プロローグ── 空白の世界
目の前に広がるのは白い広い空間、その広大な場所の奥行きは無限に広がるようだった。
壁のように並ぶ本棚を背にして設置された机と椅子。
そこに、猫背で座っているのは初老と言える年齢であろう男性。
白を基調とした格好が凛々しい印象を与える。
「初めましてチェイサー・ジェネレイド君。君には『権利』があるよ、一つだけだ、大切なモノを言ってごらん」
言いながら老人はティーカップに口をつける。
その動作は目の前の人になど興味がないことを示すようだ。
老人の言葉を聞いても男は立ち尽くすしかできなかった。
分からない。
朦朧とした脳内。視界に映るのは不明瞭な世界。
──なぜ、老人のティータイムを眺めなければならない、脳天に鉛弾を打ち込めたならどれだけ爽快だろうか。
「チェイサー・ジェネレイド君、コーヒーはいかがかな?」
ショートケーキの味を楽しみながら老人は言う。
声は聞こえている だが理解が及ばない。
不安定な意識の中では脳味噌の覚醒は遠い。
だが、体は反射的に現実に抗おうとする。
「俺はチェイサー・ジェネレイドだ、失せろ」
無意識に発せられた言葉は自身を確かめるためのものだ。
自分の存在を、意思を、無意識が諭す。
老人は何も聞こえなかったように、机の上に皿を置いて、次はコーヒーに口をつける。
ティータイムを楽しむ以外に興味が無いようだった。
「よかろう」
老人が言うと。
視界が真っ白に染まり、全てが消えていく。
目を開けているのか、閉じているのか、思考も感覚も全てが眠る──
「ふう」
これでまた一人、魂の円環『ライフストリーム』に導かれた。
仕事には終わりがないものだ。
老人はショートケーキの頂上に君臨するイチゴを味わい、達成感を自覚する。
「おじいちゃん〜、上からの伝言っす〜」
活発な声が響いた。それと同時に白の空間に霧がかかる。
「ああ、君か。おじいちゃんと呼ぶものだから孫が来たのかと思ったよ」
「ぇ、何言ってんすか──」
霧は大きく、濃く広がり、声さえも届かない。