娘の雪山、父の雪山
昨夜からの雪で、朝には一面の銀世界になっていた。雪は朝になっても降り続き、ようやく小康状態になったのは昼近くになってからである。
BGM代わりに点けているテレビでは、午前のワイドショーに引き続いて、午後のワイドショーでも混乱する駅の様子が映し出されている。相変わらず電車になんとか乗ろうという人でごった返していて、その喧騒が治まる気配は全く無い。少しずつ電車は再開しているということだが、予報では、このあと再び雪が降り出すのだという。
エミは夫のことを思った。いつもよりも二時間早く出勤していったが、果たして会社に辿り着けたのだろうか。昨日に早々とテレワークを決めた自分の会社は英断だったのだと、エミは改めて安堵した。
庭では、保育園が休園になった娘が雪遊びをしていた。小さいバケツに雪を詰めては、それを運んで溢してを繰り返している。どうやら雪山を作っているらしい。エミが仕事の合間にちらちら眺めているうちに、雪山は娘の胸ほどの高さになっていた。結構な大作である。
娘は雪山の前にしゃがみ込んで、雪山を見上げている。手には、いつの間にか人形が握られていた。
「何してるの?」
「これ、ジィジ」
窓越しに問いかけたエミに娘は手の人形を掲げてみせると、やおらにそれを雪山に頭から突き込んだ。足だけが飛び出した様を見て、娘はケタケタと笑っている。
「じゃあ、切るわね」
母からの電話を切ると、エミは細く息を吐いた。頭の整理が追いつかない。
父が死んだのだという。ふらりと家を出たっきり帰らない父を心配して探していたところ、路上で死んでいるのが見つかった。ただ、その死に様というのが、道路脇の雪の吹き溜まりに頭から突っ込んでいたのだという。
「足が飛び出していたことで見つけられたのだから、幸いだったのかもしれない」
そう言う母の声は震えていた。
雪は、予報通りに夕方から再び降り出していた。カーテンを引いてあるので見えないが、窓の向こうでは今も降り続いているはずである。あの、ジィジの刺さった雪山に降り積もっているはずである。
娘の人形は二人一組のキャラクターだ。もう一体ある。夫からは帰れないと連絡がきていた。
「バァバはいいの?」
隣に座る娘に囁いた。娘はエミを見上げてキョトンとしたあと、意味を察したのかニコリと笑った。
これは罪ではない。悪意ではない。ただ親子が二人、雪遊びに興じるだけなのだから。