第47話 迎える前の静けさ
朝、空が薄く光っていた。
雲は低いが、閉じてはいない。
冷えは深いのに、どこか柔らかい。
縁側に出ると、霜はなく、土が沈んでいる。
雪は降らないらしい。
みーちゃんはいつもの場所に座り、動かない。
タマは炬燵から出て、珍しく外を眺めていた。
「今日は静かだね」
「止まる前の静けさじゃ」
「何が止まるの?」
「年が並ぶ」
並ぶ、という言い方が、どこかやさしい。
台所で湯を沸かす。
火の音が、少しだけ大きく感じる。
味噌汁の匂いが、いつもより澄んでいる。
朝食を済ませ、布巾をゆっくり干す。
急ぐことはない。
今日は、時間を伸ばしていい日だ。
午前中、小さな飾りを出す。
祖母が使っていた、控えめなしめ縄。
新しいものではないが、整えてある。
「これ、掛ける?」
「掛けよ」
「古くても大丈夫?」
「続いておる」
それで十分だった。
玄関の上に掛ける。
それだけで、家の輪郭が締まる。
目に見える変化は小さいが、空気は明らかに変わった。
タマが縄を見上げ、しばらく考え、
興味がないと判断したらしく、背を向ける。
その潔さが、愛らしい。
昼前、ツネさんが声をかける。
「もうすぐだねぇ」
「早いですね」
「一年なんて、あっという間だよ」
その言葉に、胸が少し動いた。
家に戻ると、炬燵の布団がきれいに落ち着いている。
中に入ると、温もりが静かに広がる。
「去年の今頃、どうしてたっけ」
「落ち着かぬ顔をしておった」
「してた?」
「外を向いておった」
思い返すと、確かにそうだった。
いまは、外を見ても戻る場所がある。
その違いが、大きい。
午後、掃除はしない。
もう整っている。
動かさないことも、整えのうちだ。
夕方、空が白む。
雪の予感だけが、空に残る。
「怖くない?」
「何が」
「年が変わるの」
「同じじゃ」
「ほんとに?」
「主が同じならな」
それは、かなり大きな答えだった。
夜、灯りを落とす前に、
家の中をひと回り見る。
乱れていない。
不足もない。
迎える前の静けさは、
空白ではなかった。
積み重なりの上に立つ、
静かな準備だった。
冬の夜が深まる。
音は少なく、灯りはやわらかい。
間もなく、一年が並ぶ。
でも、慌てることはない。
ここに、立っているのだから。




