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第40話 境目に立つ日と、動かない選択

朝、空が高かった。

 冬の空ほど鋭くなく、秋の名残を残した高さ。

 冷えはあるが、張りつめてはいない。


 縁側に出ると、板は乾いていた。

 昨日の溶け跡が、きれいに消えている。

 みーちゃんは祠の方角を向き、いつもの場所にいる。

 タマは丸くなり、耳だけが動いていた。


 「境目って、いつ?」

 「気づかぬうちに、立っておる」

 「今?」

 「今」

 短い答えが、すっと胸に入った。


 台所で湯を沸かす。

 火の音は落ち着いている。

 味噌桶に触れると、冷たさの奥に丸みがあった。

 「いい匂い」

 「整った味じゃ」

 それ以上の言葉は、要らなかった。


 朝食を終え、机の引き出しを開ける。

 封筒は、そのまま。

 白さも、角も、変わらない。

 手を伸ばし、触れずに閉めた。


 「今日は、開けない」

 「選んだな」

 「選んだ、というほどじゃない」

 「動かぬことも、選びじゃ」

 その言葉に、違和感はなかった。


 午前中、家の中をゆっくり歩く。

 掃除はしない。

 片づけもしない。

 足音だけを、確かめる。


 囲炉裏の前で立ち止まる。

 灰はそのまま。

 昨日と同じでも、古くは感じない。


 昼前、ツネさんが通る。

 目が合い、手を挙げる。

 声は交わさない。

 それで、十分だった。


 午後、庭に出る。

 白はもうない。

 でも、冷えの輪郭は残っている。

 土を踏む感触が、重く、確かだ。


 祠の前に立つ。

 鈴の紐は動かさない。

 立つだけで、整う感じがあった。


 「ここにいるね」

 「前からおる」

 「前とは、少し違う」

 「それでよい」

 みーちゃんは、そう言って目を閉じた。


 夕方、影が長くなる。

 風鈴は鳴らない。

 でも、風は確かに通っていく。


 タマが近づいてきて、足元で止まる。

 全部は寄らない。

 半歩の距離。

 それが、今日の正解だった。


 夜、灯りを落とす。

 外は静かだ。

 音がないのではなく、

 選ばれている。


 境目に立つ日は、

 迷う日ではなかった。

 進む日でも、戻る日でもない。


 ただ、

 ここにいると分かる日。


 それで、

 1年目の秋は、十分だった。

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