第2章「揺れる心、近づく距離」前編
ご覧いただきありがとうございます。
今回の第2章では、こちゃと葵の“距離”が少しだけ縮まる大切な回です。
屋上でのお昼時間、ふたりだけのやりとりに演技とは違う“気持ち”が混ざっていく瞬間を、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
第2章前編「特別な場所」
演劇部の練習が終わり、部室の空気が少しだけやわらいだころ。
こちゃ先輩が、台本を閉じて私を見た。
こちゃ「ちょっとでも回数重ねたほうが、葵ちゃんも台詞、もっと自信もって言えるようになると思うしさ。
……明日、時間あるなら、昼休みに屋上で練習してみない?」
葵「……えっ?」
突然の提案に、思わず声が裏返る。
でも先輩は、いつもの穏やかな笑顔で私を見ていた。
こちゃ「読み合わせって、最初がいちばん緊張するからさ。少しずつ慣れていけば自然に演じられるようになるよ」
葵「……はいっ、ぜひお願いします!」
こちゃ「よかった。じゃあ、屋上で」
……“お昼に屋上で”なんて、まるで青春ドラマみたいなシチュエーション。
明日が来るのが、ちょっとだけ怖くて、でもすごく、楽しみだった。
***
お昼のチャイムが鳴る。
教室を出るとき、私は心臓の鼓動を抑えるように、深く息を吐いた。
――今日は、こちゃ先輩とお昼を一緒に食べる約束をしている。
屋上に向かう階段をのぼるたび、制服のスカートがふわっと揺れた。
冬の風がまだ冷たくて、手先が少しかじかむ。
葵「……先輩、まだかな」
手作りのお弁当をぎゅっと抱えたまま、ドキドキが止まらない。
約束の時間より早く着いちゃったみたい。
しばらくして、屋上のドアが開く音がして――
こちゃ「葵ちゃん、お待たせ!」
葵「いえっ、全然! 私も、今来たところです!」
こちゃ「実はさ、ちょっと寝坊しちゃって。朝ごはんも食べられなかったし、お昼も買えなかったんだよね〜」
葵「えっ……」
(えっ……じゃあ、もしかして……!)
葵「あ、あのっ……よければ、私のお弁当……一緒にどうですか……?」
こちゃ「えっ!? いいの!? しかも手作り!? すごい美味しそう!」
葵「よかったぁ……(ほっ)」
こちゃ「じゃあ、ありがたく頂こうかな……あ、でも――箸が1つしかないか……」
葵「あ……その……私が……食べさせます……」
(言っちゃった……! もう、なに言ってるの私……!)
こちゃ「えっ……いいの?」
(うう……恥ずかしい……でも、ここで引いたら絶対後悔する)
葵「……だ、大丈夫ですっ!」
私は小さなおかずをつまんで、そっと先輩の口元へ。
こちゃ「(もぐもぐ)んっ! 美味しい!! 葵ちゃん、めっちゃ美味しいよ!」
葵「ほ、本当ですか?」
こちゃ「うん! これも最高!」
……嬉しい。
こんなにも笑ってくれるなんて。
料理を頑張ってよかった。
葵「……わたし、もっともっと、頑張ります」
風がふっと吹いて、ふたりの間の距離が、少しだけ近づいた気がした。
そうしているうちに、お弁当箱の中もほとんど空っぽになっていた。
こちゃ先輩は最後のおかずをひとくち食べて、「ごちそうさま」と優しく笑った。
「おいしかった。ほんとにありがとう」
私も小さく「どういたしまして」と返して、空になったお弁当箱のフタをそっと閉じた。
……嬉しかった。
ちゃんと食べてもらえて、喜んでもらえて。
たったそれだけのことなのに、胸の奥がぽかぽかしてくる。
「先輩が“美味しい”って言ってくれた」
それだけで、私はもう、十分すぎるくらい満たされてしまっていた。
こちゃ「じゃあ、台本の読み合わせしようか」
その一言に、私ははっと我に返った。
……そうだ、ここは“練習”の場。
でも、さっきまでのやりとりが、あまりにも特別すぎて――
少しだけ、そのことを忘れていた。
私は頷いて、そっとお弁当を片付け始めた。
ふたりで並んで台本を広げる。
いつもの稽古場とはちがって、屋上は風が少し強い。
ページを押さえる指先が、ほんの少しだけ触れてしまって、また心臓が跳ねた。
それでも、先輩の声が横から聞こえてくるだけで、
私の声も自然と伸びていくような気がした。
ほんの短いやりとり。
でも、確かに“演じている”のに、どうしてだろう。
台詞を交わすたびに、先輩との心の距離が、少しずつ近づいていく気がした。
キーンコーンカーンコーン
こちゃ「えっ、もうこんな時間!? やべっ、戻らないと」
葵「そ、そうですね!」
立ち上がるこちゃ先輩が、ふとこちらを見て微笑む。
こちゃ「お弁当、美味しかったよ。じゃあ、明日のお昼もこの場所で会おうか」
葵「……はいっ!」
心が、跳ねた。
それは、演技でも演出でもない、“ほんもの”の約束だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
この先もふたりの距離が少しずつ変わっていきます。
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