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第64話 つなぐ声と、少しだけ先の役目

朝、空は淡く晴れていた。

 雲は薄く、光がやわらかく広がっている。

 冷えはあるが、刺さらない。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が、静かに整っている。

 味噌桶の蓋を開けると、匂いが落ち着いている。


 縁側に出る。

 空気が軽い。

 冬の中の、短い休みのような朝。


 坂の下で戸の音。

 佐伯さんが外に出てくる。


 少しこちらを見るが、

 そのまま坂の途中で立ち止まる。


 誰かが上から降りてくる。


 スキー帽の子どもだった。

 ランドセルを背負い、足取りが速い。


 佐伯さんと、ちょうど坂の真ん中で出会う。


 少しだけ間。


 「おはようございます」

 佐伯さんが先に言う。


 子どもが少し驚いた顔をする。


 「……おはよう」


 声は小さいが、ちゃんと返る。


 そのまま通り過ぎるかと思ったが、

 子どもが振り返る。


 「ここ、寒いよ」


 それだけ言って、また歩き出す。


 佐伯さんが少し笑う。


 「知ってる」


 そのやり取りが、妙に自然だった。


 縁側から見ていると、

 空気がひとつ動いたのが分かる。


 「つながったな」

 みーちゃんが言う。


 「うん」


 佐伯さんがこちらに気づく。

 軽く手を上げる。


 「今の子、いつもあんな感じですか」

 「だいたい」


 佐伯さんがうなずく。


 「ちょっと安心しました」


 「何が」


 「ちゃんと人がいるって感じがして」


 その言葉に、少しだけ頷く。


 去年、自分も同じことを思った。


 坂の上と下。

 人が行き交う。


 速くはない。

 でも、止まってもいない。


 佐伯さんが縁側の前まで来る。


 「挨拶って、やっぱり大事ですね」


 「そうですね」


 「タイミング、迷いました」


 「分かります」


 少し笑う。


 タマが縁側に出てくる。

 佐伯さんの足元で止まる。


 「この子は迷わないですね」


 「迷わないですね」


 その通りだった。


 みーちゃんが少し離れた場所に座る。


 「役目が変わってきたな」


 「何の」


 「主の」


 考える。


 去年は、

 つながる側だった。


 今は、

 つなぐ側に少しだけ近い。


 佐伯さんが空を見る。


 「ここ、いいですね」


 「いいですね」


 同じ言葉が、少し違う意味を持つ。


 冬の村は静かだ。

 でも、声は確かに通る。


 ひとつの挨拶で、

 空気が少しだけほどける。


 その小さな動きが、

 この場所を、

 ゆっくりつないでいく。

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