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前編 クソザコ美少女に転生した俺と勇者の因縁

 ユエ・シーナマタに転生して三ヶ月が経った。

 呪いによって魔物のいる異世界にクソザコ美少女として転生しました、なんて知ったときはどうしようかと思ったが、人間頭を使えばそこそこ程度にはなんとかなるらしい。初日に俺をぶっ殺してくれたアルミラージも今やちょっとした小遣いだ。

 そのせいで冒険者の昇格試験の条件に『罠の使用を禁じる』の一文が増えてしまったので、後輩たちには申し訳ない気持ちが無いでもないが、元より俺以外の人間は正々堂々戦っていたらしいので諦めてもらうとしよう。

 昇格試験の目的を思えば、それこそが正しい姿なのだから。


 ああ、俺も早く元の正しい姿に戻りたい。何故健全な男子高校生が13歳美少女にならねばならんのか。

 曰く、前世で俺がナンパした女子の誰かに恨みを買ったばっかりに『男に追われる呪い』をかけられて、呪い殺されたそうだ。

 なんちゅう逆恨みじゃ。

 おかげでどれだけ女に飢えてもナンパなんて出来やしない。


 ならばと大衆浴場に行けば『神様の検閲』だとか言って、重要な部分には常に湯気かかるようになってるし――自分の身体でさえそうなってるとは思わなかった――じゃあ着替えをしようとすれば謎の光が自分にもかかる完璧な仕様。

 これが呪いならまだしも、これが神のご加護だと言うのだから、そんな疫病神、とっとと縁を切ってやりたい。この世はどこまで言っても地獄だ。


 その疫病神――マヤは現在、冒険者ギルドに併設された軽食コーナーで優雅に食後の茶をすすってやがる。三度三度飯代を俺にタカりやがって。しかもそのお茶、おばちゃんからのご厚意(サービス)じゃねえか。得意の男装でちゃっかりサービス受けやがって。ああ忌々しい。


「駄目だよユエちゃん。そんな顔したら可愛い顔が台無しだよ」


 なんて言いながら、エリックは俺の髪を手櫛で梳かす。

 エリック、お前はお前でいつの間に俺の後ろにいたんだ。俺の後ろに立つなとは言わんが、せめて一声かけてから髪の毛に触ってくれ。中身が男の俺でも変態が現れたんじゃないかとビビるから。


「いつって言われても、私はたった今来たところだよ」

「そうか。俺はお前と友人のつもりだが、それでも最低限の礼儀として一声かけてから髪の毛梳かしてくれないか」

「わかったよ。じゃあ触るね」


 言って、本格的に髪の毛を弄り始める。

 エリック(17歳)。黒髪のポニーテールと可愛い顔に似合わない戦闘の傷が特徴の変態。

 俺が転生(厳密には転生前の記憶が戻った)したその日に出会った、なんだかんだ腐れ縁の悪友。

 だと俺は思っているが、向こうはどう思ってるのやら。


 エリックは俺が転生した男だとは知らず、事故で今の性格になってしまったのだ思い込んでいる。偽の情報を植え付けた犯人は勿論、かの疫病神(さらっとお茶請けのクッキーが増えてやがる。追加注文じゃなかろうな)。

 冒険者の昇格試験に受かったのもひとえにエリックのおかげの部分があるので、感謝はしている。


 しているのだが……シスコンと言うかロリコンと言うか、そういう性癖を抑えてはもらえないだろうか。俺だってそこまで見境ない性癖は持ち合わせちゃいない。

 声も顔も仕草も可愛い女のそれなのに、男だっていうんだからタチが悪い。

 俺の魂に溜まり続ける健全男子の熱いパトスは、案外こいつによるところが大きい気がする。


「本当、最近遠慮が無くなったな」

「そうかな。これでも遠慮してるつもりだよ」

「どこが」

「お兄ちゃんはこれでも、ユエちゃんに嫌われないように色々耐えてるんだよ」

「……ちなみにどんなことを?」

「言っていいの?」

「俺のキャパを超えたら止めるけどな」

「分かった」


 エリックは俺の髪を丁寧に梳かしながら続ける。


「まず、お兄ちゃんって言わせたいのを我慢してる」

「それは知ってる」


 流れるように出てくるシスコン、あるいはロリコン。

 だが、これで止まるエリックではなかった。


「そのほっぺたをぷにぷにしたい。髪の毛を毎日手入れしたい。色んな服を着せてみたい。ああそうだ、一緒に服を買いに行くのもいいな。それからお昼を一緒に食べて、湖で夕日を眺めながら手を繋いで語り合って。お風呂に入った後は一緒のベッドで添い寝。もちろん腕枕はしてあげる。時々ユエちゃんが寝相悪くて布団を蹴飛ばすんだけど、それを私が起きて仕方ないなあって言いながら直すの。朝になったら勿論私が先に起きるのね。で、窓を開けて朝の陽ざしがユエちゃんの白い肌を照らして、ああ朝からユエちゃん可愛いなぁって思いながらその顔を撫でるの。神様、ユエちゃんをくださりありがとうございます。ユエちゃんは今日も可愛いですって祈りを捧げて、水で濡らした指でユエちゃんの唇を軽く濡らして――」

「ストップ。ストップだ」

「ほらね、遠慮してるでしょ。私はまだ一割も語ってないよ」


 ほらね、じゃない。

 完全にホラーだ。平然と喋るような話じゃない。

 しかも途中からお泊りデートになってるじゃないか。俺は男とデートするつもりも、ましてや同じベッドで寝る趣味も無い。

 ……まあ、俺の健全男子たる男子成分が限界になって、エリックが女装してしまったら一線超えてしまいかねない気はするのだが。


「なぁ、エリック。ちょっと頼みがあるんだが」

「なんだいユエちゃん」

「俺の人格が元に戻ってエリックを好きになるかもしれない方法があるんだ」

「具体的に教えて」

「ちょっと上半身裸になってくれないか」


 一線を超える前にエリックの身体に慣れておこうという、言わばワクチン的な考え方だ。今のままでも十分女っぽいのでひょっとしたらそれが原因で一線超えそうな気がしないでもないが。その時はその時だ。腹を括ろう。

 なのに。


「それは駄目」


 エリックは俺の提案を断った。


「なんでだよ」

「ユエちゃんはまだ子供でしょ。男の裸を見るなんてまだ早い」

「いや、この間筋肉自慢コンテストで見てたし――」

「それでも駄目」

「エリックのケチ、変態、ロリコン」

「変態でもロリコンでもケチでも結構。はい、出来たよ」


 気付けば俺の髪はエリックと同じポニーテールになっていた。この時季は首元がすぐ蒸れるのでありがたい。


「サンキュー」

「どういたしまして」


 礼を言ってエリックの方を振り向くと、エリックは櫛に絡まった金色の髪の毛の一本一本を丁寧に抜いていた。道具を大切にするなんて、なんともエリックらしい。

 なんて思うのは大間違いである。


「その抜いた髪の毛の使い道は?」

「ユエちゃんの人形を作るん――あっ!」

「今拾った髪の毛、今すぐ燃やして捨てろ」

「嫌だ! 私の夢なんだ!」

「じゃあ脱げ! 脱いだら髪の毛なんていくらでも切ってくれてやる!」

「それは駄目! 同じ髪型に出来なくなる! それとユエちゃんにショートヘアは似合わない!」


 格闘すること三分。

 いくら体力がついたとはいえ所詮はザコチビ美少女、年上男子に体力で勝てるはずもなく、あっという間に組み伏されてしまった。

 っていうか、屋内で暴れている俺らを誰かしら止めに入れよ。なんで美少女がこんなになってるのに誰も来ないんだ。

 と思っていたのだが、その答えはすぐにわかった。

 ギルドの職員と俺ら以外、誰もいないのだ。

 いくら片田舎の朝とは言え、これまでにこんなことは無かった。


「――ああ、そうそう。思い出した」


 仰向けの俺に馬乗りになりながら(心なしか顔が火照っている様に見える)、エリックは言った。


「こっちに魔王討伐した勇者が来てるらしいんだよ――」

「――見つけたぞ!」


 エリックが言い終わると同時に、階段からやたら威勢の良い声が響いた。

 階段から現れたのはフードを目深に被り、身体の線をマントで隠した、やたら体格のいい男だった。エリックのせいで最近は男女の区別が怪しい感じになってきた俺でも、アレが男なのは一目でわかる。

 なんせ後ろから美女を侍らせているのだから。

 奴が何であれ、俺の敵なのは間違いない。


 男は美女達を片手であしらうと(そんな扱いするなら俺に寄越せ)、単独で一直線に向かってきた。

 自称神の元へ。


「ようやく見つけたぞ、マヤ!」


 フードの男はマヤの前に立つと、威圧するようにテーブルに手を叩きつけた。


「はて。儂を呼び捨てにするような輩なぞ、知り合いにおったかの」


 それに対しマヤは、全く意に介す様子もなく茶をすすりクッキーをつまむ。


「食後の一服は大切じゃぞ。食ってすぐに動くのは身体に悪いからの」

「黙れ! 悪いのは全部貴様じゃないか!」

「静かにせい。埃が立つ」

「……ユエちゃん知ってる人?」

「知らん。それよりもいい加減そこをどけ」

「あ、ごめん」


 ようやくエリックは立ち上がり、俺はその手に引き起こされた。まったく、馬乗りになったのがエリックじゃなければ、蹴り上げて俺と同じ玉無しにしていたところだ。

 それにしてもあの命知らず、一体何者だろうか。

 面白そうなのでもう少し遠目に眺めていよう。いつの間にか階段にも受付にも観衆が出来てるし。


「まず席に着け。そして顔を出して名を名乗れ。それが人と話をする上での最低限の礼儀じゃろうが」


 どれほど威圧しても変わらず淡々と説教する男装の変人に根負けしたのか、男はようやくフードを脱いだ。

 フードの下の顔は、なんとも端整な顔立ちの――認めるのが実に腹立たしいイケメンの好青年のそれだった。なるほど、そりゃ女が集まるわけだ。観衆も奴の顔にどよめいている。


「違うよユエちゃん」


 エリックが小声で言う。


「違うって何が」

「あれがさっき言った勇者だよ」

「……は?」

「あの顔、新聞に載ってたから間違いないよ」


 あのイケメンが勇者だって?

 その勇者がなんだってわざわざ自称神なんかに食ってかかってるんだ?

 美女侍らせて毎日乾く暇のない天国生活送ってるような人間が、ようやく仇敵を探し出したような態度。

 ……なんか引っ掛かるが、まあいい。

 魔王討伐ついでに裏ボスも退治してもらえるなら俺としては文句はないのだが。


「この顔、忘れたとは言わせない!」

「ああ、新聞で見た顔じゃな」

「ふざけるな! 貴様のせいで私の人生は地獄一辺倒だったんだぞ!」

「記憶にない咎を責められても困る」

「私は男として生き、魔王を倒して、世界を救ったんだ。いい加減女に戻せ!」



 *



 話を聞いてみると、何と勇者は俺と同じ境遇で、前世は俺と同じ世界の人間だったらしい。違うのは勇者は元が女だったことくらいか。

 ちなみに、エリックには適当な事を言って席を外してもらっている。あとでお兄ちゃん連呼を強要されそうだが、それくらいなら我慢しよう。


「まさか魔王を倒しても戻れないなんてな……」


 俺のライフプランに早速陰りが見えてきた。

 魔王討伐を目標としちゃいなかったが、まさか魔王を倒しても元に戻れないなんて。


「儂は徳を積めばいつかは元に戻すと言ったが、魔王を倒せとは一言も言っておらんぞ」


 俺達の元凶はさらっと言ってのける。


「世界を救うのは十分な徳じゃないか!」

「言うほどその魔王が世界を貶めていた様には儂は思わんがの。現にこの発情猿も平穏に過ごしてたわけじゃしな」

「誰が発情猿だ」

「魔王を倒した後はどうじゃ。周りに勇者と持ち上げられて良い気になっておらんかったか? 元に戻れぬ焦りを誰かにぶつけておらんかったか?」

「…………」

「心当たりがあろう。自ら積んだ徳を崩していては世話ないわな」

「私は頑張った! この十年、女に戻りたい一心で……ひたすら周りの期待に応え続けた! 好きになった人に女が出来ても、私は堪えて祝福もした!」


 字面だけ見ると女のそれなのに、男の姿で言うと、どうしてもそう言う風に聞こえてしまう。


「――それなのにまだ、私には足りないっていうのか!」

「足りん」


 女児の様に泣き叫ぶ勇者に、自称神はバッサリと――冷淡に言い切った。

 初めて見るその冷酷無慈悲な姿に、俺は思わず身震いをした。


「経緯は同情に値するが、それでも主は重罪人。それを償って初めて物を言えるのではないかの」

「……重罪人って、この勇者が何したんだよ」


 さすがに見た目が男とは言え元は女、同じ境遇として肩入れしてしまうのも仕方がない。

 元は女だし。


「前世の話じゃ」

「いや、その前世の話を知りたいんだが」


 勇者はうつむきながら首を縦に振った。

 話して構わないという事だろう。


「此奴は自身が傷心中に好意を見せておきながら、あっさり他の女に乗り換えた男が赦せなかったそうじゃ」

「……ああ、そりゃあ同情の余地があるか」

「当時彼女は二十代で男は高校生、歳の差から犯罪だと思って嬉しく思いながらも男の好意に答えなかった」

「それは良い事じゃないか」

「すると男は一切傷心することなく近くにいた別な女に声を掛けに行った」

「なんと醜悪な!」

「それに怒り心頭し、『男に追われる人生になればいい』と、その男を呪ったんじゃ」

「……どこかで聞いたな」

「人を呪わば穴二つ。此奴も同じ呪いに掛かり、この世界に女に追われる男として転生してしまったという訳じゃ」

「…………」

「そして何の因果か、その二人はめでたく顔を合わせとるわけじゃな」

「…………」

「…………」

「……そうか、そうかそうかそうか! 貴様があの時の男か!」


 勇者は泣いてはいなかった。

 怒りの形相は、纏った威圧感は、勇者ではなく最早魔王のそれだった。


「ここで会ったが百年目! 積年の恨み、ここで晴らしてくれる!」

「待て待て待て! 私はただのクソザコ美少女! 戦う意思なんて無い!」

「黙れ!」

「殴るのか!? 魔王討伐した勇者がか弱い少女を殴るのか!?」

「私も中身は女だ!」

「身体は男だろうが! 神様もなんか言えよ!」

「このまましこりを残したままでは互いに生き難かろう」

「おい!」

「――じゃが、このまま怒りに身を任せては無益な殺生にしかならんな」


 茶を飲み干すと、マヤは言った。


「一月後じゃ。互いに頭を十分冷やしてから一対一で試合するがよい。神である儂が一切の贔屓無しに立ち会ってやる」



 *



 やれやれ、とんでもないことになってしまった。

 魔王を倒した勇者が前世の因縁とかどうなってんだこの世界は。いくら向こうが頭冷やしたって、なますにされるのは目に見えている。


「エリック」

「…………」

「お兄ちゃん」

「なんだい、ユエちゃん」


 にこやかな笑顔でこちらを振り向くエリック。

 俺にお兄ちゃんと呼ばれるのがそんなに嬉しいか。


「例の勇者の戦い方を知ってるか?」

「大剣を振るうって事しか知らないよ。仲間には魔法使いがいるらしいけど、勇者の魔法は聞いたことがないね」

「じゃあ遠距離戦に持ち込めば……無理だ。あれにそんなのが効くとは思えん」

「そうは言っても人間なんだし、当たれば効くんじゃないかな」

「魔王を倒す様な勇者に矢が届くとは思えん。弓を絞る間に距離を詰められるのが見える」

「じゃあ諦めてごめんなさいするとか?」

「ごめんで済んだらこんな悩まない」

「それは困ったなぁ」


 と言うが、頼られるのが嬉しいのか終始顔が緩みっぱなしだ。


「……仕方ない。アレをやるか」

「アレって?」

「エリック、手伝ってくれるか?」

「…………」

「……お兄ちゃんお願い。ユエに力を貸して??」

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