第2章「揺れる心、近づく距離」後編
ご覧いただきありがとうございます。
今回の後半では、読み合わせの最中に、
“台詞”と“本音”の境界がふと揺らぐ瞬間が描かれます。
演技なのに、ドキドキしてしまう――
そんな“心の揺れ”を、一緒に感じていただけたら嬉しいです。
第2章 後編「演技のすきまに、心が揺れて」
翌日のお昼。
私は、いつものようにお弁当を両手に抱えて、屋上への階段をのぼっていた。
(ちゃんと、時間通り……!)
こちゃ先輩と“またここで会おう”って言った、あの言葉を、私は何度も心の中で繰り返していた。
本当に来てくれるかな、なんて不安もあったけど――
「よっ、葵ちゃん」
ドアを開けた瞬間、いつも通りの先輩の声が迎えてくれた。
葵「せ、先輩……もう来てたんですね」
こちゃ「うん、ちょっと早めに来た。風が気持ちよかったから」
いつもの場所。
昨日と同じベンチに、こちゃ先輩はコンビニの袋をぶら下げて腰掛けていた。
こちゃ「お弁当、今日も手作り?」
葵「はいっ! あ、でも昨日とあんまり変わらないメニューで……」
こちゃ「ううん、それがすごいんだよ。俺なんて今日もおにぎりとパンだし」
袋から取り出したツナマヨのおにぎりとチョコパン。
先輩は気にする様子もなく、にこにこしながら食べ始める。
こちゃ「……あ、これ意外と美味しい。チョコとナッツのやつ。葵ちゃん食べてみる?」
葵「えっ……ええっ!? い、いいですっ!」
(先輩の食べかけ……!? いや、そういう意味じゃなくて……!)
こちゃ「なんだよ〜昨日は俺にあーんしてくれたのに、今日は照れるんだ?」
葵「そ、それはっ……!!」
(あれは、あの場の流れというか……!)
冬の冷たい風が吹くのに、顔だけどんどん熱くなる。
昨日よりも何気ない、でも昨日よりもずっと“特別”なお昼時間。
こちゃ「昨日の読み合わせ、なんか良かったよな。台詞のやりとりも自然だったし」
葵「本当ですか……? 先輩が隣にいてくれたから、緊張せずにできました」
こちゃ「そっか。じゃあ今日も、少しやってみようか」
葵「はいっ」
(本当に、嬉しい……。
同じ時間を、こうして隣で過ごせることが――)
こちゃ「……あ、でもまずはお腹を満たさないと、ね?」
葵「ふふっ、そうですね」
ふたりで笑い合う。
演技の練習のはずなのに、今日のこの時間だけは、
台本にも計画にもない“素”の私がいた。
そして私はまた、明日もここに来たいと思ってしまう――台本を膝に広げて、ふたり並んでの読み合わせ。
風にめくれないよう、私は端を指で押さえながら、緊張した声でセリフを読み始める。
葵「……好きだよ。……でも……この気持ちは、きっと迷惑、だよね」
こちゃ「迷惑なんかじゃない。むしろ……俺も、同じ気持ちだ」
(……っ!)
言葉を交わすたびに、胸がふわっと熱くなる。
これは演技。脚本に書かれた台詞。
なのに、こちゃ先輩の声が、あまりにも自然で――優しくて――
こちゃ「……うん。さっきより良くなってるよ。台詞の間も、すごくいい」
葵「……ありがとうございます」
思わず、視線を逸らしてしまう。
こうして褒められると、どうしても直視できなくなる。
だって、嬉しくて――苦しくなるくらい、ドキドキしてしまうから。
こちゃ「大丈夫? ……ちょっと照れてる?」
葵「……は、はい。ちょっとだけ……」
こちゃ「ふふっ。演技してただけなのに、不思議だよな」
葵「……先輩の声が、優しすぎるんです……」
ポツリとこぼしたその言葉に、先輩が目を丸くする。
こちゃ「……優しい?」
葵「……はい。なんていうか……包まれる感じ、というか……」
(わたし……なに言ってるんだろう)
自分でも、何を話してるのかわからなくなるくらい、胸がいっぱいだった。
でもそれは――確かに、“嘘じゃない”気持ちだった。
こちゃ「葵ちゃん」
その名を呼ばれただけで、背筋がピンと伸びる。
ふと目が合ってしまって、私はあわてて台本を閉じた。
葵「ご、ごめんなさい! 今日の練習、これで終わりにしましょうっ」
こちゃ「うん、そうだね。あんまり詰めすぎても疲れるし。
……でも、今日もありがとう。楽しかったよ」
(楽しかった……)
その言葉を聞いただけで、心の中がぽっとあたたかくなる。
言葉にできない何かが、胸いっぱいに広がっていく。
そして私は――また、気づいてしまう。
(やっぱり、好きなんだ……先輩のことが)
演技の中で伝えた“好き”よりも、
今、胸の中でふくらんでいるこの気持ちのほうがずっとリアルだった。
台詞じゃない、本当の気持ち。
そのことを知るたびに、私は先輩に惹かれていく。
そんな自分が、ちょっとだけ恥ずかしくて、
でも、少しだけ誇らしかった。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
次回からは、ふたりの“演技”がまた少し変化していきます。
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今後の展開もぜひお楽しみに!