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後編 勇者に転生した私と男子高校生との因縁

 恥の多い生涯では決してなかったけれど――誇れる人生でもなかったけれど、人を呪ったことがまさか本当に末代までの罪になるなんて思いもしなかった。

 あの時はただ、私の恨みつらみを藁人形にぶつけて解消を図っていただけなのに。

 あの男子高校生に、私が経験した屈辱を少しでも味わってほしかっただけなのに。

 それが、どうしてこうなってしまったのか。


 私の人格がこの身体に追いついた日、ダークスーツの上に赤いコートを羽織った神――マヤは私に言った。


「人を呪わば穴二つ。お主の半生に同情はするが、人を呪った罪は重い。まずは自身の罪を償うことから始めよ。罪を償い徳を積めば、いつか戻れる時が来る」


 一体何を言っているのか分からなかったが、私が世のため人のためにその身を費やせば男の姿から解放されることだけはわかった。

 だからこそ私は、人に頼まれるままに依頼をこなし、血生臭い魔物討伐を請負い、野党を蹴散らして魔王を討ち果たした。

 だというのに、私はずっと男の勇者のままだった。

 勇者の私に言い寄るのは女ばかりで、本当に辟易した。

 私は女なのに。

 どいつもこいつも私利私欲。


 だからこそ、赦せない。

 私をこんな目に遭わせたあいつを――決して赦さない。


「銘々準備は良いかの」

「良い訳ないだろ! なんだよアイツの装備、上から下まで完全装備じゃねえか!」


 金髪の小娘――ユエの声が青空にこだまする。

 こんなののせいで私の人生が歪んだなんて、腹立たしい。

 しかも女の応援なんて連れてきやがって。

 この男はどこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。


「一対一の試合としか聞いていない。ならば装備を整えるのは普通でしょ」

「だからってプレートアーマーなんて大人げねえぞ!」

「負けた時の言い訳づくりなんて、子供らしい」

「言わせておけば! こんな小娘相手にそんな大人げないからフラれるんだよ!」


 落ち着け私。どうせ私を煽り立てるのが目的だ。

 大方、開始前に動いたことを理由に判定負けを言い張るつもりなんだろう。

 何故ならこれは殺し合いではなくただの試合。

 あの子供にはルールで勝つ以外の勝ち筋なんて――魔王討伐を果たした私に勝つなんて有り得ないのだから。


「ルールは一対一。二人以外の手出しは無用。時間と場所の制限は無いが、町に影響を与えることは禁じる。戦闘不能になればその時点で試合終了。何か異論はあるかの」

「死なないだろうな」

「どちらが怪我しようとも儂が治してやる」

「ユエちゃんファイト!」

「他人事だと思いやがって……もう少し向こうを煽るとかしてくれ」

「第三者の盤外戦術は禁止じゃ」

「そりゃあ残念」

「反則負けでも期待したのかもしれないけど、そんなガキの小細工が効くわけないだろ」

「そんなガキをぶちのめそうなんて、どうかしてるよ」

「馬鹿なガキをしつけるのは大人の役目」

「その馬鹿に恋焦がれやがって」

「二人とも口だけは達者じゃの。それでは」


 マヤは右手を高く上げ、そして――


「尋常に――はじめ!」


 手が振り下ろされた瞬間、ユエは一目散に走り出した。

 どうせそんなことだろうとは予想していたが、まさかここまで予想通りなんて。所詮子供の浅知恵。

 大方その辺にトラップが仕掛けてあるんだろう。しかし火薬がロクに無い世界じゃ威力なんてどれも程度が知れている。気を付けるべきは落とし穴だが、そんなものは同じ道を走っている限りは無いも同然だ。

 せいぜい向こうのペースに飲まれて我を失わない様にしなければ。

 同じ過ちを、二度と繰り返さないために。


「あんなデカい啖呵切っといて、やることはただの追いかけっこかよ!」


 時折こちらを振り向きながら私を煽り立てるが気にしない。

 向こうが疲弊して脚を止めるまで、私はただ一定の距離を保って走ればいい。プレートアーマーを着こんでいようと大剣を背負っていようと、そんな重り、体力差を補うハンデになりはしない。

 私はこの装備で三日三晩戦い、魔王を倒したのだから。


 ユエはくねくねと、本当に分かりやすく――土の色が違う場所を避ける様に走る。

 私もその動きを真似て走る。体格差の小回りなんて、有って無いような物。

 向こうの顔色に早くも疲弊が見え隠れしてきている。体力は見た目通り、無いに等しいようだ。


「なんだ、鬼ごっこはもう終わりか?」

「うるせえ! まだまだだ!」


 そう叫ぶとユエは急に角度を変えて、そのまま林の中へ突っ込んだ。

 身長差を考えて糸を使ったブービートラップを張ったんだろうが、発動から避けるまでの時間差までは考慮できていない。

 だからこうやって発動させても、ほら。降ってくる丸太なんて怖くない。こんなもの、目を瞑っていても避けられる。


「せっかく用意したんだぞ! 少しは引っ掛かれよ!」


 疲弊の表情が色濃く出ている。もう終わりか。

 あの林の出口がそのままゴールになりそうだが、まだ焦らない。余裕があるのは私なのだ。

 最後まで大人の余裕を見せてやろうではないか。


「うおおおお!」


 林の出口に差し掛かった時、ユエが急に雄たけびを上げて全力で走りだし――その出口で思いきり幅跳びをした。

 虚を突いたつもりかもしれないが、そんな行動に何の意味も無い。

 私は、彼と同じ位置で跳び、同じ位置に着地した――



 ところで、足元がそのまま抜け落ちた!


「――っ!」


 穴に手を掛けようとしても、塞いでいた板がそのまま割れて崩れ落ちてくる。


 気付けば穴の底だった。

 ここから外までは目測で5mは余裕であるだろう。ご丁寧に鼠返しの様に底の方が深く広く掘られている。抜け出るには少し骨が折れそうだ。

 だが、裏を返せばその程度。


「まったく、男になると体重ってのを気にしなくなるもんなのかね?」


 穴の上から顔を覗かせることなくクソガキは言う。

 どうやらまだ勝負は継続中らしい。


「負けを認めろよ勇者様よ!」

「認めるつもりはない」


 黙っていても良かったが、返さなければ負けになる可能性があった。

 こんな試合の勝ち負けなんてどうでもいいが、それでもあんなのに負けるのは癪だった。

 そんな惨めで辛い思いなんて、死んでも御免被る。

 ここを生きて這い出て、私を軽んじたことを後悔させてやる。

 それにしても……何だか息苦しい。


「あっそ。じゃあ死ね」


 真っ赤に燃える炭が大量に降ってきた。



 *



 酸欠で倒れた勇者はマヤによって救出され、蘇生も無事に行われた。

 よかったよかった。これで本当に人殺しなんて――ましてや英雄殺しになっていたら洒落にならなかった。


「穴掘りは協力したけどさ、あれはさすがにどうかと思うよ」


 エリックの視線は冷ややかだった。

 しかし仕方あるまい。互いに命懸けだったんだから。


「何があったかは知らないけどさ、あれは勇者に対する仕打ちではないよ」

「じゃあ俺がなますにされてもよかったのか? 命が残っても髪の毛は絶対に残らなかったぞ」

「やることが卑怯なら言うことも卑怯だ」


 エリックはそう言って口を尖らせるが、しかしこれ以上のハッピーエンドはどうやったって望めまい。


「本当に貴様は卑怯だ」


 噂をすれば影、クソザコ美少女に負けた最強勇者様のお出ましだ。

 マヤの説教が効いたのかそれとも蘇生直後なのか、勇者様はしっかり顔を出していた。


「まさか本気で私を殺しに来るなんて」

「お互い様だっての。そんな装備できやがって」

「これはただの重りだ。その証拠に剣は一度だって抜いてない」

「なんだ、負けた言い訳か?」

「……そうだな。すべきは言い訳じゃなかったな」


 そう言うと勇者は腰を曲げ、頭を下げた。


「すまなかった」

「……なんだよ、やけに素直だな」

「怒りに任せて呪ったこと、許してほしい」

「許せるか!」


 そんな軽々しく許せる様な罪じゃねえ!

 男子高校生にとってこの禁欲生活がどんだけ地獄だと思っとるんじゃ!


「ユエちゃん!」

「な、なんだよ」

「大の大人がこうして頭を下げてるんだからさ、許してあげなよ。ユエちゃんはあんなことまでしたんだし」

「はん! 相手が頭を下げてるから許せだなんて、そんな主張俺は嫌いだね」

「ユエちゃん」

「……けどまあ、俺も悪かったと思ってるし……。ここはエリックの顔を立てて、互いに水に流すってことなら……」

「……ありがとう」


 ようやく勇者は頭を上げた。

 憑き物が落ちたような晴れやかな顔がなんか腹立たしい。


「エリックちゃんも、ありがとう」

「エリック……ちゃん?」

「あの――わ、私は……男です!」


 顔を真っ赤にして起こるエリック。

 どうやら憧れの勇者様に女と間違われたのがよっぽど恥ずかしいらしい。

 勇者は一瞬目を逸らし、考えこんだ後、


「……すまなかった。エリック君」


 と言い直した。


「これからどうするんだ。勇者様」

「もう一度旅に出るよ。自分を見直すために」

「自分探しならインドがお勧めだ。昔は天竺なんて呼ばれてたそうだぞ」

「博識だね。もし戻れたら行ってみるとしよう。本場のカレーも食べてみたい」


 そう言うと勇者はもう一度、今度は軽く頭を下げて、頭を上げて夕日へ向かって歩いて行った。

 俺らはその姿が見えなくなるまで、なんとなく眺めていた。


「ねぇ、インドって?」

「多分いいところ」


 非常に疲れた一日だった。

 それでも、少し充実した気持ちが胸の中を満たしてなんとも気持ちがいい。

 今日の晩飯はなんでも美味そうだ。

 



「――なんとも気持ちよさそうな面をしているが、仕事は終わっとらんぞ」

「どっからでてきた!」


 せっかく気持ちよく終わるはずが、この疫病神め。


「よもや忘れておるまいな。掘った穴の処理を」

「…………」

「二人とも、穴を埋め終わるまで返さんからな」

「私も!?」

「儂が最後まで見届けてやるから、しっかり埋めよ」

「私は関係ないよね!?」

「お主は抜けた勇者の穴埋めじゃ」

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