第36話 音の薄れる朝と、息の白さ
目を覚ますと、部屋がいつもより広く感じた。
音が少ない。
風もなく、遠くの鳥の声さえ控えめだ。
戸を開ける。
息が白くなって、すぐに消えた。
庭の土は固く、草の先が細く光っている。
「冷えたね」
「音が締まった」
みーちゃんは縁側の端に座り、動かない。
タマは家の中から様子をうかがい、まだ出てこない。
台所で湯を沸かす。
火をつけると、静かな朝にだけ音が残った。
味噌桶に触れると、木がきし、と小さく鳴る。
「生きてる」
「冬は、そう言い出す」
それだけで、気持ちが和らいだ。
朝食の湯気が、すぐに天井へ逃げる。
湯気の重さが、昨日より軽い。
味は変わらないのに、温かさがはっきりした。
縁側に戻る。
陽はあるが、力が弱い。
板は冷えたまま、温まる気配がない。
「今日は、静かだね」
「薄い日じゃ」
「何が?」
「音も、人の気配も」
みーちゃんは庭を見たまま言う。
午前中、外仕事はしない。
囲炉裏の灰を少しだけ整え、蓋をする。
触りすぎない。
昨日学んだ距離を思い出す。
昼前、ツネさんが通りかかるが、立ち話はしない。
手を挙げて、笑うだけ。
それで十分な日だった。
タマがようやく縁側に出る。
一歩、二歩。
霜の名残を避け、日向を選ぶ。
猫は音より先に、温度を読む。
「外、どう?」
返事はない。
タマは座り込み、尻尾を体に巻いた。
それが答えだ。
午後、雲が流れる。
影が速く、切れ目がはっきりしている。
季節が、無駄を落としている感じがした。
祠の前で立ち止まる。
鈴の紐は動かない。
鳴らさない選択が、今日は正しい。
「もうすぐだね」
「来る」
「雪?」
「それも。ほかも」
多くは言わない。
でも、分かるくらいは言う。
夕方、息がまた白くなる。
風鈴は鳴らない。
代わりに、空気がきっぱりしていた。
夜、灯りを落とす。
家の中の音が、自然と静まる。
その中で、三つの気配が、位置を保っている。
音が薄れると、
残るものがはっきりする。
この家にあるもの、
そして、ここにいるという事実。
それでいい朝だった。




