第14話 晴れ間のしずく
朝、いつもより明るい光で目が覚めた。
雨が続いていたから、光の存在を少し忘れていた気がする。
縁側を開けると、湿った土の匂いに陽だまりの匂いが混ざった。
「晴れたね」
「たまには晴れねば、人は腐るぞ」
こたつの上で伸びをしたみーちゃんが、尻尾をひと振りした。
タマはすでに外に出て、庭を駆け回っている。
水たまりの上をジャンプして、草むらへ頭から突っ込んだ。
味噌桶に手を置く。
木の肌は、ひんやりとして、静かに眠り続けている。
「今日は起こさないでおこう」
「賢明じゃ。寝かせるほど美味くなる」
みーちゃんは重々しく言ったが、表情はどこか誇らしげだった。
洗濯物を外に干していると、坂の下から声がした。
「たえこさーん、今日お茶しませんかー」
ツネさんだった。
麦わら帽子をかぶり、日傘を手にしている。
「はい、行きます!」
私は急いで洗濯物を広げ、飛び出した。
坂を下り、ツネさんの縁側でお茶をいただく。
冷たい麦茶に、手作りの梅の蜜漬け。
氷が触れ合って、小さな音を立てる。
「雨の日は体が鈍るからねぇ。こういう日は外に出るのが一番」
「なんか、胸の中まで風が通る感じします」
「いいねぇ。若いってのは」
しばらく話していると、郵便配達の八木さんが通りかかった。
「お、サボってますね?」
「休むのも仕事のうちですよ」
「ごもっとも」
八木さんは自転車を止め、少し汗を拭った。
「風、変わりましたよ。今は海の匂いじゃない」
「山の匂い?」
「ええ。昨日までの湿りとは違う。乾く準備の風です」
八木さんはそう言って、また軽やかに去っていった。
その言葉のあとで、私はふと気づいた。
ツネさんの家の庭に、見慣れないものがある。
縁側の脇に、小さな木枠と仕切り。水が張られて——
「これ、田んぼ……ですか?」
「そうだよ。ミニ田んぼ」
「そんなの作れるんですか」
「できるんだよ。ほれ、小さな苗が植わってるだろう?」
よく見れば、本当にごく小さな稲の苗が列をなしている。
葉が風に揺れて、くすぐったそうだ。
「都会のベランダでもできるって、テレビで見てね」
「かわいい……!」
「育つとね、秋に米が採れるんだよ。少しだけね」
ツネさんは笑い、苗をそっと撫でた。
「たえこさんも、やってみたらどうだい?」
「私も……?」
「味噌を育てられるんだから、米だって育てられるさ」
胸の奥がぽっと熱くなる。
誰かにそう言ってもらえることが、こんなに嬉しいなんて。
帰り道、みーちゃんがいつの間にか隣を歩いていた。
「聞いとったぞ」
「何を」
「米を育てる話じゃ」
「やるかどうかは、まだ迷い中」
「祈りは稲に恋をする。迷っているうちはまだ届かん」
「また難しいこと言う」
「神じゃからの」
そう言いながら、庭の紫陽花の下に潜り込む。
私は縁側にしゃがみ、空を見上げた。
青空が広くて、白い雲がひとつだけ浮かんでいる。
雨のあとだからか、空気が澄んでいる。
「私でも、育てられるかな」
その呟きに、
ぴちょん
と紫陽花の葉から雫が一つ落ちて、土が静かに音を立てた。
答えは、きっとこれから育っていく。




