第57話 湯気の向こうの二度目
朝、空は低く曇っていた。
雪は降っていないが、光は弱い。
冬の朝は、時間がゆっくり進む。
台所で湯を沸かす。
火の音が静かに広がる。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが落ち着いている。
縁側に出ると、隣の家の窓から湯気が上がっていた。
昨日より少し多い。
「また火じゃな」
みーちゃんが言う。
「挑戦してるね」
「二度目は大事じゃ」
少しして、戸が開く音。
若い人が鍋を持って外に出てくる。
顔が、昨日より真剣だ。
「おはようございます」
「おはよう」
鍋の蓋を少し持ち上げて見せてくる。
湯気。
焦げた匂いはない。
「どうですか」
「いい匂い」
若い人の肩が少し下がる。
「火、弱くしてみました」
「正解」
鍋の中を少し混ぜる。
大根は柔らかくなり始めている。
「昨日よりいい」
そう言うと、若い人が笑う。
「昨日、ちょっと落ち込みました」
「落ち込む料理は上手くなる」
若い人が首をかしげる。
「本当ですか」
「多分」
みーちゃんが足元に座る。
若い人が猫を見る。
「今日も来てる」
「ここ好きらしい」
本当の理由は言わない。
少し沈黙。
湯気が、空気の中で消えていく。
若い人がぽつりと言う。
「一人で食べるの、ちょっと寂しいですね」
その言葉に、去年の冬が浮かぶ。
「味見、します?」
言葉が先に出た。
若い人が驚いた顔をする。
「いいんですか」
「焦げてないか確認」
椀に少しだけよそう。
湯気が顔に当たる。
一口飲む。
味は、少し薄い。
でも、冬の味だ。
「どうですか」
「大丈夫」
その言葉に、若い人が大きく息を吐く。
「よかった」
鍋を抱えて家へ戻る後ろ姿が、昨日より軽い。
縁側に戻る。
「続いたな」
みーちゃんが言う。
「うん」
炬燵の中で、タマが伸びをする。
布団が少し持ち上がる。
冬の暮らしは、
一度では覚えない。
二度目の湯気の向こうで、
少しずつ、
台所の距離が縮まっていく。




