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戦死した夫に言いたいことがある

作者: 満原こもじ

 夫ジャンは無口な人だった。

 私も日々の生活に追われ、忘れてしまったことも多いけれど。

 一つだけよく覚えてる言葉がある。


『君を幸せにするから』


 プロポーズの時の言葉だ。

 ウソ吐き。

 結婚後すぐに戦争に行って。

 帰ってきたのは死んだという報告と遺品の剣だけだった。

 呆気なさ過ぎて涙さえ出なかった。


 それからガムシャラに生きてきた。

 ジャンのことを思いだしたのは偶然じゃない。

 五年間もらえる戦死者遺族年金が今月で切れるから。

 五年間ありがとう。


 ドライ過ぎる?

 まあね、自分でもそう思わなくはない。

 でも死んだ人は立ち止まることが許されるでしょ?

 生きているとそうもいかなくてね。

 ある意味ジャンが羨ましいのは本音。

 生きて戻ってきて、ともに苦労して欲しかったというのも本音。


 もっともありがとうってのは皮肉でもなんでもないんだよ。

 兵士さん達が頑張ってくれたから勝った。

 勝ったからこそ年金が出るんだから。

 頑張りに生き死には関係がない。


 負けた隣国は大変だよ。

 難民として流れてきた人も、奴隷になった者も、盗賊として捕まったやつも見た。

 ブツクサくだらないこと言えるのも兵士さん達のおかげ。

 ジャン、ありがとう。


 思い出したのはいい機会だ。

 ちょっと整理するかと戸棚のものを全部出したら、ジャンから私への手紙を発見した。

 どうしてこんな奥深くにしまいこんでたんだろう?

 普通だったら、ずっと気付かないままだったよ?


 いや、住んでるこの地区も戦況によっては巻き込まれることになってたからか。

 なるべく手紙が保存されるといいと考えていたんだろうな。

 また私が発見できないならそれでいいと思ってたのかも。

 ジャンはシャイだったから。


 内容は?

 ちょっと気が急く。

 手紙を開いた。


『愛するマリアンヌへ。君がこの手紙を読んでいるということは、もう俺は天に召されているのだろう。君を幸せにすると言いながら、約束を果せなかったことは、大変心苦しい。俺のことは忘れてくれ。君が幸せであることを心から願う。君の夫であったジャンより』


 金釘流の無骨な文字だ。

 懐かしいジャンの字。

 短い手紙だけれど、あなたは書くのが苦手だったものね。

 口に出すことも苦手だったけれども。

 もう少し丁寧な字が書けたらいいのにって、いつも言っていたなあ。


 何が『夫であった』よ。

 今になってから過去形なんてずるいじゃないの。

 心配されなくても、私はまあまあ普通に暮らしているわよ。

 ……癪だけどあなたのおかげ。


 ジャンは立派に戦ったと聞いている。

 生きていて欲しかったとは思う。

 でも諦めはついてるの。

 だってもう五年も経ってるんだから。

 思い出が風化するには早過ぎるけど、気持ちを整理するには十分な時間。


 でもこの手紙で許せないところが一ヶ所あるわ。

 マリアンヌじゃなくてマリーと、愛称で呼んでよ。

 手紙の中でまで朴念仁なんだもの。

 だからジャンは……。

 

 不意に涙が溢れてきた。

 ジャンの死亡の連絡を聞いた時はこんなことなかったのに。

 私、どうしちゃったんだろう?

 手紙のせいよ。


「おかあさん、どうしたの? ないてるの?」

「うん、泣いてるわね」


 息子のジャンだ。

 あなたの死亡通知が届いてから生まれた子よ。

 あなたの名前をつけたけど、文句は言わせないわ。


「いたいの? かなしいの?」

「少し悲しかったかな。でも平気よ。立派に戦ったお父さんの手紙が出てきたの」

「おとうさんのてがみ?」

「ええ。お父さんの遺品の剣と一緒に飾っておきましょうね」

「うん!」


 ねえ、多分天国にいるジャン、聞いてる?

 私はあなたを失ったけど、息子のジャンがいるの。

 だから平気よ。


「おかあさん」

「あら、ラペーも来たの?」


 ジャンとともに娘のラペーも抱きしめる。

 そう、私が生んだのは双子だった。

 娘にはあなたが望んでいた『平和』を意味する名前をつけたの。


 天国のジャン。

 あなたの仕事は終わりじゃないの。

 私達をずっと見守りなさい。

 そして幸せを授けなさい。


 だって幸せにするって誓ったんだからね。

 約束を忘れたら承知しないよ。

 愛しているわ。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ジャンの存在は残された家族にとって要なのでしょうね。お父さんがいたからの今なのだと子どもたちもわかっているといいな。シングルマザーの大変さ、切なさ、苦労は人の知る辛苦の最たるものの一つです。 愛するも…
こもじ先生のお話、毎回パターンが違うのに毎回面白くて凄い。 自分も小説投稿してランキング上位を狙っているのに、同じ日にお気に入りユーザー登録しているこもじ先生が作品投稿していたら、ついつい読んでポイ…
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