290話
「ふう、あなたがこの世界を考えずに攻撃してきそうになったときは焦りましたが、ようやく効果が発揮されたようですね」
安堵するベリアル。
その視線の先には死神が横たわっていた。
◆
少し前に遡る。
死神の感じていた違和感というものは原因が分からぬまま徐々に酷くなっていた。
それでも、センスと小さな体を生かし互角の戦いを続けていた。
相変わらず無言のベリアル。
死神もしゃべる余裕はなく、無言である。
痕跡を残さないための無言と余裕がないための無言。
その差が縮まる事はなくベリアルの打撃が死神を捉えた。
その一撃で倒される事はなかったものの立ち上がる事は出来なくなっていた。
◆
ようやく罠が作動したことに喜びを隠せず痕跡を残さないということを忘れ、喋り出す。
「あなたがここまで早く力を蓄える事は想定外でしたが、こうやってこの世界を抜け出そうとすることを想定しないはずがない。その体には少々細工をさせてもらっていたんですよ」
丁寧な言葉使いだが、死神を嘲り笑うような声である。
死神の感じていた違和感はその細工によるものだった。
本来体の主導権を他人から奪うとき、大きな抵抗を食らう。
しかし、死神はそれをまだ受けていなかった。
元の体の持ち主が目覚めていなかったからだ。
この体の持ち主、つまりソラの意識が体に少し残っており、それが目を覚ましたため、抵抗となって現れたのである。
ベリアルがわざわざ来たのはそれを促すためでもあった。
「さて、そろそろ終わりにしますよ?」
「悪いがここからは俺が相手だ」
死神に止めを誘うとするベリアルを呼び止めたのは獣人の王。
黄金のたてがみが風でなびく。
紛れもなくこれがサテュロスの本気の形態。
普段は封印されている力を世界の異物を排除するために解放したのだ。
「獣人の王兼精霊王ですか。この状況であなたに何が出来るというのです?」
死神を監視する時にサテュロスのことを見ていたのだろう。
「色々出来るぜ、例えば」
天に向かって合図のようなものを出す。
しかし、何も起こらない。
「はったりですか?良いでしょう。先にあなたから始末しましょう」
死神をあと一歩のところまで追い詰めたという高揚感から饒舌になっている。
この世界に痕跡を残さないという事は完全に忘れていた。