第28話 初秋の雨と、長袖の朝
目を覚ましたとき、外の音が柔らかかった。
ぱらぱら、と規則のないリズム。
窓を少し開けると、空気がひんやりと頬に触れた。
雨だ。
しかも、夏の雨とは違う。
縁側に出ると、板がしっとり濡れている。
庭の草は色を深め、雨粒を静かに受け止めていた。
蝉の声はしない。
代わりに、遠くで虫の音がひとつ。
「寒くない?」
みーちゃんは軒下で丸くなり、雨を眺めていた。
「寒いと言うほどではない」
「でも、昨日より冷えるよ」
「それが秋じゃ」
短く言い切る声が、いつもより落ち着いている。
私は一度部屋に戻り、薄手の長袖を引っ張り出した。
去年の秋、祖母の家に置いたままの服。
袖を通すと、生地が少しだけ体に馴染む。
懐かしい匂いがした。
台所で湯を沸かす。
湯気が立ちのぼると、冷えた空気と混ざって白く曇った。
味噌桶に触れると、ひんやりしている。
「今日はどう?」
「静かじゃ」
「眠ってる?」
「目を閉じて考えておる」
それは、眠っているよりも深い状態らしい。
朝食は、温かい味噌汁と、焼いたパン。
いつもより、湯気が嬉しい。
窓の外では、雨が細く降り続いている。
タマは珍しく、私の足元から離れなかった。
丸くなり、しっぽを体に巻きつけている。
「寒いの?」
「そういう日じゃ」
みーちゃんが答える。
食後、雨の中を少しだけ歩く。
傘を差し、坂を下りると、道の匂いが変わっていた。
土と落ち葉と、少しの湿り気。
夏の名残は、もう薄い。
祠の前に立つ。
雨粒が屋根を伝い、細い筋を描いている。
鈴の紐は濡れて、重そうだ。
「今日は、鳴らないね」
「鳴らす風が来ぬ」
「秋の風は、静か?」
「最初は、な」
その言葉に、なぜか安心した。
家に戻る途中、ツネさんに会った。
「今日は冷えるねぇ」
「急に秋ですね」
「こういう雨の日は、無理しないのが一番だよ」
そう言って、笑った。
午後、縁側に座り、雨を眺める。
風鈴は鳴らない。
その代わり、雨音が家を包む。
「夏、終わっちゃったね」
「終わったのではない」
「分かってる。形を変えただけ」
「覚えが早い」
褒められた気がして、少し照れる。
夕方になると、雨は弱まり、空が白くなる。
雲の切れ間から、淡い光が落ちてきた。
長袖の袖をまくり、縁側に座る。
三つの影は、今日は少し近い。
「この服、嫌いじゃない」
「ならば、それが今の主じゃ」
「今の、私」
「季節ごとに、主は変わる」
「でも、ここにいる」
「それで十分じゃ」
風鈴が、濡れた短冊を揺らし、かすかに音を立てた。
高くもなく、低くもない、曖昧な音。
初秋の雨は、
急がず、騒がず、
家と心を、そっと冷ましていった。




