第1章「読み合わせの距離」後半
【前書き】
読んでくださってありがとうございます!
今回は放課後、親友との帰り道──揺れる葵の心が少しずつ言葉になるお話です。
後半:綾との帰り道
読み合わせが終わったのは、ちょうど日が落ち始める頃だった。
ストーブの暖かさが恋しくなるような、冬の空気が肌を刺す。
こちゃ先輩は「おつかれ」と優しく声をかけてくれて、
そのひとことだけで、まだ胸の中がぽかぽかしていた。
私は部室のドアをそっと閉めて、
急いで廊下を抜けて昇降口へ向かう。
昇降口の前で待っていてくれたのは――
綾「おーい、葵〜!やっと出てきた〜!」
同じクラスの友達、綾。
明るくて、ちょっとズケズケしてて、でも憎めない子。
今日も、カバンを肩にかけたまま、手をぶんぶん振っていた。
葵「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
綾「え〜、読み合わせってやつ?部活ガチすぎじゃん!」
苦笑しながら上履きを脱いで、靴に履き替える。
隣では綾が、わざとらしく背伸びして私を覗き込んでくる。
綾「ねぇねぇ、今日の部活どうだった? こちゃ先輩と組むんでしょ?」
葵「えっ……う、うん……」
綾「やっぱり〜! 放課後、こっそり部室の前通っちゃったんだけどさ……
ふたりで読み合わせしてるの、ばっちり見ちゃったんだよね」
(えっ……見られてた!?)
思わず立ち止まりそうになる足を、必死に動かす。
顔が熱くなるのをごまかすように、私は笑って見せた。
綾「ふ〜ん……そうかそうか〜。
でもさ、ああいう“恋人役”って、けっこうドキドキしない?」
葵「……えっ?」
綾の顔が、じっとこっちを覗き込むように笑ってる。
葵「な、な、なにその顔……っ!?」
綾「なーんでも」
(やばい、全部見透かされてる……)
ドキリとした。
さっきの、読み合わせ。
「好きだよ」って言われたシーンが、一瞬で頭に蘇る。
あれは――演技。
わかってる。でも、あの時の先輩の目は……。
葵(心の声):
だめだ、顔熱くなってる。
綾にバレたら絶対茶化される……!
綾「ん〜?……顔赤い〜!やっぱ何かあったでしょ?」
葵「な、なにもないってば!」
綾「ふふ、まぁいっか」
信号で立ち止まる。
風が頬をかすめて、制服の裾がふわっと揺れた。
綾「じゃあ、私こっちだから。また明日学校でね〜」
葵「うん、また明日」
綾が笑いながら手を振って、夕焼けに染まる坂道を下っていく。
その背中を見送りながら、私はそっと息をついた。
葵(心の声):
演技のはずなのに。
台詞のはずなのに。
……なのに、胸の奥がこんなに熱くなるなんて。
なんでかな……
遠くで、カラスが鳴いた。
冬の空は、もうすっかり夜の色に変わりつつある。
足元に伸びた自分の影が、ひときわ長くなっていた。
でも、台本の中で交わす言葉が、
いつか“本当の気持ち”と重なるかもしれないって、
そんな淡い期待が消せなかった。
【後書き】
ここまで読んでくださってありがとうございました!
この“好き”は、演技じゃないかもしれない──そんな気持ちに、葵が気づき始める回でした。