10.虹色の雨
結局天沢くんとちゃんと話をしないまま、文化祭当日になってしまった。
天沢くんのクラスは執事喫茶をやるらしくて、他校の生徒も天沢くん狙いで来るのだという噂を聞いた。執事が着るような衣装の天沢くんはきっとかっこいいだろうなと、見ることは叶わないだろうから想像だけしてみる。
俺のクラスはクレープ屋で、外で出店をするから教室にいる天沢くんとは物理的に距離ができてしまった。
「……執事姿の天沢くん、かっこいいだろうなぁ」
残念ながら俺のクラスと天沢くんのクラスがある階は違うので、もしも執事姿を見たいなら一階降りるしかない。わざわざ見にきたのかと思われるのも何となく嫌だし、この関係に対して自然消滅を狙っているのなら『しつこい』とか『空気読めない奴』と思われるのも嫌だった。
実は俺のほうから、もう何度かメッセージを送っている。俺のメッセージを読んでくれてはいるようだけれど返信がないので、そういうことなんだろう。
「璃斗、エプロンもらってきた」
「ありがと、七緒。……って、なんでこんなにフリフリなの!?」
「それしか残ってないって女子が……」
「かーわいーじゃん、璃斗ちゃん! 璃斗ちゃんなら似合うって!」
「あ、朝陽くんまで悪ノリしないでよ!」
「悪ノリじゃないよ、本心♪」
七緒と同じバスケ部で、夏祭りの時にも会った同じクラスの水瀬朝陽くんまで、フリフリエプロン姿の俺を想像して笑っている。
「まっ、七緒もお揃いだから! 仲間がいてよかったね、璃斗ちゃん」
「七緒もお揃いなら、まぁ……」
「お前も似合ってるよ、七緒ちゃん」
「……てめぇ、どさくさに紛れて尻触んなクソ」
「こわっ! クレープ屋さんにあるまじき怖さ!」
「うるせぇ!」
男なのにこんな可愛いエプロン似合うわけないし恥ずかしいだけなのに、これしか残ってないと言われたら仕方がない。自分で持参したらよかったなと思いつつ、まるでメイド喫茶の店員が着けているようなエプロンを着用した。
中庭に設営しているテントの中で準備をしていると、どこからかチリッとした視線が突き刺さる。辺りを見回してみてもこっちを見てる人はいないので首を捻ったが、ふと顔を上げると――
「(…………えっ!?)」
天沢くんがこちらを見下ろしていて、思わず俯いた。その間もジリジリとした視線がつむじに突き刺さって、その視線が恐ろしくて顔を上げられない。
「璃斗ちゃん、後ろのリボン歪んでるよー。直してあげる」
「あ、ありがとう、朝陽くん」
「どういたしまして〜! 俺、妹いるからこういうの得意なんだよね」
「そう、なんだぁ……」
「璃斗、猫耳カチューシャあった。撫子さんの色じゃん?」
「えー! 白猫ちゃんじゃん、かーわい」
「うわっ、こういうのまで着けなくていいってば!」
七緒と朝陽くんから面白がられている間も、俺の頭には鋭い視線が降り注いでいる。
――いや、でも、そっちが怒るのは違くないか?
天沢くんは多分、怒ってる。何に対して怒っているのか定かではないけれど、先に無視してきたのはあっちだし、連絡を返してくれないのもあっち。それなのに俺が怒られるのは絶対に違う気がする。
「せっかくだから三人で写真撮ろうよ。璃斗ちゃん真ん中ね」
「ちょっと待って、二人とも自分の体格考えて……っ」
七緒も朝陽くんもバスケ部で活躍している長身のイケメンスポーツマン。俺とはものすごく体格差があるのに、真ん中にされてぎゅうぎゅう押しつぶされた。
でも、こういうのも悪くないと思える。文化祭で友達とわいわいしたり写真を撮ったりするのは初めてで、こんなヘンテコな格好でも今日は楽しい日になりそうだなって思えた。もちろんちょびっとだけ、だけど。
「練習の時から思ってたけど、雨宮くんってクレープ作るの上手すぎない!?」
「手先器用そーってイメージまんまだわ」
「そうかな? 初めて作ってみたけどすごく楽しい」
「うっ、笑顔かわいい……」
「まじ天然記念物すぎる……」
「七緒が守ってたのも分かる可愛さ……」
「てんね……なんて?」
あんまり話したことがないクラスの女子とも文化祭を通じてよく話すようになった。今までは七緒とばかり話していたけど、世界が広がった気がする。狭いクラスの中で、今更って感じではあるけど。
そうだ、うん。人生、恋愛だけが全てじゃない。
確かに天沢くんは初めて好きになった人で、大切にしたいと思った人。今までの俺は初めての恋や恋人に浮かれて天沢くんのことしか見ていなかったなと実感する。
少し視野を広げるだけで楽しい世界や人が周りにはたくさんいたのに、それに気が付かなかったのは自分に自信がなかったのも大きい。みんな俺になんて興味ないだろうって思ってたけど、得意な料理でみんなの輪の中に入れた。
でも、そうしてみようと思ったのは、確実に天沢くんのおかげだ。天沢くんが俺の料理を美味しいとか上手と言ってくれて、困った人を助けられる優しい人だと言ってくれたから、いつの間にか天沢くんの言葉が俺の自信になっていた。
人生、恋愛だけが全てじゃない。
ただ、諦めたくない恋があるのも事実だ。
「天沢くんじゃん! うち寄ってってよー!」
「今日誕生日だったよね?」
クレープを焼くのに集中していると、女子たちが話している声が突然耳に入ってきて我に返った。汗を拭って顔を上げると『2−1 執事喫茶』という看板を持った執事服の天沢くんが女子に囲まれている。
誕生日なのも相まって、天沢くんが持っている紙袋にはプレゼントがたくさん入っていた。
「天沢くんの接客を待ってる子、たくさんいるんじゃないの? なんで客引き?」
「誕生日だからって。プレゼントもらえるだろうから回ってこいって言われたんだよね」
「なーるほど! じゃーウチらもあげる!」
「間食用のお菓子しかないわ」
「いや、いいよ。そんな無理やりもらっても……」
「あ、あの!」
うちのテントの前でそんなやり取りをしていたから、俺は思わず声をかけた。
「た、誕生日の特別サービス!ですっ! 生クリーム多め、で……」
綺麗に作れたクレープをまるで花束のように天沢くんの前に突き出して、自分の咄嗟の行動が恥ずかしくなった。周りの女子たちは驚いていたけどすぐに笑いながら「雨宮くんナイスじゃん!」と言ってくれたけれど、天沢くんは目を見開いたまま固まっていて、次第に顔が赤く染まっていった。
「あ、あり、ありがとう、雨宮くん」
湯気が出そうなほど天沢くんの顔が真っ赤になり、ぎこちない仕草でクレープを受け取ってくれた。そんな反応に俺もつられて赤くなってしまって「お、お誕生日、おめでとうございます」と、これまたぎこちないお祝いを言ってしまう。
天沢くんにそんな反応されたら困る……!
妙な空気が流れるこの場をどう収めたらいいのか分からずにいると、天沢くんが真剣な顔つきで俺を見つめていた。
「……雨宮くんが休憩の時、時間をもらってもいいですか」
「へっ!?」
「ちょっとでいいから、お願いします」
まさか、こんなに大勢の前でそんなことを言われるとは思っていなかった。周りの女子たちは俺の背中をバシバシ叩いて「おおおお王子がご所望だよ!?」「早く返事してあげて!!」と文字通り背中を押される。
でも本当にこんなところで承諾していいのかな?天沢くんの迷惑にならない?噂が広まったりしないかな?
なんて考えても、多分もう遅い。それに正直なところ、すごく嬉しかった。
もう話せないのかなと思っていたから、もしこれが最後の機会だとしても天沢くんと一緒にいられる時間をもらえたことが嬉しかったんだ。
「分かった、じゃあ休憩の時に……」
「ありがとう。何時?」
「えっと、12時半くらい」
「了解。また迎えに来る」
クレープありがとう、と言って天沢くんは去っていった。
それからというものの、俺は大量にクレープを焼きながらも昼休憩の時のことを考えると気持ちが急いてソワソワしっぱなしだった。
「雨宮くん、汗拭いて!」
「やばっ、七緒にカチューシャつけられてたから髪の毛ぺちゃんこじゃん!」
「誰かー! アイロンとオイル貸して!」
「ちょ、ちょっと、みんな!? 何もこんなに整えなくても……っ」
「何言ってんの! あの王子様に呼び出されたんだから整えないと!」
休憩に入る前、おしゃれな女子のみんなに寄って外見を整えられた。俺よりも周りの女子のほうが何故か気合が入っていたけれど、俺は今から振られるかもしれないのだ。それなのに一生懸命準備しました、みたいな格好なのが恥ずかしい。
「あの、雨宮くん……今ちょっといい?」
「一宮さん……!」
みんなに外見を整えられたあと、目が赤く染まっている一宮さんに呼び出された。彼女の話の内容は大体想像できたけれど、案の定「私、天沢くんに告白した! それで、振られました!」と報告された。
「そっか……勇気出してすごいね、一宮さん」
「ううん……誕生日とか文化祭とか、理由がないと言えなかった。あ! お菓子は受け取ってもらえたから、それだけでも嬉しい」
「上手くできた?」
「今までで最高の出来だった、自分では!」
「それなら、天沢くんもきっと一宮さんが頑張ってくれた気持ち、ちゃんと受け取ってくれるよ」
「そうかな……そうだといいな」
一宮さんはまた泣き出してしまったけれど、これ以上俺にはどうすることもできない。
振られたばかりで可哀想だと思うし、俺も今から同じ状態になるかもしれない。それでも、一宮さんは俺と同じ人を好きな、いわばライバル。俺はやっと『天沢くんを誰にも渡したくない』という独占欲が出てきたのかもしれないけど、その感情をもっと早く分かっておくべきだった。
「今まで本当にありがとう、雨宮くん。これで残りの文化祭、楽しめる!」
「……俺のほうこそ、ありがとう。お互いに残りの時間、楽しもうね」
なんてありきたりのことしか言えなかったけれど、これでよかったんだって自分を納得させた。
「――あれ、エプロンとカチューシャは?」
「きゅ、休憩だから外したよ」
「そっか、残念」
「ざ……っ!?」
一宮さんとの話が終わってからテントに戻ると、先ほど言っていたように本当に迎えに来た天沢くんが残念がっていた。どういう意味なのか分からないけれど、もしかしたら面白おかしい格好をした俺を見せ物にしたかった、とか?
いやいや、天沢くんはそんな性格じゃない。そんないじめっ子みたいなこと考えるわけがないと思っていると、後ろからぐいっと腕を引かれた。
「璃斗、まじで行くの?」
「七緒……!」
七緒は俺の腕を引いて、怖い顔で天沢くんを睨みつけている。ぐるる、と怒った犬や狼のような唸り声が聞こえてきそうで、今にも天沢くんに飛びつきそうだ。
そんな七緒の機嫌を取るように頭を撫でて「大丈夫、話をするだけだよ」と言うと、彼はすぐに牙を引っ込めた。
「……また璃斗のこと泣かせたら次はねぇぞ、天沢」
「こら、七緒!」
「ごめん、新海くん。もう泣かせない」
七緒が離した腕を今度は天沢くんが掴んで、そのまま俺たちは一緒に歩き出した。天沢くんの後ろ姿を見ながら、いざとなると何を話したらいいのか頭の中で上手くまとまらない。
ありがとうとごめんと、これからも頑張って。
そんなありきたりな言葉しか浮かんでこなくて、自分の語彙力のなさに泣きそうになった。
「……美術室って開いてるかな?」
「あ、多分……」
「じゃあ美術室に行こう。鍵って内側からかけられるっけ?」
「鍵? うん、かけれると思うけど……」
なんで鍵をかける必要が?
そんな理由を考えているうちに、誰もいない美術室に到着した。天沢くんが前と後ろの扉のドアを閉めると、美術室にはピリッとした重い空気が広がる。
何をどう切り出したらいいのかタイミングを見計らっていると、天沢くんが無言でどんどん近づいてくる。あっという間に俺は壁際に追い詰められて、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。
「………好きです」
絶対に良くないことが起こる。
そう思っていたのに、俺に降りかかってきたのは予想とは全く異なる言葉だった。
「雨宮くんのことが好きです。好きで、好きで、大好きです」
「ちょ、あまさわく……!?」
「好きすぎて、心が壊れそうなくらい、好きです……」
ぽたり、俺の頬に雨が降る。土砂降りの雨のように降り注ぐ涙に胸が締め付けられて、俺は腕を伸ばしてその涙を優しく拭った。
「俺も、だいすきです」
考えていた言葉も、考えている途中だった言葉も、全てがこの一言に塗り替えられてしまった。俺の返事に天沢くんは驚いて、切なそうな顔をしてからぎゅっと強く抱きしめられた。
俺の肩に埋める彼の頭を撫でると「ごめん、ありがとう」と小さな声が聞こえた。
「無視されて悲しかったし、苦しかったし、傷ついた」
「うん……」
「今日もなんか睨まれるし、天沢くんが怒るのは違くない?って怒ってました」
「ん……」
「でもクレープをあげた時は、やっぱり好きで好きで仕方なかったよ」
少し離れた天沢くんは目を真っ赤にして涙をこぼしていて、そんな顔が愛おしくなった俺は両頬を包み込んだ。
「天沢くんとまた両想いになれて嬉しい。お誕生日おめでとう」
久しぶりに自然と笑顔がこぼれる。すると天沢くんはまた泣きそうに顔を歪めて、頬を包む俺の手をぎゅっと握った。
「傷つけてごめん。また両想いになってくれてありがとう」
心を込めて言っているのが分かって、俺も泣きそうになった。まさか天沢くんがこんな顔をするなんて意外だったけれど、いつもはみんなの理想の王子様である彼も本当の彼なんだと思う。でも、本当は不器用で誰かに甘えたい、ただの17歳である天沢くんも本物なのだろう。
「俺たち、これからも多分喧嘩することあると思う。でもさ、俺たちは別々の人間だから話さないと分からないし、これからはちゃんと話して解決したいかな」
「……反省してます」
「俺も。だから、話をしよう?」
手を繋いだまま床に座り込む。キャンバスやら石膏模型やらがたくさんある室内だから、座ったら廊下からは姿が見えないだろう。
まぁ、離そうと思っても天沢くんの力が強くて離せない。繋いだら手をもう離さない、なんて言われているようで勝手にきゅんとしてしまった。
「とりあえず……一宮さんからお菓子をもらって、告白されたよ」
「そっか……」
「多分、璃斗に俺の好みを聞いて作ってたのかな? 合ってる?」
「……うん。天沢くんの誕生日にお菓子をあげたいから教えてほしいって」
「でも、なんで璃斗に?」
「天沢くんが俺のお菓子が美味しいって話してたのを聞いたって言ってたよ。天沢くんのせいです」
「……返す言葉がございません」
「まぁ、拒否しなかった俺も悪いけど……」
「俺に渡すつもりっていう理由を璃斗は知ってたんだよね?」
「うん……」
「お人よしすぎるとは思いませんか、璃斗さん」
「返す言葉もございません」
一宮さんの気持ちを考えると、どうして手伝っているのか言えなかったのだ。でも、それならそれでもっと上手く説明ができたかもしれないのに、あの時は何て言えばいいのか分からなった。
隠し事って自分の心もすり減るし、いいことなんて何もない。危うく別れてしまうところだったから、今後はもっとよく考えて行動しないと。
「でも、気持ちを伝えずに諦められないって……そう言う一宮さんの気持ちも分かるから。それに天沢くんはきっと告白は断ってくれるだろうって、すごく烏滸がましいことを考えていまして……」
「……俺のこと、信じてくれてた?」
「天沢くんのことしか、信じてなかったよ」
「それなのに、俺は怒ってごめん。言い訳にしかならないけど信じてなかったわけじゃなくて、璃斗が一宮さんや新海くんを選んだらと思うと不安になって、ついあんなこと言っちゃいました」
「そういえば部活とかお母さんのことで色々あったって言ってたけど、大丈夫?」
「あー……実はあの時、母さんが一時退院してたんだよね。でもタイミング悪く父さんから連絡来ちゃって、取り乱して……またすぐ入院になった。部活も、思うようにスパイクが打てなくて悩んでた時に、璃斗が一宮さんと楽しそうにしてるの見て八つ当たりして、気まずくて連絡を返せませんでした……」
お母さんのことや部活のことで悩んでいるという言葉がずっと気がかりだったから、その話をちゃんと聞けて安心した。
夏休みに初めて会った天沢くんのお母さんは調子が良さそうに見えたけど、どうやらまだ不安定らしい。それを支えないといけないのは息子である天沢くんだし、部活でも期待されているエース。色んな要因が重なって誰かに頼りたかっただろうに、肝心な俺が一宮さんの悩みを聞いていたのは天沢くんにとって最悪のタイミングだったに違いない。
「俺のほうこそ、そんな事情を知らずに一宮さんの相談に乗っててごめんね……。本当にバカだったなって反省してます」
「俺もバカでした、反省してます」
お互いに頭を下げ合ったあとに顔を見ると、今度は自然と笑みが溢れる。天沢くんの笑顔を見ると、俺はやっぱりこの人がすごく好きだなって、改めて実感した。
この人の笑顔を側でずっと見ていたい。この人を笑顔にしたい。笑顔でいてほしい――
この気持ちを全部引っくるめて、天沢くんのことを『好き』って言うんだろう。
「もう隠し事したくないから言うんだけど……」
「うん?」
「七緒からもう一回、告白された」
「……そうかなと思った」
「この前、天沢くんと目が合ったのに無視された時。俺、もう別れるのかもって泣いちゃって……それで七緒が慰めてくれて、告白もしてくれたんだよね」
「そっか……」
「七緒はこれからも俺の大事な友達で、大好きだと思う。でも、恋人として誰と一緒にいたいか考えた時、天沢くんの顔しか浮かんでこなかった」
本当に、自分でもバカだなぁと思った。もう別れるかも、駄目なのかも、と思っていたのに頭に浮かんでくるのは天沢くんの顔ばかり。
これでもし別れていたら、未練たらたらで引きずったまま今後は誰とも付き合うことはなかったかもしれない。こんなにしつこい俺を相手に選んじゃった天沢くんを可哀想だと思いつつ、出会うのは運命だったのかもと都合よく考えていたりする。
「離れてる間、璃斗の隣に並ぶ人のことを考えた。一宮さんとか新海くんとか、想像するとどの人も璃斗の隣に立つ素敵な人だなって思ったけど……でもやっぱり、璃斗の隣には俺が立ちたい。安っぽい言葉に聞こえるかもしれないけど、これからずっと一緒に生きていきたいと思ってる」
俺たちはまだ、何十年とある人生のたった17年しか生きていない。子供だと言われれば子供だし、大人の考えができると言われればそうだ。
学校というまだ狭い世界でしか生きていなくて、これから社会に出ると想像を遥かに超えるような数の出会いや別れが待っているだろう。
だからこの歳で未来を決めてしまうのは早いと言う人もいるかもしれない。未来を決めていても、本当にそうなるかは分からないのも当たり前。
でも、だからこそ約束しておきたい。
俺の未来にはこの先も、隣には天沢くんがいるんだっていう約束を。
「俺も、これからずっと、天沢くんと一緒に生きていきたい……」
気軽に口にするには重い言葉だ。ただ、今の俺たちには必要な言葉で、口にすることで本当に叶うような気がした。
「……うん、ずっと一緒にいよう」
控えめに重なった唇は何だかクレープのように甘くて、それでいて甘酸っぱかった。
「そういえば、クレープありがとう。すごく美味しかった」
「本当? それならよかった」
「誕生日だから特別サービスで、生クリーム多めなんだって?」
「そ、そういう言い訳しか出てこなかったから……」
「ふふ。まじで可愛かった、あの時の璃斗」
「笑わないでよ……」
でも、練習を含めても今までで一番綺麗にできたものだったから、天沢くんに食べてもらえて本当によかった。クラスのみんなには申し訳ないけど、実は生クリームだけじゃなくてイチゴも少し多めに入れてしまったから、捨てられなくて良かったと安堵した。
「クレープは美味しかったけど、璃斗の格好は駄目だと思うよ」
「エプロンとカチューシャ、それしかないって言われたから仕方なく……」
「それはそれで妥協するとしても……新海くんたちにベタベタ触られてたのは、どうかなと」
「でもね、友達と写真撮るとか初めてだったから嬉しくて……ていうか、そういう天沢くんだって女子にチヤホヤされてプレゼントもいっぱいもらってたじゃん」
「うーん、言い返せない」
「ほらぁ!」
お互いに一通り文句を言い合ったあと、顔を見合わせると思わず笑いが込み上げてきた。俺たちはどうやら二人とも嫉妬深いらしい。これから気苦労は絶えないかもしれないけれど、またこうやって意見を言い合ったらいいだけの話だ。
これからは喧嘩をしても、ちゃんと仲直りできるだろう。そして喧嘩をした数だけ俺たちはきっと今まで以上に仲良くなる。喧嘩をするたびに大切さを実感して、隣にいないと悲しいと思うはず。
そんな未来が想像できて、とても愛おしく思えた。
「そうだ、俺からもプレゼントがあるんだけど」
「え? クレープもらったよ」
「あれも確かにプレゼントだけど、話すきっかけにしたかったものだから……ちゃんとしたプレゼントはこっち!」
もしも渡せたら渡したいと思っていたプレゼント。長方形の封筒を天沢くんに差し出すと「なんか見覚えあるシルエット……」と呟いた。
「あ、水族館のチケット?」
「うん。澪先輩から天沢くんは水族館が好きらしいって聞いて。……俺たち二人とも、澪先輩経由で好きなものを知って誘ってるね」
「ふはっ、確かに。俺が美術館に誘った時もそうだったなぁ」
「今度一緒に行かない? 澪先輩に何かお土産買おう。それで、たくさんお互いの好きなこととか嫌いなこと話したい」
「いいね、嬉しい。水族館久しぶりだから」
「行くの無理してない……?」
「全然。本当に好きなんだよ。なんか疲れた時とかに行って、大水槽の前でぼーっとしたりしてた」
「天沢くんにとっての癒しスポットなんだね」
「……璃斗が一緒なら、もっと癒されるから」
天沢くんはくしゃりと俺の頭を撫でて、小さく笑う。自分が天沢くんにとっての『癒し』になっている事実が恥ずかしくて、嬉しい。色んな感情でぐちゃぐちゃになっていると、不意打ちで唇が重なった。
「デート、楽しみにしてる」
「うん、俺も楽しみ!」
「水族館なら、もし雨が降っても大丈夫だしね」
「なんか、これから先もデートの時は雨が降りそう」
「でも、俺たちにとって雨の日は特別でしょ? 特別な日には雨が降る、縁起のいい日ってことで」
天沢くんがそう言うと、窓の外から生徒たちの慌てる声が聞こえてきた。何があったのかと驚いて外を見てみると、空は真っ青に晴れているのに透明でキラキラとした雫が降り注いでいたのだ。
「――ほら、降った。やっぱり今日も特別な日だね、璃斗」
きっと、雨が天沢くんを雨雲と一緒に連れてきてくれた。雨が降っていなくても俺たちはいつか出会ったのだ、なんて漫画や映画のようなことを言ってみたいけれど、こればっかりはどうなっていたのか分からない。
色々な偶然が重なって、その結果雨が降って、俺たちは出会えたのだろうから。
「……悠」
「っ、うん?」
「これからもずっと大好き」
雨の日は嫌いじゃない。
憂鬱だとか、ジメジメするから嫌だとか、服が濡れるから好きじゃないって意見のほうが多いと思う。前までは俺も、酔い止めを飲まないとバスに乗れないタイプだからそう思っていた。
でも、雨の日が特別で愛おしいと思うようになったのは、確実に天沢くんとの出会いがあったからだ。
「もう止んでる。通り雨だったのかな」
「あ、見て。虹が出てる!」
「本当だ。雨に降られたみんなには申し訳ないけど、綺麗だね」
「うん。前も一緒に虹を見たけど、また天沢くんと見られて嬉しい」
「……できればこれからも一緒に見られたら嬉しいな、俺は」
「えっ! う、うん……! 雨の日も晴れの日も、曇りの日もずっと一緒って言ってくれたもんね」
「うん。これからもよろしく、璃斗」
「俺のほうこそ、これからもよろしくね、悠くん」
雨が降ったら、俺たちにとって特別な日。
普通なら雨や傘で視界が遮られて足元にあるものすら見逃してしまうような日に、俺たちはお互いのことを見つけられたのだから。
「そういえば、あのね」
「なに?」
「コンクールに出した絵、最優秀賞とったんだよ。今度美術館に飾られるみたい」
「うそ、本当に? 知らなかった……おめでとう!」
「ありがとう! それでさ、えっと……」
「美術館デートも、楽しみにしてていい?」
「う、うん! よろしくお願いしますっ!」
悠くんと出かける時は、雨が降るかな。
そうしたらまた特別な思い出ができて、たくさん積み重なっていく思い出と共に俺たちも歳を重ねていくのだろう。
そんな未来に想いを馳せながら、悠くんの肩にもたれて遠くの虹を見つめた。
おわり