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第34話 初霜の朝と、触れない距離

朝、戸を開けた瞬間、空気が一段落ちた。

 冷たい、というより、澄んでいる。

 庭の土が白く息をしているのが見えた。


 霜だ。


 縁側に出ると、板の上に薄い白が残っている。

 足を置く前に、自然と動きがゆっくりになった。

 みーちゃんは祠の方角を向き、動かずに座っている。

 タマは霜を避けるように、家の中からこちらを見ていた。


 「白いね」

 「今朝は、触れぬ方がよい」

 「霜、踏まないほうがいい?」

 「音を壊す」

 音、という言い方がしっくりきた。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が、いつもよりはっきり聞こえる。

 味噌桶に触れると、木がきゅっと締まっている。

 「冷えると、こうなるんだ」

 「静まる」

 「悪いこと?」

 「深まる前触れじゃ」

 安心できる答えだった。


 朝食は、温かい味噌汁と、昨夜の残り。

 湯気が立つたび、指先の冷えがほどけていく。

 窓の外では、霜がゆっくり消えはじめていた。


 食後、庭に出る。

 陽が当たり始め、白は薄くなる。

 それでも、完全には消えない場所がある。

 祠の影だ。


 「残してるみたい」

 「残るところは、残る」

 「理由は?」

 「全部同じでは、ならぬ」

 みーちゃんは短く答えた。


 私は祠の前で立ち止まる。

 踏み込まない距離を保つ。

 近づかないことで、ちゃんと見えるものがあった。


 「今日は、何もしない日?」

 「今日は、触れぬ日じゃ」

 「触れない?」

「整えたものを、置く日」

 昨日の掃除の余韻が、言葉の中にあった。


 昼前、ツネさんが通りかかる。

 「今朝、霜だったねぇ」

 「初霜ですね」

 「踏むとね、溶け方が変わるんだよ」

 みーちゃんの言葉と、重なった。


 午後、縁側に座り、何もしない。

 風は弱く、音は少ない。

 風鈴は鳴らないが、空気はよく動いていた。


 タマがそっと近づき、膝に前足を乗せる。

 全部は乗らない。

 半分だけ。

 それが、ちょうどいい。


 「近づかないの?」

 「これでよい」

 タマは何も言わず、目を細めた。


 夕方、影が長くなる。

 霜の名残は消え、土はいつもの色に戻る。

 でも、朝の感触は、まだ足の裏に残っていた。


 「距離って、大事だね」

 「あるから、続く」

 「詰めないほうがいい?」

 「詰めぬことで、守れることがある」

 みーちゃんはそう言って、目を閉じた。


 風鈴が、かすかに鳴った。

 澄んだ短い音。

 初霜の朝を、送り出す音だった。


 触れない距離は、

 離れているのとは、違う。

 今日、そのことが、

 はっきり分かった。

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