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第52話 よそから来た声と、並ぶ足跡

朝、雪はほとんど残っていなかった。

 屋根の端に白が薄くあるだけで、道は湿った色をしている。

 冬の匂いはそのまま。

 でも、空気が少しだけ動いている。


 台所で湯を沸かしていると、外で車の音が止まった。

 ゆっくり扉が閉まる音。

 去年の冬には、聞かなかった種類の音だった。


 「来たな」

 「若い人?」

 「おそらく」

 みーちゃんは縁側へ移動する。

 タマは炬燵から出ず、耳だけを動かしている。


 戸を開けると、隣の空き家の前に一人立っていた。

 大きなリュックを背負い、手袋を外しかけている。


 目が合う。


 「あ、こんにちは」

 少し緊張の混じった声。

 「こんにちは」

 自分の声が落ち着いているのに、内心驚く。


 「昨日、越してきたんです」

 「そうなんですね」

 「雪、思ったより大丈夫で」

 「今年は軽いほうです」

 自然に答えられる。


 若い人は、きょろりと周りを見る。

 土地の広さを測る目だ。

 去年の自分と、少し似ている。


 「慣れますかね」

 「慣れます」

 即答していた。


 みーちゃんが、足元に座る。

 当然のように、そこにいる。

 若い人が、少し目を丸くする。


 「猫、いるんですね」

 「この辺り、よくいます」

 本当のことだけを言う。


 「静かですよね」

 「静かです」

 去年、自分も同じことを言った気がする。


 少し沈黙が落ちる。

 重たくない。

 ただ、慣れていない間。


 「何かあったら、声かけてください」

 言葉が、先に出た。

 驚くくらい自然だった。


 若い人が、ほっとした顔をする。

 「ありがとうございます」

 その笑顔が、去年の自分を思い出させる。


 家に戻る。

 戸を閉めると、温度が戻る。

 炬燵の布団が、静かに膨らんでいる。


 「先にいるな」

 「うん」

 「悪い気はせぬじゃろう」

 「しない」

 本当に、しない。


 炬燵に入る。

 タマがすぐに足元へ来る。

 みーちゃんは縁側へ戻り、外を見る。


 隣の家で、荷物の運ばれる音がする。

 段ボールの擦れる音。

 玄関の開閉。

 去年は、その音の中に自分がいた。


 「変だね」

 「何が」

 「同じ冬なのに、立場が違う」

 「並んだだけじゃ」

 前にも聞いた言葉。


 午後、隣からまた声が聞こえる。

 今度は笑い声だ。

 小さくて、不安を含んだ音。


 この村の冬に、

 もう一つ、足跡が加わった。


 立つ場所は変わらない。

 でも、並ぶ人は増える。


 2年目の冬は、

 少しだけ、

 広がった。

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