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第53話 凍る水と、ほどける距離

蛇口をひねる音が、いつもより乾いていた。

 水の出が、少し遅い。

 冬が、少しだけ深まっている。


 湯を沸かしながら外を見ると、

 隣の家の前で若い人がしゃがみ込んでいた。

 水道の元栓あたりを覗き込んでいる。


 帽子を深くかぶり、両手をこすっている。


 「凍ったか」

 みーちゃんが、縁側の端で言う。

 「水?」

 「夜の冷えじゃ」


 上着を羽織って外へ出る。

 足元の霜が、ぱき、と鳴る。


 「大丈夫?」

 若い人が振り返る。

 「あ、すみません……水が出なくて」

 困った顔が、まだ幼い。


 蛇口をひねる音だけが、空に吸い込まれる。


 「昨日、夜冷えましたね」

 「ここ、こんなに凍るんですね」

 初めて聞く調子。

 去年、自分も同じ声を出した。


 元栓の周りを触る。

 金属が硬く、冷たい。


 「タオルありますか」

 「え、あります」

 「ぬるいお湯、かけましょう」

 言いながら、少し笑う。

 去年の自分に言っているみたいだ。


 家からタオルと湯を持ってくる。

 布で包み、ゆっくり温める。

 焦らない。

 火と同じだ。


 「急に熱いの、だめなんですね」

 「割れます」

 短く答えると、若い人は真剣にうなずいた。


 少しずつ、氷が緩む音。

 細く、水が落ちる。


 若い人の顔がぱっと明るくなる。

 「出た」

 それだけで、空気が和らぐ。


 「ありがとうございます」

 「慣れます」

 去年と同じ言葉を、今度は自然に言える。


 「最初、怖かった?」

 突然聞かれて、少し戸惑う。

 「少し」

 嘘ではない。


 「いまは?」

 「分かることが増えました」

 それが、正直だった。


 みーちゃんが足元で座る。

 若い人がしゃがんで視線を合わせる。


 「人懐っこいですね」

 「そう見えますか」

 本当のことは言わない。


 家に戻ると、炬燵が待っている。

 タマが布団の中から顔を出す。


 「凍った?」

 「少し」

 「ほどけたな」

 「うん」


 午後、隣から水の流れる音が続く。

 生活の音だ。


 冬は、閉じるだけの季節ではない。

 段差を越えることで、

 距離がほどける季節でもある。


 若い人の足跡が、

 今朝より少し深い。


 そして、自分の立つ場所も、

 少しだけ、確かになった。

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