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第33話 秋の準備と、集まる手

朝、庭に霜はなかったけれど、空気は確かに秋だった。

 息を吸うと、胸の奥までひんやり届く。

 軒下の柿は、昨日より少しだけ色を深めている。


 縁側に出ると、みーちゃんが丸くなっていた。

 祠のほうを背に、目だけこちらへ向けている。

 タマは柿を見上げ、一度だけ鼻を鳴らした。


 「今日は何かある日?」

 「人が集まる日じゃ」

 「なんで分かるの」

 「風が、道を覚え始めておる」

 相変わらず、少し分かるようで分からない。


 昼前、ツネさんが声をかけてきた。

 「たえこさん、午後ちょっと時間ある?」

 「あります」

 「集会場でね、秋の掃除をするんだよ。大げさなものじゃないけど」

 「行きます」

 返事は、考える前に出ていた。


 昼食を軽く済ませ、坂を下りる。

 道端の草は伸びきり、風に揺れている。

 夏ほど荒々しくなく、春ほど柔らかくもない。

 ちょうど真ん中の揺れ方だ。


 集会場には、すでに何人か集まっていた。

 箒、塵取り、雑巾。

 道具は簡単で、声も大きくない。

 ツネさんが言う。

 「冬が来る前にね、場を整えておくの」


 掃除は黙々と進む。

 床を拭き、隅に溜まった落ち葉を集める。

 誰も指示を出さない。

 それでも、手は自然と動いた。


 スイカ帽子の兄妹も来ていた。

 今日は帽子じゃなく、ニット帽だ。

 兄が言う。

 「夏より静かだね」

 「秋だからじゃない?」

 妹が答える。

 私はそのやり取りを聞きながら、窓を拭いた。


 休憩でお茶が配られる。

 湯気が立ち、手が温まる。

 ツネさんが隣に座った。

 「たえこさん、ここに慣れたね」

 「そう見えますか」

 「体の置き方が、ここ向きになったよ」

 それは、褒め言葉だった。


 帰り道、空を見上げる。

 雲が高く、流れがゆっくりだ。

 風は涼しいが、刺さらない。


 家に戻ると、みーちゃんが縁側で待っていた。

 「整ったな」

 「うん、きれいになった」

 「人が触ると、場は落ち着く」

 「神様も?」

 「わしは触られぬ側じゃ」

 少しだけ、誇らしげだった。


 柿を見上げる。

 まだ硬い。

 でも、時間はきちんと進んでいる。


 「今日は、いい集まりだった」

 「大きな祭りでなくとも、よい」

 「うん」

 「人が、理由もなく集まる日は、土地が喜ぶ」

 その言葉が、胸に静かに残った。


 夕暮れ、風鈴が一度だけ鳴った。

 秋の音だ。

 短く、まっすぐで、迷いがない。


 人が集まり、

 何も起きず、

 それで十分な一日。


 そういう日が、

 この場所には、ちゃんと用意されていた。

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