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第22話 魔物の子

「お前がやったんだろ!」


 この一声を聞いた途端、僕はすぐさまおしゃぶりをケーナに返すと、ダッシュで人だかりの方に駆けていった。


 押し退けるように人混みを掻き分けていくと、クーナがいた。大勢の人間に囲まれて罵声を浴びせられている彼女は静かではあるが、顔を強張らせていた。


「ど、どうしたんですか?! なぜ彼女を……」


 僕が聞くと、領民の一人が「あれはコイツの仕業だと思うんだ!」とクーナを指をさして言った。


「何を根拠にですか?」

「だって、コイツが歌った後にいきなりあんな変な事が起こったんだ……きっと何か魔法でも使ったに違いねぇ!」


 この領民の意見に他から「そうだ!」「間違いない!」と同意していた。領民は続けて言った。


「それにコイツはこの地の人間じゃねぇ……平和を脅かしに来たんだ!」


 この言葉に僕は愕然とした。あの穏やかで優しかった領民達が一度不可思議な事が起きれば、一斉に余所者を袋叩きする。


 領民達の言葉にクーナは顔をしかめていた。だけど、何も返さなかった。そこへようやくカローナ達が入ってきた。


「一体何の騒ぎだ?!」


 カローナは若干怒った声で領民達に尋ねると、ハゲ頭の領民が一連の騒動はクーナの仕業であると言った。これにカローナは怒らないはずはなかった。


「何を考えているんだ?! そんな訳ないだろ!」

「そうよ! クーナは私達の大切な妹なのよ?! それに王都の学園の教員だし……こんな酷い事をする訳がないじゃない!」


 キャーラも参戦し、姉妹総出でクーナを庇った。ケーナは何も言わなかったが、おしゃぶりをしつこくチュパチュパと音を鳴らしているのを見ると、怒っているようだ。


 彼女達の反論に領民達は顔を見合わせて、「確かに言われてみたらそうだよな」と納得したような顔をしていた。これに僕やカローナ達はホッとした。あぁ、これでまた平和な日常が過ごせる――と思った時。


「私情はよくありませんな」


 渋い声が突然現れたかと思えば、領民達の間から一人の男が出てきた。白髪頭でハチの字髭の年取った顔をしていて、神父のような丈の長い服を着ていた。


 カローナはこの男を聞いた瞬間、みるみるうちに顔の血の気が引いていった。


「パーラ大司教様!」


 この言葉に領民達は慌てて(ひざまず)いた。姉達も同じような体勢をしたので、僕も真似た。パーラ大司教と呼ばれている男はゆっくりとクーナの方に近づいた。


「顔を上げよ」


 彼の一声にみんな一斉に顔を上げた。大司教はクーナの顔をジッと何かを確認するかのように見ていた。


「君、名前は?」


 大司教にそう聞かれたが、クーナは黙っていた。もう一回尋ねていたが、それでも答えなかった。


 これに大司教は「やはり、そうか」とハチの髭を触った。


「彼女は魔物の子だ」


 この一言にたちまち騒がしくなった。


「魔物の子?!」

「なるほど。あんな変な事をするのは魔物か魔法使い以外しか考えられない」


『魔物』という言葉に敏感なのか、領民達の顔がまた曇り始めた。


「大司教様、何かの間違いではないでしょうか?」


 カローナがすぐに異を唱えた。が、大司教は「喋らないのがなりよりの証拠だ。セイレーン族との子だ」と返した。


 セイレーンって、人魚みたいな魔物の事?


 歌を歌って船乗りを誘って溺れさせるという……。でも、どうしてクーナがその魔物の子供だと分かるのだろう。


「証拠はあるんですか?」


 僕はやや尖った言い方で、大司教に聞いた。大司教の細長い眉はピクッと動いた。


「君は……誰だね?」

「カース・カーメラーです。カーメラー家の長男です」

「ほう。という事は、カローナ卿の近親者か。それで、証拠というのは何かね?」

「クーナ姉さんが魔物の子だという証拠です」

「クーナ? クーナ……あぁ、彼女はクーナというのか……ほほう、自分の名前も言えぬとは間違いなくセイレーン族の子……」

「だから、それです。どうしてセイレーン族なんですか? 見た目は完全に人間ですし、どこにも魔物の要素なんてないですよね?」


 大司教がなぜクーナを魔物の子にしたがるのか分からず、イライラしてきたので、ドンドン口調が強くなっていった。


「カース! もうやめて!」


 カローナが僕を無理やり止めようとしたが振り切るように「彼女が魔物の子だという証拠を見せてください!」と大司教に詰め寄った。大司教は落ち着いた様子でハチの字髭を触っていた。


「……確かに君の言う事も一理ある。が、反論するのだったら、君ではなく彼女が真っ先に言うんじゃないのかな?」

「それは、彼女が小さい頃から言葉が話せなくて……」

「話せない? 人前で歌っているのだから、喋れない事はないだろう」


 ん? 『人前で歌っている』?


 なぜクーナが酒場で歌っている事を知っているんだ? もしかして、あの時いたのか?


「歌っている所を聞いていたんですね」

「あぁ、そうだ。歌が終わった直後に勝手に物が浮遊したり暴れていたりする所もな」

「では、彼女が『セイレーン族との間に出来た子』ということにならないですね」

「……どういうことだ?」


 よし、反撃のチャンスだ。


「セイレーン族の歌声は人を惑わす効果があるもの。ポルターガイスト的な能力はないはずです」


 これで相手は(ひる)むかと思ったが、大司教は顔色一つ変えずに言った。


「少し勉強不足だな。セイレーン族は何も船乗りを溺れさせる奴らばかりじゃない。他にも色んな効果を持つセイレーンもいる。

 魔法を詠唱する時、呪文を唱えるだろ?

 あれで即時に魔法の効果が発動するように、セイレーン族は《《歌声》》で魔法のような力を使うんだ。

 彼女、クーナの場合はポルターガイストのような効果を持つ歌声だったのだろう」


 嘘だろ。そんなセイレーンがいるなんて聞いた事ないぞ。もはや後付けなのではないかと思う反論だったが、意地でもクーナを不当な扱いにさせまいと頭の回転を早くした。


「セイレーン族は言葉を話したら効果が発動するんですか?」

「正確に言えば、奴らは歌声しか出せない。だから、喋ったらすぐに効果が出る」

「でも、仮にそうだとして、目的はなんですか? カローナ卿の命ですか?」

「いや、私の命だ」


 思わず「は?」という言葉が出てしまった。なぜここで、大司教の命が狙われる事に繋がるんだ?


 反論しようと思ったが、大司教が先に答えた。


「私は国王に()ぐ権力を持っている。多くの信者を抱え、政界にも参戦し、発言にかなりの影響を持っているからな。

 王都だと警備が厳しいから、手薄な巡礼の時に私を殺して国家転覆を計ろうとしたのだろう」


 なんだ、それ。そんな自意識過剰な理由で、判断するのか?


「それは――」

「もし違うのなら、君の方こそ証拠を見せたらどうなんだ? 覆るような証拠を」


 僕は何か言おうと思ったが、ある光景がフラッシュバックされて言えなかった。ビーラに全てを打ち明けた後、怨霊が彼女に襲い掛かった光景が。あの一連の騒動は全て怨霊がやりました――と仮に言って、もしまた襲い掛かってきたら、酷い結末になるのが目に見えている。


「えっと、あの、その……」

「いつまでも君と討論している暇はない。真実かどうかは彼女に聞いた方が早い」


 大司教は僕の言葉に遮るようにクーナに目を向けさせた。僕は内心祈った。頼むから「違う」って言ってくれ。私は違う。ただの普通の人間だと。しかし、僕の期待を裏切るようにクーナは黙っていた。


 顔を俯いて震えるだけだった。これに大司教はフゥと溜め息をついた。すると、しがみつく勢いでカローナが大司教の足元にひれ伏した。


「一日だけ! 一日だけ猶予を! 姉妹で話し合い、事実が確認次第、ご連絡を……」


 こんな地面スレスレまで土下座をする長女を今まで見た事がなかった。この姿を見てか、僕も自然とカローナと同じ体勢をしていた。


「僕からもお願いします! どうか御慈悲を!」


 すると、続いてケーナ、キャーラも頭を下げた。これに何か心を動かしたのだろうか、大司教はウームと唸った後、見張りをつける事を条件に承諾してくれた。


 僕は少しだけ嬉しかった反面、不安だった。どうしよう、どうやったら最善の道が開けるのだろうか。

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