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第29話 秋の匂いと、夜の深さ

夕方になると、家の中の音が減った。

 雨はもう止み、空気はひんやりとしている。

 昼よりも、夜の気配のほうが早く訪れた気がした。


 縁側に座ると、板が冷たい。

 みーちゃんは祠の方角を向いて丸くなり、

 タマは私の足元にぴたりと寄り添っている。


 「夜、長くなったね」

 「伸びたのではない。昼が退いた」

 「言い方が違うだけじゃない?」

 「受け取り方が違う」

 みーちゃんは目を閉じたまま言った。


 台所に灯りを入れる。

 火をつけると、音がはっきり響いた。

 鍋を置き、味噌桶の蓋をそっと外す。


 ふわり、と匂いが立つ。

 夏よりも丸い匂い。

 少し、深い。


 「変わった?」

 「落ち着いた」

 「それ、いいこと?」

 「急がぬ味になった」

 言われて、頷く。


 湯を沸かし、出汁を取る。

 湯気が上がると、冷えた空気と混ざり、

 白い膜みたいに広がった。


 「夜に火を使うの、好きになってきた」

 「秋の癖じゃ」

 「癖?」

 「静かな時間に、手を動かしたくなる」

 その言葉が、しっくりきた。


 味噌を溶く。

 色が鍋の中で広がる。

 音もなく、温度だけが変わっていく。


 食卓に並べると、タマが鼻をひくつかせた。

 椅子の下で、じっと待っている。


 「まだだよ」

 「猫は待つ生き物じゃ」

 「嘘だ」

 タマは抗議するように尻尾を一度振った。


 夕食を終え、縁側へ戻る。

 外は、もう暗い。

 星がひとつ、低く瞬いていた。


 風鈴は鳴らない。

 その代わり、虫の声がはっきり聞こえる。


 「静かだね」

 「音が少ないだけじゃ」

 「違う?」

 「要らぬ音が引いた」

 夜が、必要なものだけを残したみたいだった。


 祠の方を見る。

 暗がりの中で、空気が整っている。

 見えないのに、分かる。


 「みーちゃん」

 「何じゃ」

 「この味噌、好き?」

 「嫌いではない」

 「それ、かなり好きだよね」

 「……守るに値する」

 それは、これ以上ない評価だった。


 私は長袖の袖口を引き下ろす。

 肌寒さが、ちょうどいい。


 夜が深まると、家の輪郭が柔らかくなる。

 影がはっきりして、でも怖くはない。


 「秋って、悪くないね」

 「始まったばかりじゃ」

 「先、長い?」

 「長い。だが、急がぬ」


 灯りを落とす。

 部屋に、闇が均一に広がる。

 その中で、三つの気配が、互いの位置を知っていた。


 秋の夜は、

 味と同じで、

 ゆっくり深まる。

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