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第0話 オープニング

 目覚めると、何もない空間にいた。どこまで見通しても白く、死後の世界に来てしまったかのような感覚だった。


 だけど、どこか懐かしかった。遥か彼方の昔、同じような経験をしたことがあるような気がした。僕は試しに指先だけ動かす事にした。しっかりと脳が『動け』と命じていた。


 瞬きもわざとゆっくり動かしてみた。大昔の白黒映画みたいにシャッシャッと切り替わっていた。


 大きく息を吸ってみた。本当に死んだ後の世界は天国のきらびやかさも地獄のおぞましさも無く、ただただ無の中をクラゲのように浮遊していくのだなと思っていると、視界に人が現れた。この空間と同じく真っ白だった。


 僕は特に驚きはしなかった。今まで散々グロテスクなものを嫌でも見させられた僕はたかが髭もじゃの男が現れたからといって驚くことはない。


 ん? 髭もじゃの男――あ、思い出した。


「か、神様!」


 僕はガバッと起き上がって、神と目を合わした。神はギリシャ神話を彷彿とさせる白いキトンを身にまとい、手には木の杖を持っている。間違いない。神だ。僕を異世界に送った神だ。


「か、神様……またお会いできるなんて……光栄です」

「うむ。カースよ」


 神は僕の心にズシンと響くような重厚な声を出した。


「君には大変苦労をかけたな。すまなかった」


 神はそう言って頭を下げた。


「い、いえいえ! 僕が悪いんです。前世で呪いのビデオなんか視てしまったから……」

「そのことなんじゃが、捕獲してきたぞ」

「え? 捕獲?」

「うむ。これを見よ」


 神が大きく杖を振ると、何もなかった空間にブラウン管テレビとビデオデッキが現れた。すると、勝手にスイッチが入って四角形の画面におかっぱ頭やピエロ、キグルミ、血まみれ、お坊さん、グレイなど――あらゆ怨霊が詰め込まれていた。


 僕は反射的に逃げようとしたが、神は「心配するな。もう追いかけたりはできん」と引き止めた。


「どういうことですか?」

「もう奴らはこのビデオの中に閉じ込めておいたのだよ。いやー、なかなか大変だった。お主、あれ知ってるか? モンスターをボールで捕まえるゲーム。そこに登場する主人公の気持ちが何となく分かったよ。

 もう全部捕まえるのにどれだけ大変だったか。特におかっぱのやつなんかアッチコッチに逃げるんだからもう骨が折れたよ」


 神は聞いてもいないのに怨霊達を捕獲した経緯を話した。絶妙な口調で語るのを聞いていると何だか心が穏やかになった。


「ありがとうございます。それで……僕はあの世界ではどうなったんですか?」

「ん? あぁ、残念だったな」


 神の表情が暗くなった。


「怨霊に囲まれてあんな光景を見させられたら心臓が耐えられるはずがない」

「もしかして心臓発作で倒れたんですか?」

「そうだ」


 僕は自分が二度目の死を迎えたことに深い悲しみはなかった。ただ唯一の心残りはケーナだった。あの世界に世界で一番僕を愛してくれえう人を残してしまったのが気がかりだった。


「神様、ケーナは……」

「ケーナ?……あ、ああっ! あの娘か」


 神は四女の名を口にした途端、眉間にシワを寄せて、蓄えた髭を触った。僕は瞬時にいやな世感がした。


「神様、正直に申し上げてください。ケーナはどうなったんですか?」

「……死んだよ」


 たった四文字の言葉が僕の頭にズシンとのしかかった。


「し、死んだ……ケーナが? まさか怨霊に……」

「自殺だよ。君が死んだと報告してからその日の夜にね……首吊りだった」


 僕は膝から崩れ落ちた。胸の奥から感情が溢れ出てきた。僕はどこまで呪われているんだ。遂にあの世界で最愛の人と言っても過言ではない姉を死なせてしまったんだぞ。


「くそっ、くそっ! 僕の馬鹿! ろくでなし! クズ……」


 無機質な地面に何度も拳を叩きつけた。力任せに振り続けていると、額から血が出てきた。死後の世界でも血は流れるのだなと思っていると、神様は「もう止めないか。死んでまで傷つけることはないだろ」と制した。


「これで良かったじゃないか。綺麗さっぱりあの世界と断ち切れる」

「綺麗さっぱり……? 冗談じゃない!」


 僕はフニャフニャに抜けていた脚に怒りの血が入ってきたからか、瞬時に立ち上がることができた。


「僕はあの世界が一番好きだったんだ! 怨霊さえいなければ五人の姉と母に愛されながら悠々と学園生活を謳歌できたはずなのに……怨霊さえ、こいつらさえいなければ!」


 僕は目前にいるビデオを睨みつけた。奴らは僕をおちょくるように(わら)っていた。


「この下衆ども……ぶっ潰してやる!」


 僕はテレビを張り倒そうと前進したが、神に「待てっ!」と通せんぼした。今までにないくらい荘厳な声にただならぬ雰囲気を感じた。


「落ち着きなさい。一時的な感情で行動を起こしたら酷い目にあってきただろ」


 僕は我に返った。確かに神の言う通り、その感情的なせいで多くの人達に迷惑をかけてしまった。最後の最後で僕は過ちをおかしてしまう所だった。


 大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、神は「そんなに転生した世界が好きだったか?」と尋ねてきた。


「はい」


 まっすぐ見つめて返事をすると、神は「うーん」と髭を触った。


「……リセットという手もあるが」

「リセット? なんですか、それ」

「ほら、ゲームでよくあるだろ。セーブデータを全部消して一からやり直すやつ。あれみたいなことができない訳ではないが……どうする?」

「お願いします!」


 迷うことはなかった。またあの世界をもう一度体験できるならこれほど嬉しいことはない。


 ただ一つだけ気がかりなことがあった。


「怨霊とかもまた現れる事はないですよね?」

「心配するな。君が前世の世界で呪いのビデオに手を出さなければまた悪夢のような出来事は生まれない」


 前世の世界――つまり、僕がカースになる前の自分か。そこまで戻してくれるのはありがたいが、果たして前世の自分は防いでくれるのだろうか。


「記憶は引き継がれるんですか? その……今までのことを」

「それは……何とも言えないな。リセットした君次第という訳だ」


 神は「ちなみにもう一つ別の選択肢もある。新しい世界に行くこともできる」と言ってきたが拒否した。ケーナがいない世界など考えられないからだ。


「じゃあ、神様。お願いします」

「うむ。よかろう……気をつけろよ」


 神は杖を大きく振るうと、視界が歪んできた。まるで洗濯機の中にいるかのように全方向が激しく回転して意識が遠のきそうだった。


「忘れるな! 呪いのビデオには手を出すなよ!」


 神らしき声が聞こえたのを最後に意識が途切れた。

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