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第63話 言わない時間と、並んでいること

朝、空は白く曇っていた。

 光はぼんやりしているが、冷えは落ち着いている。

 冬が少しだけ緩んだ朝。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が静かに広がる。

 味噌桶の蓋を開けると、匂いが穏やかに立つ。


 縁側に出る。

 湯飲みを持つ手が、すぐに温まる。


 坂の下で戸の音。

 佐伯さんが外に出てくる。


 少しこちらを見るが、

 今日は声をかけてこない。


 そのまま、ゆっくり坂を上がってくる。


 縁側の前で止まり、

 軽く会釈。


 「おはようございます」

 「おはよう」


 それ以上は言わない。


 「座ってもいいですか」

 「どうぞ」


 縁側の端に腰を下ろす。

 動きが、もう自然だ。


 タマが足元に来て、丸くなる。

 みーちゃんは少し離れた場所。


 沈黙が落ちる。


 昨日の会話の続きはない。

 無理に続けない。


 風が通る。

 板がかすかに鳴る。


 佐伯さんが、湯飲みを見ている。


 「それ、温かそうですね」


 「温かいです」


 少しだけ言葉が戻る。


 「真似してみようかな」


 「いいと思います」


 また静かになる。


 でも、重くない。


 佐伯さんが空を見る。

 同じ方向を見る。


 空は低く、白い。

 動きが少ない。


 「こういう時間、前はなかったです」


 ぽつりと言う。


 「どんな」


 「何もしない時間です」


 少し考える。


 「今は?」


 「あります」


 それだけで十分だった。


 タマが少し動き、

 体の向きを変える。


 距離は変わらない。


 みーちゃんが、静かに言う。


 「並んでおるな」


 心の中でうなずく。


 「うん」


 佐伯さんは気づかない。


 沈黙が続く。


 でも、それは途切れではない。

 形のある時間。


 しばらくして、佐伯さんが立ち上がる。


 「また来ます」


 「どうぞ」


 坂を下りていく。


 足取りが軽いわけではない。

 でも、迷っていない。


 縁側に残る空気。


 言葉は少ない。

 でも、関係は進んでいる。


 言わない時間が、

 並んでいることを教えてくれる。


 冬の朝は、

 そういう形で、

 ゆっくり広がっていく。

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