第24話 蝉しぐれと、昼の影
昼の光が、家の中まで入り込んでいた。
朝の涼しさはすっかり消えて、縁側の板もぬくもりを帯びている。
蝉の声が、切れ目なく降り注いでいた。
「今日は静かな日だね」
「静かではない。騒がしい」
みーちゃんは縁側の影に腹ばいになり、耳だけ動かしている。
タマは廊下の一番風が通る場所で、完全に溶けていた。
午前中に洗い物を済ませ、火を使うのはやめにした。
台所に立つだけで、汗がじわりとにじむ。
味噌桶に触れると、木の肌が少し温かい。
「今日は起きないでね」
「眠りが深い日じゃ。起こしても返事はせん」
「人みたいだね」
「人も味噌も、暑い日は動かぬ」
それは妙に納得できた。
昼前、ツネさんが顔を出した。
「たえこさん、今日は何もしない日?」
「はい。何もしないつもりです」
「それが一番だよ。祭りのあとは、体も心も休ませなきゃ」
そう言って、冷やした瓜を置いていった。
包丁を入れると、水の音がする。
夏の音だ。
昼食は冷やし瓜とおにぎりだけ。
縁側で食べると、風が少しだけ助けてくれた。
蝉の声が、頭の中まで響く。
「眠くなってきた……」
「昼は寝るものじゃ」
「みーちゃんも?」
「わしは常に半分寝ておる」
「それ、便利だね」
みーちゃんは返事をせず、目を閉じた。
そのまま縁側に横になる。
板の感触が背中に伝わり、
蝉の声が遠くなったり近くなったりする。
夢と現実の境目が、ゆっくり溶けていく。
どれくらい眠ったのか分からない。
目を開けると、影の形が変わっていた。
蝉の声が、一段低くなっている。
「……みーちゃん?」
返事がない。
起き上がると、縁側にはタマしかいなかった。
みーちゃんの姿が見えない。
庭にも、祠の方にも、気配が薄い。
胸の奥に、ひゅっと小さな穴が開いた。
理由は分からない。
ただ、昼の静けさが、急に広く感じられた。
「どこ行ったんだろ」
タマが一度鳴き、縁側の端を見た。
そこには、風鈴の短冊が揺れている。
祠まで歩く。
日差しが強く、道の白さが目に沁みる。
祠の前は、いつもより影が濃かった。
「……こんにちは」
声をかける。
返事はない。
けれど、榊の葉がわずかに揺れた。
そのとき、背後から気配がした。
「主」
振り返ると、みーちゃんが木陰にいた。
少しだけ、毛並みが乱れている。
「どこ行ってたの」
「風の道を見てきただけじゃ」
「何も言わずにいなくなるから……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
自分でも、声が少し揺れているのが分かった。
みーちゃんは一歩近づき、足元に座った。
「昼は、そういう時間じゃ」
「そういう時間?」
「人が、いないものを考える時間」
「……いなくならないよね」
「わしは祠を離れん」
短く、はっきり言った。
胸の奥が、すっと落ち着いた。
「そっか」
「主が眠っておる間も、ここにおる」
「ずっと?」
「ずっと」
みーちゃんはそう言って、目を細めた。
家に戻ると、風鈴がひとつ鳴った。
さっきより、少し高い音。
昼の影が、ゆっくり伸びていく。
縁側に並んで座る。
タマも間に割り込んできて、三つの影が並んだ。
「ねぇ、夏って長いね」
「長い」
「でも、あっという間でもある」
「それが夏じゃ」
みーちゃんは欠伸をひとつして、再び目を閉じた。
蝉の声が、また強くなる。
でもさっきほど、騒がしくは感じなかった。
昼の影は、ちゃんとそばにあった。




