招かれし客
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episode5
楽しませろ
俺を飽きさせるまで
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チェイサーが森林の闇へと踏み込む直前、闇の遠くから
なにかを感じ取った。
何かが倒壊するような物音、それと僅かな気配。
「なにが起こってやがる」
大きな音ではなかったが、森林の奥の方から物音がした
それに、一瞬だが魔光の気配も感じる。
だが、僅かな感触は危機感には繋がらない。
マリブからの報告を信じれば悪魔の存在を予測するが、別の先客という可能性もあるだろうか。
「チェイサー注意するのだわ」
小さな少女が言う 名前はドロシー。
彼女の外見はかなり個性的だった。
白銀の髪はツインテールに結ばれ、肌は透き通るように白く、大きな瞳は青色の宝石ように輝いている。
衣装はより幼を感じさせるデザインだ。
白と青のドレスのような形で、スターやハートなど輝く装飾が散りばめられ少し眩しい。
そして、謎の魔法のステッキも小さな手に握られている。
この奇抜な格好。ドロシー本人が言うには『魔法少女』と呼ばれるらしいが、見慣れたチェイサーは今更なにも言うつもりはない。
「あぁ、遠く方で何かの音がしたな」
森林の暗闇を見据えながらチェイサーが言う、今の所は気配も音も感じない。
「違うのだわチェイサー! たくさんの悪魔の気配なの!」
それは彼女にとって予想外の反応だったのだろう、驚いた口調が危機感を告げる。
「んあ───」
少し感覚を集中させるが、相変わらず何も感じない。
静けさが広がるだけだ。
しかし、ドロシーの言葉が嘘ではないなら、間違いは無いだろう。
「ドロシー戻ってくれ 仕事だ」
近くに悪魔が居るというなら仕事の時間だ、1匹残らず排除する。
「はーい」
そう言うとドロシーの小柄な体は光に変わり、チェイサーの右手に白銀の銃が具現する。
少女の姿の面影も無い 無機質な銃だ。
その形状は同じ銃を2つ持つ前提でデザインされたハンドガン。しかし、もう一人の姉妹の存在は誰も知らない。
光沢が輝く白銀のカラーリングは無機質な金属を強調するが、同時にどこかエレガンスで高貴な雰囲気を醸し出す。
「少しは楽しませろよ」
無意識にチェイサーの表情が歓喜を表す。
こちらが進まなければ、奴らは待つ事を諦めて襲ってくるだろう。
──それは面白くない選択だ。
出迎えられる方には流儀がある。
「行くぞお前ら──」
仕事、という口実で戦いを楽しむ。
チェイサーは背中に収めた長剣《aroma》の持ち手に優しく手を触れる。
これはaromaに戦いを知らせる動作だ。
その白い刀身は森林の隙間から差し込む月光を反射する。
チェイサーは闇の中へ、堂々と足を踏み入れる。
瞬間──
背後から襲いかかる猿の姿の悪魔。
飛び上がり、両手に持った大鎌を軽快に振りかざし、チェイサーの首を狙う──
が、鎌の刃が触れるより先に、悪魔の額は白銀の弾丸に射抜かれる。
チェイサーの速すぎる早撃ち《クイックドロウ》の前に不意打ちは意味をなさない。死を悟るより先に倒れる悪魔は猿知恵を証明する。
「面倒だ出てこい、俺を出迎えるにはギャラリーが足りないだろう?」
前方の森林の闇に向け銃口を突きつける。
無数の悪魔の気配を感じたチェイサーは、面倒を嫌って安い挑発で猿知恵を刺激する。
挑発に反応して、猿型の悪魔達は獲物を取り囲むように茂みからゆっくりと姿を表す。
この人間に不意打ちなど通用しない、と本能が悟ったのだろうか。
だが、数で群れれば狩りが成立するという考えはやはり猿知恵でしかない──
「GAAAAA!!」「RIAA!!!」「GYAaaa!!!」
叫び、わめきながら。周囲の悪魔が一斉にチェイサー目掛けて飛びかかる。
もはや、ただ本能に動かされるだけの獣。
「安心しろ てめえらは平等に地獄行きだ」
背中に眠る長剣《aroma》を片手で軽々と取り出し、構える。
その白い刀身は月の光を受けて輝く魔除けのようだった。
そして、チェイサーは振り切る瞬間。両手持ちに切り替え、斬る。
aromaの鉄の質量が悪魔の肉を切り裂く、飛びかかってきた5匹の悪魔は果実のように容易く両断され、地面に数多の物体が散らかる。
まだ終わらない、次は上空から強襲する影。羽のようなものを持つ個体だ。
頭上から狙いを定め、鎌を振るうが──
上空に向けられた白銀の銃口が音を響かせる。
暗闇を裂くような眩い光──
放たれたのは実弾ではなく、光。魔光だ。
魔光弾は悪魔の頭部を射抜き命を奪う。
休む暇もない瞬間、森林の闇の奥から悪魔達が一斉に飛びかかる。
眩い光に刺激され狂ったかのように、全員が一斉にチェイサーに向かって襲いかかるのだ。
その数は簡単に10を越える。
圧倒的な数での有利、悪魔達は勝利を確信しただろう。
脳内はそれを肯定するように、過剰なドーパミン刺激が溢れ出る。
「ドロシー片付けてくれ」
チェイサーは再び上空に銃口を向けて放つ。
撃ち出される光の球体、それは空中で爆発して夜空に輝く。
悪魔達の狩る黒い鎌の先端がチェイサーの体に触れる寸前、上空で爆ぜた光は光速となって地上に降り注ぐ。
それは無数の線であり、小さな流れ星のようで──
無差別に周囲の悪魔を貫く、頭部を腹部を首を。
確実に急所を貫き、地面には意思の無い黒い体が散らかる。
そして数秒後、全ての死体は黒い霧になり消える。
「少し眩しいぜドロシー」
腕で目を隠しながらチェイサーは軽口をほざく、あまりに突然の光だったので慣れるには時間が必要だ。
しかし、休む暇も無く気配が近づく、また無数の悪魔だ。
「雑魚と遊ぶ暇はねえんだ──」
全ての悪魔の気配を黙らせたい所だが、あまりに数が多い。
討伐依頼の内容は雑魚の悪魔では無い、人型の黒い悪魔──
まずはソイツを片付けなければならない、夜が明ける前に。
悪魔を片付ながらチェイサーは、草木を踏みつけながらダッシュで森林を進む。
迫り来る悪魔を前に、銃弾を放ち、長剣《aroma》で切断し、足りなければ蹴りで吹き飛ばす。次々と湧いてくる悪魔を蹴散らしながら、たどり着いた先は──
絶壁だ。
下を見下ろせば、見慣れない技術で作られた街並みが広がっている。
乱雑に並ぶコンクリート製の建物、アスファルトの道路。
とある世界ではビジネス街と名付けられた風景だ。
だが、そこには人の気配も生活感も無い、無機質で空虚なゴースト・タウンが広がる。
その景色を前にしてチェイサーは躊躇なく、断崖絶壁を飛び降りる。
地面まで予想よりも距離がある、重力を感じ、夜の風を浴びながら暗い夜のゴーストタウンを目指す
そして、アスファルトの地面が近づく瞬間、直立姿勢のまま両足で接地する。
辺りを見渡すが 気配は無い。
当然のことだが、上から見下ろすより全てが大きい。
周囲に広がるのは、鉄筋コンクリートで作られたガラス張りの塔。ビルディングと呼ばれる建物が整然と並べられている。
辺りを警戒しながら前方に進むと、響くのは自分の足音だけだ。
不自然な程に風の音さえもしない、その空虚な街並みは
まるで人を飲み込む大きな怪物のようにも思えた。
行くあても無く、アスファルトの道路を進むと突然。
道を作るように街灯の光が灯る。
何者かが招いているのだ、目的地は奥だと。
無人の街に浮かび上がる道はどこへ続くのか──
天国か地獄か、地獄ならまだ面白いかもしれない。
照らされた空虚な道を進むと異質な存在の気配を感じた。
淡い霧に包まれた闇の中に聳えるのは、あまりにも不自然な存在。
それは異質な空気を放っていた。
今にも消えそうな光を放つ赤い灯火、サビも傷もない新品のような質感の信号機。
その上に立つ存在は黒い鱗鎧のような── 人型
仮面鎧のような頭部には悪魔を立証する山羊の形の二本角。
間違いないこれが今日のターゲットだ。
チェイサーの心が高揚する。
雑魚とは違う、戦いを楽しめるという確信は闘志を昂らせる。
しかし、こちらは人間だ、相手が人外であろうと礼儀は必要だろう。
「よお、俺の名前は──」
言葉を遮るように悪魔はゆっくりと信号機から降り立った。
結論を言うと、名乗る必要などなかった。
それどころか両者の間に言葉は不要だった。
淡く光る街の道路で対峙する、人間と悪魔。
夜空を背景に見る、悪魔の姿は黒い鎧に思えた、鎧仮面のような頭部から淡く紫に輝く双眸、当然表情などというものは存在しない。
チェイサーは静かに両手持ちでaromaを構える
悪魔に口は無く意思疎通など意味が無いと告げるようだ。
故に、それ以上に言葉は必要ない。
意志を理解したチェイサーが先導するように呟く。
「始めるか」
この言葉の意味も理解されないだろう。
だが、戦いの始まりを告げるものが欲しかった。
戦いを自覚した瞬間、呼吸が変わる。思考が切り替わる。
スイッチが入ったように、脳の全てが戦いを求めて
勝利を渇望する。
この世界は簡単だ、戦いだけを求めればいい。




