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猫しょう日録~ねこしょう にちろく~  作者: セアル


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2/5

痛みという名の思い出だらけ 輪

猫しょうである友唯と茜莉の過去の巫との定めとは

(動物の重度の怪我表現、微艶ネタ あります、OKなお方のみどうぞ)

「残念~折角の皆既月食、見られませんね」


 茜莉は二階の窓越しに、不服そうな表情で空を見上げる。

 夜空にある筈の星々の輝きは分厚い雨雲に覆われて、窓に叩き付けるのは横殴りの激しい雨粒。

 これでは月食云々の話どころではないだろう。

 大体、月を隠してしまう大雨の所為で、今この状況にあるというのに……。


「月巫女がお望みならば、この程度の雨雲など晴らすことは造作もないけれど」

「え⁉」


 常識では到底ありえない言葉に驚いて後ろを振り返ってみれば、友唯は得意気に微笑んでいて


「昔から狐狸妖怪の類が出現する時は、天候が崩れるのは常だからね。 私クラスともなると『その逆もまた然り』なのだよ」

「そんな、無理に天気を変えるなんて良くないんじゃぁ、自然の摂理に反するんでしょう?」

「なに、大した事はないよ」

「って、じゃぁ少しは影響はあるんですよね。 私一人の我侭の為に、そんな事をしちゃ駄目です」

「はいはい、仰せの通りに」


 きっちりと正論を正す茜莉に、友唯は苦笑しながらも手に持っていたマグカップを差し出した。


「よく眠れるようにね、ブランデー入りのホットミルクだよ。 今日は大変だったから、疲れているだろう? 何なら、私のベッドで休んでも構わないのに」

「そこのソファーベッドで十分です。 でも、大変だったのは友唯さんも同じなのに、私だけ休んでもいいんですか?」

「妖怪は闇夜に生きるのが本来の性分だからね、平気なのだよ」


 身震いでもするかのように軽く空気が震えると、緩やかにウエーブした翡翠色の長い髪に先程まではなかった白い猫耳が覗き、シャツの裾からは長毛特有の猫の尻尾が二本ユラユラと揺れていて。

 そう『猫しょう』である友唯にとってみれば、この時間からが本来の彼の支配域の時間なのだ。





 明かりを落とした室内に激しい雨音に紛れながら、茜莉の安らかな寝息が静かに響く。

 実際ソファーベッドに潜り込んだ途端そのBGMが聞こえてきたのだから、よほど疲れ切っていたのだろうと想像するに難くない。

 それなのに寝入る直前の茜莉の言葉は


「もしあの子の容態が急変したら、必ず起こしてくださいね」


 なのだから、本当に何処まで献身的なのだろうか。




 ここは閑静な住宅地にある元宮動物病院の二階、現在は友唯が寝起きしている部屋だ。 

 茜莉といえば獣医として病院に勤めながら、大先生を退いた近所の祖父の家から通っている。

 世間的な目から見れば、オーナーの孫娘と雇われ獣医の関係。

 普段はこんな風に二階に寝泊りする事なんかないのだが、今日は事件が起こってしまった。


 朝から続いた雨の所為で、優秀な動物病院でも流石に開店休業の状態。

 本日の診療時間も終り看護婦達も帰ったので茜莉も帰り支度を始めた時、病院前での激しいブレーキ音、程なくしてドアがけたたましく叩かれた。


 運び込まれたのは一匹の仔猫。


 大雨で視界の効かなかった車の前に飛び出して、そのまま撥ねられてしまったのだ。

 診断結果は両前脚の開放骨折。

 幸い内臓に影響はなかったものの、 仔猫にとっては生死を争う状態。

 結果と治療法を告げようと友唯が診察室を覗いてみればそこに運転手の姿はなく、受付のカウンターにあった卓上メモに走り書きの文字で『用事かあるので帰ります、後はお願いします』と書かれてあるだけだった。


 飼主のいない患畜など、本来ならば治療する義務など生じない。

 だが獣医師になろうという者は大概が動物好きな人物で、そして、ここにも輪をかけてのその一人がいた。


「友唯さん急いでください、手術の準備は出来てます」


 ───その言葉に、否を唱えられる訳がない───



 これほどの大怪我、仔猫の体力やその後の回復そして治療の金額から言えば、両前脚を切断を選択する方が易い……だが


「切断せずに、できるだけ復元します……いいですよね」


 ───いいもなにも茜莉の中ではそれが決定事項なのだから、逆らえる訳もない───



 小さな前脚を切って開いて、プレートで固定して骨を繋いで、感染症が起こらないように消毒して皮膚を縫って、両前足をギプスで固定する。

 二人だけの大手術は夜更けまで続いて、仔猫の容態が安定した頃にはすでに日を跨いでいた状態だった。


 いくら近所とはいえ、大雨の降る深夜に女性一人が家路を辿るのは危険すぎる。

 そして当の本人が、帰るのを拒んだ。

 なにせ最初は、病院の方に泊まると言っていたくらいだったのだから。




 友唯は、懇々と眠る茜莉の顔にありえないほど唇を寄せ、近付いて万感の想いを込めて囁く。


「本当に君は優しすぎるよ……そう、あの時からそうだったものね」









 遠い遠い遙かな昔、この日ノ本の国で平安と呼ばれていた頃の話。

 フト自我が宿り、気が付けば船に乗っていた。

 唐から運ばれる経典や仏具を鼠の被害から守る為に乗せられた猫、それが自分。

 すっきりとした華奢でしなやかな体に、小さな顔。

 鶉の卵みたいな大きな瞳は深い緑に輝き、細い絹の様な一重で中間ほどの被毛は首周りと尻尾のみ倍以上に長く蓄えられた、白猫。


 それが最初の、普通の猫だったときの姿だ。

 何年も掛け航海をしている間に毎夜毎夜、月光とその精気を体に取り込んだ。

 そうして日本に辿り着くころには、一匹の金華猫(キンカビョウ)という中国古来の妖怪と成っていた。


 最早、無事に戻れるかどうか分らない船での生活より、この日ノ本の国が新たな餌場。

 金華猫の本能に習い夜な夜な美青年に化け、女をたぶらかしその精気を糧とする。

 最初は市井の娘達であったが、次第に相手は身分の高い家に勤める女房となり、最終的には名のある貴族の姫をも餌食にかけた。


 金華猫にたぶらかされた者は、正気を失い病の床につくことになる。


 貴族の家に勤める女房や、娘達に流行る珍妙な病。

 いくら僧に祈祷をしてもらっても陰陽師に祓ってもらっても、一向に回復する兆しを見せなくて最早天災と諦めかけた頃、その原因と正体を見破った者が現れ解決策が講じられる。





 金華猫が一時の根城としていた社に、仰々しいまでに飾り立てた牛車が立ち寄り、そのまま宿を求めた。

 これは、どこぞかの姫が寺詣でにでも来たのだろうと、千載一遇の好機と夜更けを待って姫に宛がわれた局に忍んでみれば、護衛も女房の姿もなく御簾も几帳も全てが巻き上げられていて、その場にいたのは一人の(かんなぎ)

 桜色の甘削ぎの髪に未だ幼さが見え隠れする様な少女だが、金華猫にとって通力を持っている巫は姫以上の極上の獲物。

 いつもの様に美丈夫に化け今迄の経験から得た蠱惑的な妖力で局を満たし、全てを蕩けさせてしまいそうな笑顔で近付いて触れるか触れないか、その刹那


「 ! 」


 場の妖しき妖力は一瞬で浄化され、それはそのまま神力の刃となって金華猫の体を庭先まで弾き飛ばした。


「つっ、あっ!」


 思わず本来の猫の姿に戻ってしまった満身創痍の金華猫の鼻先に、シャリンッ!と涼やかな音色と共に鉾先舞鈴(ほこさきまいすず)が突き付けられる。

 猫が見上げた先にあったものは、満月を背に凛とした立ち振る舞いの巫の姿。

 その圧倒的な神力を前に『最早これまでか』との思いが頭を過ぎる。


 金華猫によって、たぶらかされ正気を失った者を治すには、異性の金華猫の肉を病人に食わせなければならない。

 もし性別を間違えてしまえば、その病人は死んでしまう。

 だか今この国にいる金華猫は、恐らくこの一匹。

 そして今迄たぶらかされたのは、全て女性。


 的確に敵の存在を読み取りその身に神を降ろせると言う巫ならば、誰に問わずとも治療法は分っている事だろう。

 金華猫は、ふと口角を緩める。

 自分は好き勝手に生きた、それなりに好い思いもした、自らの引き際を決めるのならば、こんな風に誰にも見せたことのない真の正体を暴き、己を金華猫たらしめた月明かりの似合う女性に調伏されるのも悪くないと、覚悟を決め瞳を閉じた。


 瞬間、鎖骨の間に鉾先舞鈴が突き立てられる。


 だが不思議と、衝撃も痛みもない。

 引き抜かれた鉾先舞鈴の切っ先には確かに己が血潮が付着しているのに、本体には傷一つないのだ。

 金華猫が驚き目を見張っている目の前で巫はその血潮を掌で受け、一度握りそして開くと、十数個の小さな赤い丸薬になっていた。


「……これを」


 ───初めて発せられた声は予想通りに澄んでいて、思わず聞惚れてしまう───


 すると何処からか、その声に誘われて一人の武士が懐紙を持って駆け寄ってきて、丸薬を受け取った。


「この丸薬を一粒服用すれば、正気を取り戻し元に戻ります。 被害に遭われた方々に呑ませて下さい」

「はっ」


 血潮で作った丸薬⁉

 そんな物で治るかどうかは知らないが、一体何故目の前の妖を殺さないのか。

 それとも今から、改めて調伏する気なのか。

 金華猫は猫の姿のまま巫の動向を窺っていると、ひょいと襟首を掴んで持ち上げられそのまま巫の腕に抱かかえられた。


「⁉」

「付き合ってもらいますからね」

「……何……を……」

「貴方が餌食にしたのは、貴族の方々だけではないでしょう。 皆の正気を取り戻すのですから、いいですね」  


 金華猫のおぼろげな記憶と世間の噂、そして巫の占いの力によって、全ての被害者の元を回るのに一月ほどの時間が掛かった。

 その間、金華猫はずっと巫の側にいる事を強制された。

 ただ側にいる事を強制されただけで使役されたりする事はなかったが、一つの名を与えられた。

 人ならざるモノにとって、名というのは最も強制力のある短い呪いだ。

 だから巫は『友唯』という呪を、金華猫に名付けた。


 そして当然、その反対の意味合いから巫が本来の名を明かす筈はなく、友唯は便宜上に『月巫女』と巫を呼ぶようにした。


 巫との生活は、友唯にとってまさに理解し難いものだった。

 被害者を探す間に、当然、巫としての仕事も請け負う。

 祭事や政、占いなどでも乞われ、自らの身に神を降ろし神託を告げる。

 彼女の神力は本物だ、それも最高級位だと疑いようもない。

 国や大きな社が召抱えても何ら不足はないであろうに、こんな風に留まらず流れていて僅かな銭や寝泊り飲食と引き換えに、巫の仕事を請け負うのは不釣合いだと痛感した。


 それに彼女は巫以外の仕事も請け負う……というか人の力の及ばざる事で困っているような事柄があれば、自らが首を突っ込んでいくのだ。

 雑多な妖怪退治が最たるもので、しかもあまりにも割りの合わない手法で執り行おうとする。

 友唯級ともなれば、絶対的な力の差を見せ付ければ引き際は早い。

 だが低級な物の怪は、それが理解できずいつまで経っても抵抗してくるので、逆に侮れないのだ。


 それなのに巫は、その物の怪をも浄化しようとする。

 強大な神力で滅してしまうのではなく、少しでも救おうとしてしまう。


 ───割に合わない事、この上ない───


 意に副わないものなど、叩き潰してしまえばいいのに。

 用のなくなったものなど、一体いつまで生かしている気なのか。


 ───嗚呼、また満月が巡ってくる───




 月光冴え渡る、望月の夜。

 今宵は妖怪退治の前夜として、とある荘園の小屋に寝泊りさせてもらっていた巫。

 ギシリッ、とその枕元に忍ぶ男の影。

 気配に敏感な巫がその事に気が付かない訳はなくて、上体を起こして目を凝らせば、普段は本来の猫の姿をしている筈なのに、美丈夫の姿に化けた友唯の姿。

 そしてその様子は呼気が荒く、らしくなくどこか昂ぶっている。 


「月巫女、御身の安全を考えるのならね、今直ぐに私を滅するべきだ」

「友唯」

「金華猫にとって、人から精気を搾取するのは食事の様なもの。 そしてその事で人の正気がふれてしまうのは、宿命なのだよ。 普段はまだいい、君の神力で私の妖力は抑えられる。 だが今宵みたいな望月の夜は、私の妖力が騒ぎ立てる。 飢えているのだよ、餓えているのだよ、このままでは目の前の花を襲ってしまだろう……ね」       

「そうすれば、飢えは治まりますか」

「……はっ⁉」

「幸い、私には霊的な耐性もあります。 多少精気を搾取されたとしても、正気がふれるような事はないでしょうし、いいですよ、どうぞ」


 そう事も無げに言うと、そのまま仰向けに寝転んだ。


 自分の口にした事の意味が分っているのだろうか。

 いや一月とはいえずっと一緒にいるのだから、誰よりも金華猫の事に精通してる筈だ。

 だから、精気搾取の手段も方法も分っている筈。

 だけど、妖を救うために何処の誰が我が身が犯されるのを望むというのか⁉


 分ってはいる、分ってはいるが……。


 友唯は巫の上に圧し掛かると、荒々しく唇を塞いだ。

 性急に口内を無遠慮に流離い、舌を絡め、唾液を啜り上げる。

 今更『否』と言えない様に、口を離す事無く犯し続ける。

 それは、今迄の自分の情事とは全くの正反対。

 余裕も、ゆとりも、愉しむ事も、妖艶さも皆無で、ただ貪りつくすだけの行為。


 ───まるで、がっついた物の怪だ───


 頭の端にある僅かな理性が、己の行為を酷く蔑んでいた。

 だがそんな事に気を割いていられるだけの余地など、とうに欲求が凌駕していて、慌てて縺れる手捌きのまま帯を解き単衣を大きく開いて、思わず息を呑んだ。


 隙間から差し込む月明かり浮かび上がる、真っ白な肢体。

 だがその躰には所々、赤黒い痣や爪痕や切傷と思われる傷痕が刻まれていて


 ───そう、月巫女はどんな下衆な物の怪でも救おうとしてしまう───


 その所為で、思わぬ反撃をされてしまう事も多々ある。

 巫の神力から言えば返すのは容易い事なのだが、反作用で物の怪を滅する程に力量の差が余りあるので、甘んじてその攻撃を受けてしまうのだ。


 ───その結果が、これ───


 動きを止めてしまった友唯に、諭すように巫は語りかける。


「貴方が手にかけてきた様な(ひと)達とは比べるべくもなく醜悪でしょうけれど、取り合えず飢えを満たす為だと思って、我慢してもらいますよ」

「嗚呼もう、本当に君は、なんて……」


 友唯は生まれて初めて、敬う気持ちを持ってその傷痕一つ一つに唇を落とし、猫が傷口を舐めて治す様に、丹念に丁重に舌を這わす。


 ───この傷痕を残した物の怪達を、心底憎みながら───



 だが結局、巫のもっとも深い場所にたった一度きりの痕を刻んだのは、他の誰でもない友唯で。

 そう、その宵から……いや、本当は初めて出逢ったその宵から、人を魅了したぶらか筈の金華猫は一人の巫に魅惑されきっていたのだ。







 遠い遠い、遙かな昔 

 まだ魑魅魍魎や、妖怪、怨霊などが平然と闊歩していた時代

 悪さをした猫の妖怪が、一人の巫女に調伏された

 そのまま滅してしまうのが普通なのに、巫女は猫の本性を封じ側に置いた

金華猫(キンガビョウ)……月の精気を数年間浴びつづけてなる、中国の妖怪

     美女または美青年に化けて、人をたぶらかし生気を奪う

     正気を失った人を元に戻すには、異性の金華猫の肉を食わせないといけず

     性別を間違えて肉を与えると、病人は死んでしまう

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