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第27話 早まる夕暮れと、音の余白

夕方の影が、昨日より少しだけ長かった。

 まだ明るいはずの時間なのに、庭の隅に影が溜まっている。

 蝉の声は続いているが、数が減った気がした。


 縁側に出ると、板が昼の熱をほどいている。

 みーちゃんは柱の影で丸くなり、耳だけこちらに向けていた。

 タマは相変わらず、風の通り道を独占している。


 「暗くなるの早くない?」

 「早くなった」

 「気のせいじゃない?」

 「気配は嘘をつかぬ」

 みーちゃんはそう言って、尻尾で影を指した。


 台所で夕飯の支度をする。

 火をつける時間が、ほんの少し楽になった。

 窓から入る風が、ぬるさを失っている。

 味噌桶に触れると、昨日より落ち着いた温度だった。


 「もう夏も終わりかな」

 「終わるのではない。席を譲る」

 「譲るって誰に」

 「次の季節に」

 その言い方が、なぜか優しく聞こえた。


 夕飯を終える頃、空はすでに群青に近い。

 風鈴が短く鳴り、すぐに静まる。

 鳴り続けないところが、今の季節らしい。


 食後、縁側に腰を下ろす。

 虫の声が増え、蝉の音は奥へ引っ込んだ。

 音と音の間に、余白ができている。


 「静かだね」

 「音が整理されとる」

 「整理?」

 「残す音と、休ませる音が分かれた」

 なるほど、と思った。


 庭の草が揺れる。

 風は弱いが、芯がある。

 夏の風よりも、少しだけ意思が強い。


 「寂しい?」

 みーちゃんに聞いてみる。

 「別に」

 「ほんとに?」

 「季節は去らぬ。ただ、形を変えるだけじゃ」

 そう言って、目を細めた。


 タマが近寄ってきて、私の膝に前足を乗せる。

 まだ完全には乗らない。

 夜が涼しくなるのを、待っているみたいだ。


 「最近、夕方に何もしたくなくなる」

 「それが正しい」

 「正しいの?」

 「日が短くなると、人は無理をせぬ」

 その言葉に、肩の力が抜けた。


 日が完全に落ちる前、祠の前へ行く。

 昼の名残と夜の気配が、同じ場所にある。

 鈴の紐を整えると、音は鳴らなかった。


 「今日は鳴らないね」

 「鳴らぬ日もある」

 「理由は?」

 「知らせるほどの風ではない」

 納得できる答えだった。


 家に戻るころ、星がひとつ見えた。

 夏の星より、少し遠く感じる。

 それでも、確かにそこにある。


 縁側に並んで座る。

 三つの影が、板の上に静かに伸びる。


 「この感じ、嫌いじゃない」

 「ならば、覚えておけ」

 「何を?」

 「移ろいの真ん中は、いつも静かじゃ」


 風鈴が、最後に一度だけ鳴った。

 高くも低くもない音。

 夏と、その先の間の音。


 夕暮れは、今日も少しだけ早かった。

 けれど、その分、夜はやさしかった。

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