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第23話 朝の静けさと、祭りの余韻

朝の光が、いつもよりやわらかかった。

 昨夜の音が嘘みたいに、村は静かに息をしている。

 戸を開けると、草の匂いに混じって、かすかに甘い残り香がした。

 綿菓子と線香花火の、遠い名残だ。


 縁側に出ると、風鈴が控えめに鳴った。

 夜のため息が、まだ空気に残っている気がする。


 「静かだね」

 「祭りの翌朝は、音が眠る」

 みーちゃんは縁側の端で丸くなり、目を細めている。

 タマは庭に出て、提灯の影が落ちていた場所をくんくん嗅いでいた。


 台所に立つと、味噌桶はひんやりしている。

 「よく眠れた?」

 「眠った。よく整った」

 「整った?」

 「人も村も、音も風も」

 みーちゃんは短く答え、あくびをひとつした。


 朝食は、簡単におにぎりと味噌汁。

 湯気が立ちのぼると、胸の奥がゆっくり落ち着いていく。

 窓の外では、昨日の提灯がまだいくつか下がっていて、

 朝の光に透けて白く見えた。


 片付けの時間になり、集会場へ向かう。

 道には、紙屑一つ落ちていない。

 祭りの夜が、丁寧に畳まれたみたいだ。


 ツネさんが箒を手に、声をかけてくる。

 「おはよう、たえこさん。よく眠れた?」

 「はい。いい祭りでした」

 「ほんとにねぇ。風が気持ちよかった」

 その言葉に、私は小さくうなずいた。


 スイカ帽子の兄妹も来ていた。

 兄は少し眠そうで、妹はまだ興奮が抜けていない。

 「昨日さ、風が急に来たよね」

 「うん、涼しかった!」

 「来年も来るかな」

 「来るよ。きっと」

 私はそう言って、箒を動かした。


 川沿いの灯籠を回収する。

 紙は夜露を含んで、少し重たい。

 それでも、火の跡はきれいに残っていた。

 迷わず、ちゃんと燃えた証だ。


 家に戻る途中、祠の前で足を止める。

 鈴の紐は動いていないのに、

 空気だけが、ほんの少し澄んでいた。


 「ありがとう」

 小さく言う。

 返事はない。

 でも、木々の間を抜ける風が、頬をなでた。


 家に着くと、みーちゃんが縁側にいた。

 背中を丸め、こちらを見ない。

 「疲れた?」

 「別に」

 「昨日、頑張ってたでしょ」

 「……仕事じゃ」

 声が、いつもより短い。


 私は隣に腰を下ろした。

 しばらく、何も言わずに庭を見る。

 草の先で、朝露が光っている。


 「楽しかったね」

 「……うむ」

 「また来年もあるよ」

 「来年も、整える」

 「やっぱりやるんだ」

 「やらぬと、主が暑さで倒れる」

 「そればっかり」

 そう言うと、みーちゃんは尻尾の先を一度だけ揺らした。


 タマが近づいてきて、みーちゃんの隣に座る。

 二匹並ぶと、縁側が少し狭くなる。

 でも、その距離がちょうどよかった。


 昼前、風鈴が一度鳴った。

 昨日ほど高くはない、落ち着いた音。

 夏はまだ続く。

 でも、祭りの山は越えた。


 「今日はゆっくりしよう」

 「賛成じゃ」

 みーちゃんは目を閉じ、

 縁側の影に身を預けた。


 静かな朝。

 祭りの余韻は、

 音ではなく、

 温度として、家に残っていた。

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