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春につれられて

作者: 紫将

今年もこの季節がやってきた。いや、やってきてくれたと言うべきか。出会いと別れそして人生の転機の春……


高校生3年生だった僕は無事地元の高校を卒業し、都会の大学に進学した。

身内感というか馴れ合い的な感覚に嫌気がさし、地元を出た訳だが文字通り右も左も分からないままだ。

大学にはもちろん知り合いがいる訳もなく直ぐに会える友達というものも存在しなかった。

だが、別にいいのだ。

大学にさえ行けば自然と友達もできるだろう。そして新しい恋も。

そんなことを大学の入学前に思っていた。

幸い想像通り入学してからは友達もできたし、楽しい日々を送っていた。

しかし恋という言葉にすることはできるがイマイチよくわからない感情がその時は強く心にあったのだ。


多くの人は生きていれば1度は誰かを好きになったことはあるどろう。

好きという感情は何故か自然とあり、その好意が友達であろうと異性であろうと疑いようは無い。

例に及ばず僕も高校では好きな子がいた。

アタックも出来ずただ眺めている内に大学生の先輩と付き合い始めた子…きっと彼女には僕なんかは視界に映らず、映るどころか彼女の世界に僕は存在していなかったのだろう。

それに対して別に虚無感を覚えるわけでも妬むわけでもなかった。

生きている世界が違う、そんな諦めとはまた別の不思議な感覚と共に僕の恋のようなものは終わりを告げていた。

今思えばきっとあれは恋ではなかったのだろう。

言わば恋に恋しているというものだ。


大学に入ってしばらくするとサークルで好きな子ができた。

大学のサークルと言えばテニサーや軽音サークルなどの少し乱れたものを想像してしまうがそう言うものでは無かった。

何せ美術サークルなのだから。

サークルのメンバーは男女共に大人しく、喋る内容と言えば恋だの愛だの語る訳でも無く…正確には語ってはいるのだが専らその矛先は二次元へと向かっていた。

そんなサークルで好きな子ができてしまったのだから想像できるだろう。

アタックなんてできるわけが無いのだ。

恋愛ムードのサークルであれば幾分かは気軽にアタック出来たとは思う。

まぁ別に付き合いたいなんて思っていた訳でもないし……いや付き合いとは思ってはいた。

なんせ僕は誰かと付き合えさえすれば恋というものが分かる気がしていたからだ。

それが好きな相手となれば尚更だ。

不純な好意を遠くから彼女に向けている僕は高校生の時から何も進化していないのだろう。

しかし、嬉しいことに不純な好意を向ける僕とは裏腹に彼女は純粋な好意を僕に向けてくれた。

彼女の好意が純粋であったかは人の心を除くことの出来ない僕には定かではないが今でもあの好意は純粋であったと信じている。

不器用で自己肯定感の低い僕が彼女と付き合うまでには長い期間を要した。

それは2年の春だ。

きっと春という季節が僕に勇気をくれたのだろう。

彼女とは手を繋ぐところから始まり、ハグやキスそしてHまで。

そして僕は恋人という人生においての蜜を知った。

今では理由も思い出せないが彼女はあっという間に別れた。

しかし、恋愛の全てを…そう別れも含めて全てを知った僕は次の恋愛もそう遠くはなかった。

もちろん、恋を理解していない僕が恋愛の全てなど語れるはずはないのだがその時は全てを経験したと思っていた。

色々な恋愛をしていく中で次第には別れる前提での付き合ったりもしていた。

そんな恋愛に軽くなっていっていた僕に新たな出会いが訪れる。


今まで付き合ってきた子達はどこか自分と似ていて恋愛をするのも楽だった。

しかし、彼女はそうでは無かった。

かなり不思議な子で自分に好意があるのかどうか全く分からない。

恋愛の話を振ると恋について聞かれた。

そこで久しぶりに思い出すことが出来た。

自分は恋愛をしていても恋は全く分かって居ないことに。

どうやら彼女も恋については分からないと言っていた。

そこで僕は「僕と付き合ってみればわかるんじゃない?」と持ちかけた。

そしたら「確かにそれもありね」と、案外簡単に付き合えたのだ。

それが大学4年の春だった。

以外にも彼女とは上手くいき大学を卒業しても関係は続いた。

しばらくして同棲を始めると彼女が突然言い出した。

「私、恋については理解出来たみたい。」と。

僕はこれを別れの言葉と受け取ったがそうではなかった。

「だから、私に愛について教えて欲しい。」そう彼女は続けて言った。

これは彼女なりのプロポーズの言葉なのだ。

その時の僕は恋については理解出来ていたつもりだった。

そして彼女に向けているものも恋だと。

だが、愛とはなんなのかは理解出来ていなかった。

僕は予め買っていた指輪を取りだし「僕も愛を理解したいと思っていた。」と答えた。


結婚生活は楽しいものだった。

時には喧嘩をしてすれ違うこともあったが順風満帆だった。

そして子供が生まれる。息子が生まれたのは4月だった。

そしてこの頃から自分の中で春という季節に親近感を持っていた。

自分の中の転換期はいつも春なのだ。

しかし直ぐにそうでは無いことを知る。

彼女が翌年の3月に無くなったのだ。

事故だった。

彼女は愛について知れたのだろうか。

きっと知れただろう。僕が愛を理解出来たように。


そこからは男手1つの子育てが始まった。

周りからは再婚をしろだの言われたが当時の僕にはそんな気はなかった。

今思うと再婚しなかったことで息子にはかなり迷惑をかけてしまったのかもしれない。

母親の居ない子供、それだけでグレたのは想像できるだろう。

反抗期にはお互いに手が出ることもあった。

それでも息子は高校まではしっかりと卒業してくれた。

そして息子は高校を卒業した春に家を出て1人寂しい生活が始まった。


そこから5年間はただ仕事にあけくれた。

ある時、息子が紹介したい人がいると言ってきた。

相手は誠実で真面目な女性だ。

息子にもったいないくらいたと思った。

そこで息子から今まで育ててくれた感謝の言葉を長々と言われた。

妻が死んだ時から流していなかった涙がそこで流れた。

すこしすると孫が生まれ、息子との関係が良くなったこともありよく遊んだ。

妻が生きていればどんなに幸せだったのだろう。

そう思う日も多いが今でも十分幸せだった。


少し体調に異変を感じ病院に行くと末期の癌だと告げられた。

突然だった。それまで健康当然だったのだから。

そこからは辛い抗がん剤治療と入院生活が始まる。

息子や孫も頻繁に見舞いに来てくれた。

それだけが生きる希望だった。

しかし、治る見込みは当然なく余命宣告をされた。

どうやら来年の春は迎えられないらしい。

僕の人生において春は色々なことをもたらしてきた。

それはいいこともあれば悪いことも。

今回ばかりは春は来ないらしい。

出会いと別れの人生、悔いがない訳では無い。

息子にもっとしてやれたこともあっただろうし、孫の成長も見たい。

先で待っている妻にもきっともっと多くの幸せを与えることも出来ただろう。

まぁ、妻には時期に会える。

天国で別の男を作ってなければいいが。

それにこっちはかなり老けてしまった。

あっちではきっと歳を取らないだろう。

そんなことを思いながら外の雪と共に眠りについた。

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