大事、無いです」
輿の中に居たのは、桜色の髪を腰まで長く豊かに延ばし白無垢に身を包んだ、年の頃十六ほど姫。
しかし面差しも、強さが違えど内々の通力も、そして声も、まさに巫の生き写し。
いや、その清廉潔白な魂は本人そのものだ。
予想していたとはいえ驚き固まっている猫の友唯に、姫は優しく微笑みながら手を伸ばす。
「おまえ、どうしたの? 迷子? こんな所に来ては駄目よ、危ないから……ね」
一瞬、その笑顔に影が差す。
そうして友唯を脇抱きに抱え上げると、そのまま御簾の横から外に差し出した。
「放してあげてください」
「はっ」
武士は姫から猫を預かり街道脇の藪に放ち元の列に戻ると、輿入れの行列はそのまま何事もなかったかのように目の前を過ぎていった。
「……月巫女……君は、今生でその名を受け継いでくれたんだね」
今迄ただ余生を過ごしていた妖の瞳に久々に精気が漲るものの、一抹の不安が脳裏を過ぎる。
「姫か……この地の大名は、戦に明け暮れて良い噂を聞かないのだがね。 それで隣国に輿入れ、つまりは人質という事かな」
最後に見た姫の憂いのある笑み。
あれはまさしく、何事かを決意している者の微笑。
そう、巫が死を受け入れた時と同じもの。
友唯の足はさも当然と、輿入れの列の後を追って走り出した。
大方の読みの通り、辿り着いた先は強固な守りに閉ざされ、大名が攻めあぐねていた隣国。
そして人質という立場も、その通りなのだろう。
姫の輿入れというのに、城には祝賀の様子など微塵もない。
夜も更けた城の奥間、褥の側で夜着に身を包んだ姫が一人、未だ訪れぬ形だけの夫の城主を、ただ静かに待っていた。
「にゃーん」
「! おまえ、付いて来てしまったの⁉ ここは危険だと言ったでしょうっ」
突如目の前に現れた猫の友唯に、姫は今迄の凛とした雰囲気も何処へやら、おろおろと取り乱した様子を見せる。
本当に、姫は巫に生き写しだ。
顔も、髪も、声も、些少な生き物にも気を配るその優しさも、無垢な魂も。
ただ違うのは、あの苛烈な通力が無いだけ。
今宵は望月ではないから人の姿にはなれないけれど、あれから数百年ただ安穏だらりと生きてきただけだが、それなりに妖力は増している。
今なら、あの邪な想いを遂げる事が出来る。
自分だけの獲物を何処か山奥にでも連れ込んで、二人っきりで誰にも邪魔されず貪りつくすように怠惰に過ごす、という願いが叶えられる。
妖怪たらしめん金華猫の双眸が、妖しげな光を帯び様とした瞬間
「!」
城下から、夥しい殺気と血と炎の臭いがした。
これは明らかに戦の兆候だ。
目の前の猫の毛が逆立っている事に、姫も様子を察しぽつりと呟く。
「……やはり、父上は考え直して頂けなかったのですね」
その内に城内も騒がしくなり、姫と共に付いてきた腰元達が駆け込んできた。
「月姫様、城に火が放たれました。 お早くお逃げ下さいっ!」
姫はその言葉にも慌てる事は無く、猫を抱えあげると手近にあった箱に閉じ込めて腰元に押し付けた。
「貴女達は先にお逃げなさい、私は成すべき事があります」
「姫様⁉」
「いいですね」
「でっ、ですがっ!」
「お行きなさいっ、これは命令ですっ⁉」
「はっ、はいっ」
姫が声を荒げた事など経験が無かったのだろう、腰元達は一目散に駆け出す。
一方、慌てたのは箱の中の友唯だ。
女人が抱えた箱など、友唯の妖力にしてみれば破る事など容易い筈。
しかし、彼を箱に入れる間際に姫が呟いた「逃げちゃ駄目よ」の言霊が友唯の魂に刻まれた、巫との主従の縛鎖になって妖力を使う事が出来なかったのだ。
箱から解放されたのは、暫く経ってから。
何とか城から脱出する事に成功した腰元が、振り返ってあまりの惨状に驚いて手から箱を落とした、その時だった。
城は既に半分以上、火の手に飲まれていた。
友唯は歯軋りしながら、姫の僅かな通力の匂いを辿って城を駆け上っていく。
途中、あちこちで倒れている武士を見かけた。
彼らには刀傷も矢傷も無く、意識が昏倒しているものが殆どで。
……やはり、父上は考え直して頂けなかったのですね……
守りの堅い城を攻め落とす為、婚礼は最初からこれが目的だったのだろう。
恐らく、祝い酒にでも遅効性の毒物が仕込んであったか。
炎と数多の死体を避け、姫の弱々しい通力の残り香を頼りに辿り着いた先は城の本丸。
「 ───っ! 」
そこで友唯が見たものは、焔よりも鮮烈な赤が姫の真っ白な夜着を妖しく彩っている姿。
泡を噴き倒れ、武士として切腹する暇も無かったであろう城主の死体と、懐剣で喉を突き、彼を庇う様に覆い被さっている姫の遺体。
城が焼け落ちる間際、獣の咆哮を多くの者が聞いたという。
やがて人間であった巫女は死に、その魂は輪廻の輪に戻っていき。
輪廻の輪から外れた存在である、妖怪の猫だけが残された。
猫の悪戯阻止ですっ!
でも、あ~ま~巫と姫様には辛い仕打ちではありますがorz
ウン、死にネタ前提だからね……ゴメン(><)




