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猫しょう日録~ねこしょう にちろく~  作者: セアル


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1/5

彼の心と交錯する時

リハビリなうなうなう。


消えてしまった自HPのパラレル小説から、二次部分を削除しました。

戦闘による残酷描写、R-15あります。

(薬の過剰摂取による強姦未遂、ステゴロによる殺人未遂、アリマス。

 苦手な方は、バックプリーズです)


猫又日録で絡んだ猫しょうの方の話。

 動物が大好きだった、特に猫科の動物が。

『 猫 』と断定しないかというと、虎やチーターや豹やライオンも好きだから。


 でも、何故かそれだけじゃないような気もした。


 私の周りには、いつも動物があふれていた。

 残念ながら健康じゃない子が殆どだったけれど、その子達を元気にする祖父は私の中でスーパーヒーロー。


『宮元動物病院』は昔からの動物病院。

 今はここも住宅街だけれど、この辺がまだ開拓されていない頃からある小さな病院。

 だが腕もよく、また祖父の人柄からか昔馴染みの人も多い。 

 勿論、患畜も。


 ただ両親共々動物好きでありながら、重度の動物アレルギー。

 だからこの動物病院は私が継ぐつもりで、大学の獣医学課程に六年間通って獣医師国家試験を受験した。


 祖父をビックリさせたくて、でも喜ばせたくて、獣医学課程に通ってる事、獣医師を目指してる事は内緒にしておいた。

 諦める気なんかは更々無いけれど国家免許取得は結構狭き門なので、どれだけ時間が掛かるかが分らなかったことも大きいんだけれど。


 で念願かなってストレートで免許も取れて晴れて一人の獣医師となって、6年ぶりに動物病院を訪れてみれば


「茜莉、柚木 友唯さんだよ。 今は、彼が中心になって患畜を診てくれているんだ」

「よろしく、茜莉ちゃん」


 青天の霹靂だった。






「ぷっ! それで、大学に戻ってきちゃったの」

「だって、鳶に油揚げされたみたいで悔しいじゃない。 初対面で『ちゃん』付けだなんて、子供扱いもいいとこだし。 じゃぁせめて、学歴を上げて見返してやりたいじゃないの!」

「でも『柚木動物病院』にする、なんて言ってないんでしょう?」

「うん」

「じゃぁ、茜莉が病院を継いで精々扱き使ってやればいいじゃない。 腕がいいなら便利だし、悪いならクビにしちゃえばw」

「腕はいいらしいの。 看護婦さんの受けもいいし、評判もいいし、見た目もかっこいいし、人当たりもいいし。 何よりお爺ちゃんから全幅の信頼を受けてるし、最初病院に入った時、飼主さんの数が多くてビックリしたモン。 それに凄く患畜の扱いが上手いの。 どんなに警戒していても、唸っていても、彼が話しかけると大人しくなって」

「容姿端麗、頭脳明晰、おまけに才気煥発か……ヤナ男ねー。 まっ、私としては茜莉が一緒に博士課程に進んでくれた方が嬉しいわ」

「うん、よろしくね蘭華」


 動物博士号を目標にしている自分と違って、獣医師になって実家に帰るはずの親友が息巻いて寮に戻ってきて、開口一番「私、博士課程に進む!」と宣言したので、事情を問いただしてみれば、この有様だ。

 確かに驚きはしたが、嬉しいのもまた事実。

 見た事も無い男に大いな感謝を贈りながらも、少々気の毒な気もした。


「でも、その柚木って人も、大きな魚を逃がしちゃったわね。 宮元名誉教授も、本当は茜莉と一緒にさせたかったんじゃないの?」

「もう、お爺ちゃんをその名で言わないでよ」


 ニヤリと少々人の悪そうな笑みを浮かべる蘭華に、茜莉は苦い顔をする。

 茜莉本人所か、息子である父さえ知らなかった事だが、祖父はこの大学の名誉教授だったのだ。

 ただその地位をあっさりと放棄し一獣医師として野に下っているのだが、未だに影響力と言うか、周囲の反応は大きいらしい。


 茜莉がその伝で大学に入ったんじゃないかと、最初は揶揄する者もいたのだ。

 そうじゃないと分ってからも、色々な意味の篭った目で見られてしまう訳で、そーゆー事を全く気にしないのは蘭華とあと数人ぐらい。


「それに、私にはちゃんと好きな人がいるもの」

「綾小路一麿、准教授?」

「うん」      


 数ヶ月前に外部から来たこの年若い准教授は、元華族の流れを汲む『世が世なら』の人物らしい。

 だがそんな事を鼻にかけず、生徒に対する対応は皆に平等で誠実だ。

 勿論、茜莉に対してもそれは変わる事は無かった。


 そう好きになったのは、茜莉の方から。


 偶然見かけた、あの日の光景。

 土砂降りの雨の中、捨てられていた仔猫を保護した男に心惹かれた。

 話を聞いてみれば、こんな捨て犬や捨て猫を拾っては里親を探すボランティアをしているらしくて、茜莉も何回か一緒に手伝いながら色々と話している内に動物に対する優しさが溢れていて、どんどん惹かれていった。


「あのね蘭華にだけは教えるけれど、卒業式の時に「付き合って欲しい」って言われちゃった」

「それで」

「……「はい」って。 あっでも、大学院に戻る事になったから、この事は内緒ね」


 頬を染めて少女の様に、嬉しそうに秘密を明かす親友には悪いが、恋人同士になるとなれば話は違ってくる。

 蘭華は今まで思っていたが、口に出さなかったことを告げた。


「茜莉の手前言うのもなんだけれど、私あの准教授は何が胡散臭いのよね」

「どうして、いい人よ」

「何ていうのかな、取って付けたような気が……あの目がね、裏がありそうな、何となく冷めたと言うか冷たい感じがしてね」

「そんな事無い! 綾小路先生は凄く優しい人だよ!!」        

「……そう……だといいけど」


 何事にもはっきりとした物言いの筈の蘭華の、煮え切らない言葉に茜莉のボルテージも上がる。

 無二の親友に大好きな人の事をちゃんと分ってもらいたい、だから


「苦手だと思ってちゃんと話してないからだよ、話せばきっと蘭華にも分る筈。 私、先生を連れてくるからっ!」

「ちょっ、茜莉っ!」


 蘭華の静止も聞かず、茜莉は寮を飛び出した。






 走って訪れたのは、研究棟にある准教授の研究室。

 大学は休みではあるが、研究をしている人物にとっては休みなど関係ない、教師も生徒も出入り自由だ。

 午前中は研究をしていると言っていた、だったらまだ部屋か研究室にいる筈だ。


 呼吸を整えながらドアをノックしようとして、茜莉はその手を止める。

 中から聞こえたのは准教授の声、しかも誰かと話している様な……どうやら電話中の様だ。 


 大事な話だったら邪魔をしてはいけないと、扉の外で待つ事にした。

 研究棟は建物自体が古く、電波の状態が安定しないからどうしても電話の会話が大きくなる傾向にあって、聞き耳を立てている訳ではないが、好むと好まざると関わらず自然に会話が耳に飛び込んでくる。


『えぇ順調ですよ交際も取り付けましたし、私としてはあんな色気も何もない小娘、興味の範囲じゃないんですが、腐っても名誉教授の孫ですからね、私や父さんの有効な駒になる。 精々大事にしましょう、お飾りの妻には丁度いいんじゃないですか』

「!」     


 衝撃的な会話の内容に、茜莉は呆然と立ち尽くす。

 今までの准教授との出来事が走馬灯の様に頭の中を駆け巡る、あの優しさは全て嘘だったというのか⁉

 信じられない、信じたくない、でも


『え、保健所の仔猫? あぁもう撒餌は必要ないですよ、魚は釣れてしまいましたから。 ……その後? 適当に処分しました色々面倒ですしね』

「!!」


 哀しみの衝撃が、一気に憤りの怒りに変わる。


 茜莉は乱暴にドアを開け、ズンズンと准教授に詰め寄った。

 彼も突然の乱入に驚いたのだろう、慌てるように電話を切ると薄っぺらい作り笑いを浮かべる。


「やっ、やぁ、宮元さん、どうしたんだい?」

「先生、今の話どういうことですか⁉ 『適当に処分』って、あの仔猫達をどうしたんですかっ!!」


 茜莉の憤りは、あくまで幸薄かった、でも懸命に生きようとしていた仔猫達の事。

 自分の事に対してではないのだ。

 電話での会話を聞かれていた、と准教授の顔から笑みが消える。

 そして、忌々しげに溜息を吐いた。


「……全てを話そう、まぁソファーにかけなさい」


 そう言って、自らは開け放たれたままの扉を閉めた。

 そして奥の棚からジュースを持ち出し、茜莉に勧める。        


「取り合えず、落ち着くように飲みなさい」


 喉なんか渇いていなかった。

 いや本当は渇いていたかもしれないが、そんなの感じていなかった。

 でも飲まないと話してくれそうもない雰囲気だったので、一気にグラスを空ける。


 瞬間、ニヤリと准教授の口角が上がったのに気が付かなかった。

 いやそれ以前に、扉に鍵がかけられた音も、グラスに粉末が混入された事にも。


「さて、何が聞きたい?」

「何がじゃないです! あの仔猫達をどうしたんですか⁉」

「君が手伝った時の仔猫は、里親の元にいるだろうね。 だけど僕が拾った……いや、君に見せ付ける為に業と捨てておいた仔猫はあの後、保健所の前にそのまま置いてきたよ。 散々雨に濡れた後だし、もう処分されているんじゃないかい」

「! なっ、何でそんな酷い事を」

「決まってるだろう、君を手懐ける為だよ」

「だった、それだけの為に⁉」

「現に有効だったじゃないか」   


 悪びれもなくニヤニヤと笑いながら、事の顛末を楽しそうに話す男に具合が悪くなってくる。

 何でこんな男に騙されたんだろう、と今更ながらに蘭華の言葉が正しかった事を思い知る。

 自分の為だけに、利用されてしまった仔猫達が可哀想でならない。


 気分が悪い、頭がクラクラする、もうこんな場所に一刻足りと居たくなかった。


「失礼しましたっ!」


 茜莉は勢いよく立ち上がろうとしたが、強い眩暈に襲われそのままソファーに倒れこんでしまった。

 四肢に上手く力が入らない、周囲がフワフワとした感じに包まれ、音も変に響いて聞こえる。


「らっ、らに⁉」


 既に、呂律も回っていない状態だ。


「即効性があるとはきいていたけど、随分回りが早いな。 慌てていたから少し入れすぎたかもしれない、オーバードースに……まぁ、なったらなった時か、その方が扱いやすくなるかもな」

「ふえ?」

「トリプタミン系 のドラッグを少々ね、抵抗されるのも面倒だし」

「!」

「全てを話した以上は、さっさと既成事実を作らせてもらおうか。 取り合えずヤッて、証拠に2、3枚でも写真を撮っておくかな」              

「!!」


 吐き気がしそうなほど厭らしい笑みを浮かべながら、ネクタイを緩めゆっくりと覆い被さってくる男に何の抵抗も出来ない。

 頭はクラクラしてはいるが、意識は、嫌悪感はしっかりあるのに!

 好き勝手に嬲られるのが分っているのに、ビンタの一つ、罵声の一つも浴びせられない!!

 ただ、涙を流す事しか出来ない自分が猛烈に悔しい!!

 負けない、何がどうなろうとも、こんな卑劣な男に絶対負けないっ!!!!

 そう思って、ギュッ!と目を強く閉じた。






 瞬間、フッと体にかかる重みがなくなった。


「ヤレヤレ、本当に月巫女は男運が悪いのだねぇ」

「⁉」

「まぁ最初に引っ掛かったのが、この私だったのがケチの付き始めかね」


 聞き覚えのある艶声に目を見開いてみれば、この場には居る筈もない柚木友唯の姿。

 だが彼の様相は、病院で見たのとは若干趣きが違っていた。

 緩やかにウエーブした翡翠色の長い髪に、同色の瞳、すらりと逞しい体付きはそのままだが

 彼の頭から生えてるのは、白い大きな猫耳。

 シャツの裾からユラユラと覗いているのは、シルクの様に輝く長毛特有の猫の尻尾。

 しかも、それが二本も⁉

 ……ただ、何故かその尻尾の感じに見覚えが……


「さて月巫女、この下衆の処分はどうしたい?」


 優雅な口調ではあるが彼が行っている行動は、鋭く爪の伸びた片手で准教授の顔を鷲掴みして、足が着かないほどに高々と持ち上げているのだ。


 今見ているのは、ドラックによる幻覚だろうか⁉

 コスプレじゃあるまいし、人から猫耳・尻尾が生えているだなんて⁉

 力学的見地から言っても、片腕のみで成人男子を持ち上げるなんて⁉

 まぁ場所を考慮すれば可能かもしれないが、選りに選って顔を掴むだなんて⁉


 全ての重みが准教授の顔だけに集中するので、よほど痛いのだろう。

 何とか手を剥ぎ取ろうと、両手足をゴキブリの様にバタバタさせてはいるがビクともしない。

 目も鼻も口も掌で塞がれ、声も出せず呼吸も儘ならず、次第にその動きが小さくなり、やがてだらんと力なく垂れ下がった。 


 幻覚であろうと何であろうと、例えそれが自分を襲おうとした男であろうと、他人の危機を黙って見過ごせる様な冷血漢ではなかった。


「やぁ……めぇ・てぇ」


 呂律の回らない口を懸命に動かし、必死で首を横に振る。


「八つ裂きにしても飽き足らないのだが、月巫女がそう言うならねぇ」


 友唯は、准教授を乱暴に反対側のソファーに投げ捨てる。

「うっ!」と微かな悲鳴が上がって、彼が気絶しただけである事を物語っていた。

 そのまま茜莉の側に来ると、優しく横抱きに抱き上げる。


技芸天(ぎげいてん)の様な肢体と、迦陵頻伽(かりょうびんが)にも勝る啼き声を薬で封じてしまうとは、全く物の価値を知らない本当に無粋な男だねぇ……毒を抜く為だから、我慢しておくれ」


 ゆっくりと唇が重ねられる。

 薬の所為で抵抗できない状態は同じだけれど……何故か嫌じゃなかった。

 半開きのままの唇を割って、友唯の舌が侵入して来る。

 口内を思うままに弄るその舌は猫の様なザラっとした感があって、自分の舌に絡ませられて舐め上げられると、ピリっとした刺激が走る。

 確かに波が引くように体の異変は治まっていくが、名残惜しげに唇が離れていった時には表情は蕩けきってしまい、別の意味で意識が朦朧としてしまっていた。

 そんな茜莉の様子を目の当たりにして友唯は微かに微笑むと、もう一度だけ軽くキスを落とした。


「場所を変えて話そうか、月巫女も聞きたい事があるだろうし」


 そう言って、茜莉を抱いたまま高所の部屋の窓から飛び降りた。


 







 茜差す校舎の屋上、同名の女性の目からは涙が絶えない。

 ドラッグの影響が完全に抜け、理性の戻った頭で回想して涙が止まらないのだ。


「そんなに泣くのではないよ、愛らしい新緑に瞳が溶けてしまう。 あんな下らない男の事など、綺麗さっぱり忘れておしまい」

「そっ、じゃなくって……仔猫がっ、私の所為で……保健所にっ」

「……何だ、そっちかい」


 気の抜けたように、事も無げに言ってのけた男を茜莉は睨みつける。

 友唯は微苦笑しながら、ポケットから写真を取り出し手渡した。

 そこに写っていたのは、成猫になったばかりであろう猫の写真。

 そして、その柄には見覚えが


「この仔達!」

「保健所の前に捨てられた仔猫をね、拾って連れ帰ったんだ。 病院で里親も探して皆ちゃんと元気に成長している、先日は予防接種に来たよ」

「えっ……なんで?」

「同胞を、見捨てる訳にはいかないだろう?」

「そうじゃなくてっ!」


 そう、茜莉が言いたいのはそっちの事じゃない。

『何故、自分も今日まで知らなかった事を知り、対処をしていたのか』という事。

 驚愕に大きく見開かれた瞳が、友唯を捕らえる。

 ふふ、と楽しそうに喉を鳴らすと『やっと話せる』と言わんばかりの満面の笑顔。


「私はずっと月巫女の事を見ているんだよ、16歳の頃からね」

「えっ⁉」

「この猫に見覚えはないかな?」


 友唯がクルリを身を翻すと、そこにいたのは真っ白なターキッシュアンゴラ。       

 フォーリンタイプで、顔は小さくV字型、アーモンド型の目はグリーンに輝いて、細くてシルキーなミディアムヘアのシングルコートに、ふっさふさの長い尻尾。

 そして、特徴的な首の周りには長めのラフ。


 その猫にも、見覚えがあった。

 高校になったばかりの頃、何処からかウチに迷い込んできた一匹の猫。

 あまりに綺麗なターキッシュアンゴラだったので、どこかの飼い猫だと思った。

 ウチに置いておきたかったけれど、両親共々重度の動物アレルギーなので仕方なく祖父の家に預け、病院で飼主を探してもらった。

 だが飼主は一向に見付からず、いつの間にか病院猫のような存在になっていた子。


「……嘘、シロちゃん⁉」

「ご名答」

「えっ、ちょと待って、ホントに本物のシロちゃん⁉ へっ、でも喋って、って柚木さんな訳で……って、何ぃ!!⁉??」


『シロちゃん』と呼ばれた猫がクルリと身を翻すと、今度は耳も尻尾もない友唯がそこに居て、茜莉の脳はオーバーヒート寸前だ。


「はいはい、深呼吸してゆっくりとね。 ふふふ、猫の姿で月巫女と逢うのは6年ぶりか」


 そう大学に入って間もなく、シロちゃんが居なくなったと祖父から聞いた。

 雄猫はそうやって、ふらりと縄張りを出て行ってしまうことがある。

 近親交配を避ける為だとか、縄張りを広げる為だとか言われているが、結局の所はよく分かっていない。


 シロちゃんも雄猫だったし、そうだと思っていた。


 でも目の前に居るのは人間で、さっきまでは猫のシロちゃんで、その前は猫耳尻尾で……。

 茜莉は、ゴクンと生唾を飲み込む。


「貴方は、何者なの?」

「妖怪」

「よっ!」

「詳しく言えば『猫しょう』と呼ばれる部類だね」

「……シロちゃんが妖怪になっちゃったって事?」

「ふふ、見くびってもらっちゃ困るねぇ『猫しょう』は高位の妖怪だよ。 『猫又』が百年修行して、ようやくなれるんだ。 その『猫又』になるのさえ、普通の猫が二十年は生きないと駄目だしね」

「ちょっと待って、それじゃぁ!」

「そう『シロちゃん』と呼ばれていた頃は既に妖怪だったのだよ」

「そんな」

「御伽噺をしてあげるよ『猫の妖怪と巫女』の話をね」 







 遠い遠い、遙かな昔

 まだ魑魅魍魎や、妖怪、怨霊などが平然と闊歩していた時代

 悪さをした猫の妖怪が、一人の巫女に調伏された

 そのまま滅してしまうのが普通なのに、巫女は猫の本性を封じ側に置いた

 やがて人間であった巫女は死に、その魂は輪廻の輪に戻っていき

 輪廻の輪から外れた存在である、妖怪の猫だけが残された

 猫の妖怪は主を探す

 いく世相を超えても、巫女の魂の生まれ変わりを探す

 探して見付けて、また死に別れて、それでもまた探す 

 ずっと、ずっと、今生まで

 そして、再び巫女の魂を探し当てた







「……それが私?」

「そv」

「でも、私はそんな前世の事なんて覚えてない」

「構わないよ、私が月巫女の魂の美しさを覚えているから。 だけどその美しさ故に邪気が寄ってくるのか、いつも運気が良くなくてねぇ」

「え、そんなに運が悪いの?」

「巫女の時からそうだったけれど、人のために尽くしすぎる、人が良すぎるのだよ。 いつも、いつの時代も我が身を犠牲にするばっかりで、私がもっと早く見つけられるのなら、産まれた瞬間から不幸になどさせないのに」

「見付けられない?……の」

「これも魂の縛鎖かね。 私が調伏された巫女の年齢16歳にならないと、居場所を感じる事が出来ないのだよ。 大概はその間に、不幸の道筋を辿ってしまっていて。 今生は幸福そうだったから黙って見守っていたけど、結局は男運が良くないようだねぇ」


 友唯は深々と溜息を吐いくと、茜莉の両手を握り心配そうに見つめる。


「ねっ、月巫女『宮元動物病院』に帰っておいで。 柚木友唯が邪魔なら居なくなるから、『シロちゃん』に戻っても構わない。 私自身の存在が目障りなら、二度と姿を現さないから。 御老輩も待っているんだよ」

「……お爺ちゃんは、貴方の正体を知ってるの」

「知っているよ、月巫女が大学に入って直ぐ満月の夜に変化するのを見られてしまってね。 妖怪だと分っても対応は変わらなくて、何なら病院を手伝って欲しいと……ね」


 茜莉は少し考えて、決心した。


「分りました、病院に帰ります。 それとお爺ちゃんも認めているのなら、貴方……うんん、柚木さんもそのままでいい」

「本当にいいのかい」

「うん、病院を手伝いたかったのが本音だし、突然だったから、ちょっと意地を張っていたんだと思うの。 それに私、柚木さんにお礼を言わなきゃ。 今まで、お爺ちゃんの手伝いをしてくれてありがとう。……それと、危ない所を助けてくれてありがとう」

「月巫女を守るのが私の宿命だからね礼等いらないのだけど、そうだね、気にするというのなら『友唯』と呼んで欲しいな」

「友唯……さん」

「『さん』はなくてもいいのだけれどね。 あぁ嬉しいねぇ、随分と久しぶりだよ」


 たった名前を呼んだだけなのに、とても懐かしそうに嬉しそうに目を細めるものだから、こっちまでも心臓が高鳴ってしまう。


「えとじゃぁ、私の事も『月巫女』とか『ちゃん』付けじゃなくて……」

「茜莉?」

「やっ、違います! そっちじゃなくて!!」

「ふふ『宮元さん』は他人行儀で寂しいな、『茜莉さん』で構わないかな」

「えっ、えぇ」


 本当は『茜莉さん』と名前で呼ばれてしまうのも、なんだか恥ずかしい。

 いや身近には『茜莉』と呼び捨てにする人もいるのだが。


「ただ二人だけの時は『月巫女』と呼ぶのを許して欲しいな。 でもそんなに『ちゃん』付けは嫌だった?」

「だって、子供扱いされているみたいで」

「おや、それは申し訳なかった。 私は『シロちゃん』と名付けてもらったのが、とても嬉しくねぇ。 物の怪にとって『名前』は呪文、呪縛と同じ意味を持つからね。 今生でも、私は君の物になったという証……だから、ついね」


 そんな嬉しさに蕩けそうな笑顔で、告白されても。

 そーゆー事にてんで免疫のない茜莉には、非常に心臓に宜しくない事態な訳で。


 気恥ずかしさのあまり視線を外に逸らすと、赤色灯の点滅が目に飛び込んできた。

 救急車のサイレンの音が大学内に滑り込んで、今自分がいる校舎の目の前に止まり、屈強な隊員達がドヤドヤと建物の中に入っていく。

 何事かと思って下を覗いてみれば、暫くしてタンカに准教授が乗せられて運ばれてきた。   


「あっ、先生の事どうしよう」

「ん、どうしようとは?  やっぱり、止めを刺しておくかい」

「違いますっ!  友唯さんの事を見たんじゃないかとか、それにあのドラッグは」

「あぁ、心配いらないよ、少々記憶を弄らせてもらったからね」

「はい⁉」

「彼の記憶ではこうなっている。 『電話をしている時に、月巫女に見付かって全ての悪事が露見して君に振られてしまい、自暴自棄になって自分でジュースにドラックを入れて飲んだ』ってね」

「ってね、って。 じゃぁ、どうして救急車が⁉ それに調べれば体内の薬物量なんて」

「多分、目撃者が通報したんじゃないかな」

「目撃者⁉」

「隣の研究室に数人の学生がいたようなのでね、ついでに彼等の記憶も少々ね。 あと薬物も、キッチリ奴の体内に送ってやったから問題ないよ」

「……は」

「一度は月巫女の体内に入った物質を、毒とはいえ奴の中に送り込むのは断腸の思いだったけれど、この際仕方ないしねぇ」


 毒を浄化する為とキスをされた、だけど准教授にはそんな事もしないで、薬効成分を体内に送り込んだ。

 つまり、触れなくても『猫しょう』にはそんなの朝飯前って事?

 じゃぁ何でキスを??

 それもあんな濃厚な???


 思わず感触を思い出してしまい、一気に顔が真っ赤になった。


「ん? どうしたんだい月巫女」

「ななななな、何でもないっ!」


 林檎の如く羞恥に染まった表情を見せたくないと、背を向けるその様子が愛らしい。

 主が見ていないのを幸いに、男は猫しょうの本性を垣間見せる。

 口角を歪め緩く北叟笑みながら、ボソっと独り言ちた。


「検査されれば一発で分る、奴もその後ろにいる父親もこれで破滅さ。 月巫女を穢そうとした報いには物足りないが……まぁこんな物かね」    


 パサリ、長い尻尾が優雅に揺れる。










 数日後


「で、結局は病院に戻るわけね」

「うん、騒がせてごめんね蘭華」

「私のことは構いやしないわ……で、荷物を運び出しているのが例の奴ね」

「うん」

「和解したのは結構だけど、一緒に暮らすの?」

「やっ! 何でそんな事になるの!!」

「だって寮を出るわけでしょう?  動物病院に勤めるのなら、アレルギー持ちの両親のいる実家からは通えないじゃない」

「だから、お爺ちゃんの家に居候させてもらうの」

「病院が家じゃないの?」

「近所にちゃんと家があるの。 患畜が居るから病院でも住めるけど、今は友唯さんが暮らしているし」

「ふ~ん」


 蘭華は暫く友唯を見ていたが、茜莉の両手を強く握り締めた。


「何か遭ったら、すぐに相談に来るのよ! いいわねっ!!」

「やだ、そんな関係じゃないし! 大丈夫、友唯さん優しいもの」


 つい先日も聞いたような親友の台詞に、蘭華はがっくりと項垂れる。


『この子、男運が悪すぎるっ!』



 どこか遠くで、嬉しそうな猫の鳴き声が聞こえたのは気のせいだろうか?

エルを治療してくれた『宮元動物病院』の内情はこんな感で

現在は宮元先生(茜莉ちゃん)と柚木友唯先生が診てくれます。

厄介な検査や調査は、大学院の方で蘭華がやってくれたりするかも(^^)



猫又……猫が二十年生きると、尻尾が二つに分かれる日本の妖怪


猫しょう……猫又が百年修学を積んで、不死になった日本の妖怪

     (しょうの字がPCでは表現できません)

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