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わたしだけ

作者: 神無月 零

人は、何かに執着している生き物だと思う。

食、愛、趣味…色々あるだろう。

私だってこんな風になるなんて思ってもみなかった。

「ね、きーくん…」

入学式 私は地元から離れた大学に進学したから一人だった。

同級生の女の子達は綺麗にメイクをして全体的に華やかだ。

カレッジハイというだろうか。

受験という苦しさから解放され、浮足立っている。

私の腕にしっかりと存在を主張してくるシラバスを感じながら、私は帰路へ向かった。

大学の中となると、新入生への歓迎が多くとても話しかけられて鬱陶しい。

「やっぱ大学生なら、海っしょ!スイミングっしょ!!」

「新しいこと初めてみない!?ホッケーどうですか!マネージャー募集してます!」

「青春…と言えばやっぱだよね!!天文学部です!!」

歩くだけで色んな人からチラシを押し付けられ、話しかけられる。

確実にチラシの量が増えていき、荷物は紙だらけに。

何とか家に到着した時には、カバンの中に大量のサークルチラシ

手にはシラバス

慣れない環境と多くの好意の押し付けに辟易としてそのままベッドにダイブした。

大学のシステムあんまり分かってないし、ちゃんと確認した上で授業取らなきゃ…


ドンッ


私の気持ち良い睡眠を遮ったのは和気藹々とした騒がし過ぎる声と壁ドンだった。

学生寮だから賃料が破格の代償として壁が薄い。

隣の部屋の声は勿論、テレビの音声も聞こえる程。

五月蠅…

そして私の隣は運悪くパリピの女の子らしく、よく野太い声も聞こえる。

時計を見ると午後五時。

まだこんな時間なのにもう騒いでるなんて…

イライラが止まらず、少し早いが私は晩ご飯の買い出しにスーパーへ行った。

春先だけどまだこの時間は肌寒い。

徒歩5分圏内にスーパー、ドラッグストア、コンビニがあるのがあの家の賃料に次ぐ大きな利点だ。

野菜の相場を携帯で調べながら、一週間分の食料を購入。

この材料で何を作ろうかな…家に帰ってからレシピを確認しなきゃ。

部屋に帰ると、隣の部屋はより一層盛り上がっていた。

猿みたいに平日から騒ぐなんて一体何をしてるんだ…

溜息をつきながら私はイヤホンを付け料理を作り始めた。

こういう時は洋楽を聞いて集中するに限る。

携帯でブルートゥースを繋ぎ「一人暮らし 簡単 レシピ」で検索を掛けた。

慣れない手付きで包丁を持ち、睨みつけて苦戦しているとあっという間に時間は過ぎていた。

肉じゃがに白米、味噌汁というシンプルな献立でこんなに疲れるなんて…

もっと練習しなきゃな。

「…いただきます。」

私以外誰もいない部屋にポツリとこぼす。

これからこれが日常になると思うと寂しさが身に染みる。

テレビがないから人の声も聞けないし、話し声が恋しい。

「ぎゃははははは!!!!」

門前雀羅を張っている私とは裏腹に隣の盛り上がりは最高潮のようだ。

地元に残ればよかったかな…

『飛行機の距離の大学?!

そっかぁ…寂しくなるな。

私は地元の短大で保育士目指すしさ。

真未ちゃん頭いいし、凄い差着いちゃうなぁ。』

『なんでここなん?……ふぅん。

ま、頭がええから選択肢は多い方がいいわな。

受けるんもタダじゃないんだから、ちゃんと受かれよ。』

…いや考えるのはよそう。

もうこれ以上食欲湧かないや、タッパーに入れて明日のお昼にしよう。

適当に食器を片付けて、風呂へ行った。

浴槽では私の立てる物音しか聞こえず、余計な思考回路を止めさせてくれた。

私、一人なんだ。

風呂を上がり、髪を乾かすのも面倒ですぐ歯を磨いてベッドに横になった。

慣れないことばかりで疲労が溜まっていたからだろうか、あんなに隣が五月蠅かったのにすぐ眠れた。

ピピピピピ

携帯のアラームで目を覚まし、寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こし見慣れない壁に一人暮らしが始まったことを改めて実感させれる。

今日は学科ごとのガイダンスの日か。

取り敢えず30分前に学校に着けば分かるだろう。

必要な物は…

焼きたての食パンにかじりつきながら持ち物を確認。

私服生活二日目だけどもう既に制服の素晴らしさが分かる。

適当に洋服を取り、身支度を整えて学校へ向かった。

シラバス持って皆で授業構成確認するなんて…だったら今日配ればよかったのに…

重過ぎるリュックを背負いながら、教室に到着。

開始時刻より15分早く着いてしまったからか、誰もまだ来ていなかった。

端っこの後ろの席に座りイヤホンに音楽を流す。

私の興味ありそうな一般教養はどれだろう。

やっぱり西洋史は必須だし…ミュージカルも楽しそうだよね。

芸術も日本と西洋で分けられてるしこれは両方取るか?

一般は沢山取ってて損はないし。

どの教授の授業説明で心惹かれるかで決めようかな。

ぱらぱらとめくりながら私は蛍光ペンを取り出し、リストアップを始める。

無心で集中していたからか、いつの間にか教室に人が増えていた。

慌ててイヤホンを外し、教授を見る。

重々しい口を開いて教授が説明を始めた。

どれが1年時生必修科目かどこを気を付けて取るべきかを聞きながらメモを取る。

説明が終わり、先生と相談しながら履修科目を選択できる時間になった。

自分で決めたい場合は帰って良いらしい。

私は荷物をまとめ、図書館へ向かった。

ええと、さっきまとめていたのはここからか。

作業を再開して夢中になっていると、辺りは既に暗くなっていた。

私は急いで図書館を後にして、帰路に着いた。

夢中になると周りが見えなくなってしまうのは悪い癖だなと、荷物を玄関に置きベッドへダイブした。

今日は昨日と打って変わって隣の部屋が静かでこのまま眠気に身を任せたかったが、空腹には勝てずご飯を食べることにした。

「…いただきます。」

空腹をなくす為にご飯を口に入れる。

味はしていない気がした。

実家にいる時と似たような環境だな…

実家から遠く離れた大学に進学したら少しは変わると思ったけど、私自身が変わってないし…

もやもやと嫌なことを考え始めたので、ご飯を早々に食べ終えお風呂に直行した。

お風呂を上がり、授業を組み立て明日には申請をしようと見直しをし支度をしてそのまま寝た。


「ぎゃははっははははは!!!!!!」


隣の部屋は今日も集まって騒いでいるらしく、夜中に不釣り合い過ぎる笑い声で目が覚めた。

やはり隣の女の子はパリピのようだ。

こんなにうるさくされると明日に支障をが出てしまう。

いつもならイヤホンを着けて関わらず、無理矢理にでも眠るのだが虫の居所が悪く私は隣の玄関前に立っていた。

トントン

感情に身を任せたまま、私はノックした。

中にいるのは確実だが、五月蠅過ぎて聞こえていないのだろう。

ドンドン

先程よりも勢いをつけてドアを叩く。

「え、なんか聞こえね?」

「ちょっと~家主行って来てよ。」

「えだるーい。」

下品な笑い声と共に反応しなさそうな対応が筒抜けだ。

もう我慢ならなかった私は部屋から持って来ていた紙を玄関に張り、戻った。

苛立ちを抑えきれないまま、ベッドにダイブし明日寮母さんに相談しに行くことを決めてイヤホンを着けて眠りについた。

パッと目を開けるとアラームより先に覚めてしまった。

私は少し早起きをして、食堂で朝ご飯を食べることに決めた。

そういえばまだ利用したことなかったし、丁度いいかも。

準備も程々に、私は学校へ向かった。

授業の申し込みをしたらやることないし、今日どうしようかな。

図書館に行って自分の好きそうなものを探そうか。

今日の予定を考えているといつの間にか食堂に着いていた。

うわやっす!

食堂ってこんなにお財布に優しいのか…

作るの面倒になったら利用しよ。

朝からこんながっつり食べれないし、カレーに決めた。

食堂のおばさんに注文し、トレイを持って商品を待った。

「あ、昨日の人じゃん。」

声の方を振り返ると、知らない男の人が立っていた。

誰だこの人。

私には思い当たる節がなかったので、慌てて前を向いた。

きっと私じゃない誰かに声を掛けているんだ、それを私が反応してしまっただけ。

あるあるだけど、恥ずかしい。

「昨日そんなにうるさかった?

でもあの後からは割かし静かだったっしょ。

俺が皆に言ったからねーえらい?」

声を掛けて来た人は、私を覗き込むようにべらべらと話してきた。

「あの、私あなたのこと知らないんですが。

どなたかと勘違いされているのではないでしょうか?」

やっとそこで私は彼の彼をしっかり見た。

無造作な髪、どこが目なのか分からない。

でもきっと今目が合っている、ということだけは確信していた。

「あー、ごめんごめん。

昨日君が張り紙張ってた時にさ、遅れて来てた男の子なの。

商学部商学科の遊佐貴史です。

新入生でーす。よろしくね。」

手を差し出して来たと思えば、自分のほっぺを指差していた。

なんだこいつ、気持ち悪い。

「はい、カレーおまちどう!」

丁度良く私のカレーが出来、知らないふりをして彼を通り過ぎた。

大学には色んな人がいると聞いていたけど、ここまでとは…怖い。

見晴らしのいい窓辺の席に腰を下ろし、ご飯を食べ始めた。

美味しい!人が作ったの食べるの大学に来てから初めてかも。

こんなにおいしいんだったらカツカレーにすれば良かった。

さっきのことなんてなかったかのように、私は夢中でカレーを頬張った。

「ねー無視は良くないと思うよ。俺悲しいっ!

そしてじゃーん、俺はカツカレーにした。」

人がこれだけ少なく、沢山他にも席が空いているのに何故この人は私の隣に来たのだろう。

せっかくの美味しいご飯がまずくなってしまう。

「ちょ、そんな怖い顔しないでよ~。

せっかくだしお友達になろ?

俺さっき自己紹介したから次君の番、はいどーぞ。」

勝手に話しかけて来ておいてせっかくだし、とはどういう意味だ。

会話を早々に切り上げたかった私は、仕方なく自己紹介をすることにした。

「…人文学部歴史学科の浅倉です。1年です。」

「え!文系トップの学科じゃん。

頭良さそうとは思ってたけどガチじゃん。

で、で下の名前は?浅倉ちゃん。」

馴れ馴れし過ぎる…普段会話しないようなタイプだからかどっと疲労感が押し寄せる。

また私のつまらない会話を聞くのに子犬のようなキラキラした目を向けるのも罪悪感が生まれてしょうがない。

「浅倉真来です。」

「そっかーー!俺のことは遊佐とかゆっさーとか好きに呼んでね。

連絡先交換しよ。携帯出して。」

有無を言わさず、彼は私の携帯を取り連絡先を登録した。

ご飯を食べている間、ずっと何かしら話していていつの間にか時間ギリギリになっていた。

私は大体頷いていただけだが、とても楽しそうに話すなと聞くだけで面白かった。

学校のパソコンで授業を申し込みして、学科の先生にこれで問題ないかを尋ねに行き問題がなかったので図書館で本を読んでいた。

高校の図書館と違って専門書が多い分、小説は少なかったが問題集なども多く取り扱ってて私はこの空間が気に入った。

本棚を流し見していると、普段震えることのない私の携帯が震えた。

驚きながらも携帯を確認すると遊佐君からだった。

「今晩サークルのイベントあるんだって!

ご飯代無料らしいし良かったら一緒に行かない?」

この人はどれだけコミュ力お化けなのだろう…

昨日部屋の前であったのが初対面で、しかも今朝がちゃんと自己紹介した知り合いなのによくこんな風に誘えるよ。

羨望半分、鬱陶しさ半分といった気持ちで私は返事を書いていた。

「ごめんなさい、サークルに入るつもりはないんです。

誘ってくれてありがとうございました。」

送信した瞬間に既読が着き、すぐ返信が来た。

「体験っていうか知り合い作りに行こうよ!

他学科とも交流できるみたいだし。

俺も本気で入るつもりないよ、タダ飯食べに行くだけ笑」

その後も似たようなやり取りが繰り返され、結局遊佐君に根負けし私は行くことになってしまった。

「じゃあ第一食堂の前で待っててね!」という遊佐君のメッセージを最後に、私は第一食堂の前に立っていた。

大学で待ち合わせするの、初めてかも。

そう意識し始めた瞬間そわそわし始めてとしてしまった。

友達…と呼んでいいのだろうか遊佐君のこと。

連絡先は知っているし、名前も知っているが知り合って間もないから何が好きかなんて知らない。

これはまだ知り合いの関係性か。

そんなことを考えながら立っていると、溌溂とした声があたりに響いた。

「浅倉さー-ん!!ごめん待たせちゃった?」

背の高い遊佐君が笑顔で走りながら、元気一杯に手を振ってこちらに駆け寄って来る。

残念ながら平均身長程度しかない私は、圧倒されてしまった。

「あれ?浅倉さんどうしたの?俺、何かついてる?」

背をかがみながら、私に視線を合わせてくれる。

「あっ…えと、大丈夫です。ごめんなさい。」

「そっか!じゃ行こ~」

そう言って遊佐君は背中を向け、ご飯会を開いてくれるサークルへ向かった。

向かっている間、笑顔で学科のことや取った授業のことを話してくれ私はただ頷くばかりだった。

「あ!遊佐くんじゃーん、その子が連れて来てくれた新入生?」

サークルの先輩であろう人が私を見て、心なしか喜んでいた。

「そうっす!だから同じ班にしてくださいね!!」

「もちろんだよ~。女の子、じゃあこれ書いてもらっていいかな?」

先輩が差し出してきたのは、簡単なプロフィール表とペン。

どうやらこれを書いて個人情報を提示することがタダご飯の条件らしい。

お辞儀をして受け取り、柱を机代わりにして気乗りしないまま着々と埋めていく。

「うわ浅倉さん字綺麗だね。やっぱ性格分かるなぁ。」

いつの間にか私の背後に遊佐君が立っており、近くなっていた私は驚いてペンが止まる。

「ちょっとぉ~遊佐くん、この子びっくりしてんじゃん。

そんな驚かせたら可哀想だよ。」

甘かったるい声が後ろから響き渡る。見なくても分かる。きっとボディタッチを遊佐君にしているのだろう。

明らかに私は場違いだ。もう帰りたい。

心情が表れていたのか、いつの間にかペン先が震えていた。

「……あ~やっぱり俺と浅倉さん帰りますわ。

そういや一緒にレポートしよって話してたよね、すんませんまた来ます~。」

反応する間もなく遊佐君は私の荷物を持ち私の腕を引いて、待ち合わせ場所だった食堂前へぐんぐんと戻った。

急にどうしたのだろうか。

やはり連れてくるんじゃなかったと失望されたんだろうか。

悪い考えがぐるぐると巡る。

背中しか見えなかった遊佐君が私の方に向き返って手を合わせてくれた。

「ごめん!俺良かれと思って今日新歓に連れて行ったんだけど…ああいう場苦手だった…よね?

嫌な思いをさせてごめんね。」

「い、いや。私も明らかな場違いで…申し訳ないです。」

暫く二人で謝り合って、なんだかこの状況がおかしくなって笑っていた。

遊佐君は「今日のお詫び」と言って、紅茶を奢ってくれた。

私も奢ろうとしたら「女の子に奢られる趣味はないんだ。だから今度また会お。」と言われ押しに負けてしまった。

そして私の家まで送ってくれた。

しかも私の荷物をずっと持ってくれたまま。

部屋に戻ってもさっきの出来事が脳内を支配する。

遊佐君は何でこんなに優しいんだ。

こんな陰キャであんな空間で全然話せない私に…

心音がいつもよりよく聞こえ、苦しかった気がしたが知らないふりをして急いで入浴して布団に入って無理矢理寝た。

結局布団に入っても遊佐君のことばかり考えてしまい、全然眠れなかった。

今日の講義寝ない様に気を付けないと…

眠り眼をこすりながら携帯を確認すると、遊佐君から連絡が来ていて心臓が飛び跳ねた。

「おはよ~今日何限終わり??

もし良かったら学校近くのボーリング行かない?

それかカフェでまったりするのもいいね!」

朝から遊佐君の優しさに触れ、私は二つ返事を返した。

今日は1限から必修だし、急いで準備しよう。適当に準備をして、私は学校へ向かった。

教室に着くと、もう既に同じ学科の人たちが着席していた。

グループが出来ており少し騒がしいくらいだ。

後ろの方はもう埋まっているので、教卓の近くの席に腰を下ろす。

授業を受ける準備をしていると、先生が入室して来た。

眉が吊り上がっていて身長が高く、怖そうな先生だと直感した。

「どうも、この講義を受け持つ直中といいます。」

話し方もどことなく強そうだ。この人が必修の英語だなんて結構はずれなのかも…

内心がっくりしながらも、テスト配分やレポート課題の頻度をメモに取りこの先生だけは休まないようにしておこうと胸に決めた。

「ごめん、お待たせ〜。あの先生めっちゃ長くてさ。」

学校で私に話しかける人は、一人しかいない。

この授業をとっていることを伝えていないはずなのに、何故か遊佐君がいた。

しかもマイクを通して説明している教授よりも大きい声で。

そのお陰で一瞬で私の方に視線が集中する。

「そこ、五月蠅いですよ。

皆さんに説明しているので、静粛に。」

私は何も発していないのに…

遊佐君は片手で謝る格好をして、然も当然かのように私の隣の席に座った。

取り敢えず、私は先程より随分と小さい声量で遊佐君に話しかけた。

「何でここにいるの?私この授業取ってること、言ってないよね?」

「あぁ、学科的にこの先生かなって。

先輩が教えてくれてさ。イチかバチかだったけど、当たったわ~。」

なんでこんなに私に構うんだろう。

後で会うって約束していたのに。

やっぱり代返目的?それとも試験対策かな。

私みたいな真面目そうな人間なら誰でもいいんだろう。

たまたま目の前にいたのが私ってだけだ。勘違いしたらダメ。

そう自分に言い聞かせながら、真剣にガイダンスを聞くふりをしていた。

私の胸の高鳴りを感じながら。


「はぁあっ!!

この先生まじだるそー。やっぱ頭がいい学部だと、適当には出来ないんだな…」

90分丸々使ったガイダンスがようやく終わり、遊佐君は体を伸ばしていた。

「というか遊佐君はガイダンスとかなかったんですか?

私は1限からあったけど…」

もしなかったなら、もしかしたら。

淡い期待を抱かずにいられなかった私は、つい聞いてしまった。

彼は少し悩んで、答えてくれた。

「いやぁ、実は俺今日は2限からなんだ。

浅倉ちゃんに早く会いたくなって、つい。来ちゃったよね。」

私に向けられる少し照れたように見える表情が、頭を真っ白にさせた。

「え…」

「っあ!やばい俺次5号館だった!

じゃまたね!授業終わったらまた連絡する~。」

固まっている私を他所に、彼は駆け足で教室を後にした。

私も移動しなければならないことを思い出し、急いで荷物をまとめて次の教室へ向かった。

これはからかわれてる。確実に。

あんな素敵な、陽キャな人が。

そんなことあるわけない。私には勉強するしか能がないんだから。

さっさとこの感情を消し去りたい。

なのに頭の中ではさっきのやり取りがぐるぐると駆け巡る。

『早く会いたくなって』

シラバスを持つ手に力が入り、いつの間にか皺が生まれていた。

2限のガイダンスは1限よりも話が聞けていなくて、授業終わりに先生に確認をしてしまった。

駄目だ…まだ私、遊佐君と会って数日だよ?

それでこんな…私の中に入り込まれるなんて。

私どんだけちょろいの…それとも私一目惚れとかするタイプだったっけ?

私ってどんな人間だったっけ。

物思いにふけっていると、私の携帯が震えた。

『今どこ??

食堂来る??』

画面を見つめる私は確実に気持ち悪い顔をしていたと思う。

二つ返事をして、食堂へ足を向けた。

昼休みの食堂は人がごった返していて、遊佐君を見つけれずにいた。


なのに


「浅倉ちゃん!」


彼はいとも簡単に私を見つけ出してくれる。

まるで初めから見えていたみたいに。

「席取っといた!

早く注文しておいで。」

「あ、ありがとうございます…

直ぐ戻ります。」

財布だけ持って、カウンターに行きうどんを頼んだ。

早く早く早く。

この待ち時間さえ、じれったく感じてしまう。

彼に、彼とまだ話が出来ていない。

ようやく、出来たうどんをお盆に乗せ彼が待つテーブルへと向かった。

「ごめんなさい。

席まで取っててくれて…」

「いやぁ俺がしたくてしてるから。

全然だいじょうぶい!」

眩し過ぎる笑顔とピースを私に向けて、私達はお昼ご飯を食べ始めた。

「そういや、俺この間のサークルに入るんだよね。

浅倉ちゃんはどこにも入らないんだっけ。」

かつ丼をリスみたいに頬張る彼は、真っ直ぐ私を瞳に捉えていた。

「えっ、あぁはい…

私はちょっと…雰囲気を壊しているのが分かるので…

それに私勉強しておかないと、学校から奨学金貰っているから。」

「それ学科で優秀な人しかもらえないやつじゃん!

頭の良い人はすげぇなぁ…

俺とか、高校からのエスカレーターで取り敢えず来たって感じだし。

将来何になりたいかとか何も考えてないよ。」

私達は入学の経緯を簡単に話して、午後のガイダンスへ向かった。

なんか、これまでの人生を互いに話すのって知らないことだらけだからそんなことまで聞けると楽しいというか…少しの優越感がある…気がする。

私は遊佐君ともうそんな話までしてるんだぞって、誰かに声高々に伝えたくなる。

「ふふふ…」

私は自然と零れる笑みを抑えきれず、教室に向かった。



ようやく、ガイダンスが全て終わり明日から本格的な講義が始まる。

携帯を確認するも、遊佐君から連絡はない。

思わず肩を落としてしまった。

しょうがない、寧ろこれまでが多過ぎたくらいだ。

遊佐君には遊佐君の交友関係がある。

私には遊佐君しかないけど。

もう何も気力が湧かなくなった私は、寮に帰ることにした。

ベッドにリュックを投げ入れ、数日前に作っていた肉じゃがの余りを胃に入れる。

皿を洗って、烏の行水をする。

まだ課題が出ていないからもうすることがない。

「遊佐君…」

私以外存在していない部屋に対して、愛しい人の名前を零す。

はぁ…私って依存体質だったっけ。

好きな気持ちが溢れてくる。

声が聴きたい。今何しているんだろう。またサークルの人といるのかな。ご飯はもう食べたかな。シャワーは入ったかな。また昨日のボディタッチやたらしてくる人と一緒にいるのかな。

…駄目だこれ以上考えてしまったら、また暗い方向に行ってしまう。

頭にガンガンと痛みが出て来てる気がする。もうこんなこと考えたくない無心になろう。私はこの頭痛に身を委ねて無理矢理意識を手放すことにした。



電子音で目が覚めて、直ぐに携帯を確認。

私が寝ている間に遊佐君から連絡が来ていないか、淡い期待を抱いていたが儚く散ってしまった。

今まで連絡してくれていたのに。

出会ってからずっと連絡来ていたのに。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで





分かった




これまで連絡をずっとしていたから、今度は私からしてあげなきゃ。

そうだよね、いつもしてくれていたんだから、遊佐君待ってるんだよね。

ごめんね気付けなくて。私からなんて初めてだし…なんて送ればいいんだろう。

やっぱり朝だし、挨拶からかな?

それともなんで昨日連絡がなかったのか聞いてみようか。

もう過去のことを語るくらいの仲だし、それくらい聞いてもいい…よね。

画面と挌闘していると、いつの間にか登校する時間になっていた。

やば!!取り敢えず学校行かなきゃ!!

適当に洋服を着て、リュックを背負って家を出た。

初めての授業で遅刻は絶対したくなかったので、全力疾走した結果無事間に合った。

弊害として、一番前の席しか空いていなかったけど。いつの間にか逸楽している同級生を背に、席に着いた。

授業開始時間を少し過ぎてから、先生というか教授がやって来た。既に遅れているのに謝ることなく授業が開始され、もやもやしていた。

遊佐君なら絶対そんなことしないのに。

なんなら明るく左手を前にして謝ってくれるだろうに。

本当に遊佐君は世渡り上手だよな。

「貴方……話は聞いていますか?

一番前の席で考えこととは随分と余裕なことで。何の為に来たのですか?」

嫌味たっぷりなお言葉を頂戴し、授業に集中することにした。

大丈夫、これが終われば二元は空きコマ。その時に連絡すればいい。

大丈夫大丈夫。

自分にそう言い聞かせて私は時間が流れるのをただひたすら待った。



やっと授業が終わり、ずっと我慢をしていた携帯を見ると通知はゼロ。

あれ?なんで?

遊佐君とのトーク画面を確認すると、確かに私のメッセージは送られている。

既読はついていないけど。

もしかして遊佐君寝坊しているのかな?

それか大学入って早々サボり?

私は居ても立ってられず、遊佐君に電話を掛けた。

何度掛けても遊佐君は出てくれない。

もしかして……お家で行き倒れてるとか?!

あ、でも私遊佐君のお家何処か分からない…

手がもうないと渡り廊下をうろうろしていると、聞き馴染みのある五月蠅い笑い声が響いていた。

あの人達遊佐君と一緒にいたし、もしかしたら知っているかも…

でも、あんな態度を取っていた手前聞きづらい。

もし遊佐君に何かあったら、そう思うと背に腹は代えられないと発起して、話しかけに行った。

「あ、あの…」

「ぎゃははっ!!

えぇ?……ちょっとぉ誰の知り合い?友麻じゃないんだけどぉ。」

近寄ると香水臭い。

何でこんな下品な女に私が話し掛けなければいけないんだ……

思わず鼻をつまみそうになったが、遊佐君の顔が浮かんできて取り繕った笑顔を彼女達に向ける。

「その遊佐君が連絡着かなくて……貴方達お友達ですよね?

何か聞いてたりとかもしご存じだったらお家とか教えて貰いたいんですけど……」

「……あーーー、ごめんね。

俺らゆっさーとまだそんな仲良くなくて全然分からないんだわ。

連絡してるんだったら、その内返ってくるよ多分。」

「わ、分かりました。ありがとうございます。」

役立たずが。

舌打ちしたい気持ちを押し殺して、足早にその場を後にした。

何?あんなに仲良さそうにしておいてそんなに仲良くないだなんて。

本当に使えない。

キャンパス内を歩きながら怒りを抑えられずに、爪を嚙んでいた。

汚い!!私は指を急いでハンカチで覆った。

この癖は受験期のストレスで発症してしまった。

爪は唾液の水分で少し柔くなっている。

人前でこんな癖をしてしまうなんて……そんなに追い詰められているのか。

取り敢えず、気に食わないけどあの男の言うように遊佐君からの連絡を待つしかないか……

大丈夫。遊佐君は絶対に連絡をくれるから。

私は彼からの連絡を待って、何事もなかったかのように普通に連絡すればいい。

ただそれまでの少しの辛抱だ。




「なぁゆっさー、あの根暗女といつ付き合ったの?」

「……ん???どういうこと?」

俺がいない間に、浅倉ちゃんが智幸達に話し掛けたらしい。

「いやいやいや付き合ってないし!!変な冗談やめろよ!!

お、俺は今……」

「ん~そうだよね。

今ゆっさーは牡丹先輩にお熱だもんね。」

「ちょちょ!!!しーーーっ!!!!

誰か聞いてたらどうすんだよ!!!!」

軽く謝罪してくる智幸だが、目は笑っていなかった。

「でもあの女、なんか少し勘違いしてるっぽいかもだから気をつけなね。

連絡とか頻繫に来たりしてない?大丈夫?」

「あー……」

実は浅倉ちゃんからメッセージが50件以上、電話に至っては10件以上来ていた。

どれも「大丈夫?」とか俺の安否を確認するものだったけど、その連絡が来る前は普通に授業の話していたのに何でこんなに心配してるのかよくわからなかった。

「距離、ちゃんと取った方がいいよ。

あの女話通じなさそうだし。」

さっきまでの表情とは裏腹に真剣な眼差しで訴えかけてくる智幸。

「う、うん。心配してくれてありがとう。

気を付けるな。」

その後ご飯を口に急いで運んで、授業へ向かった。


僕は所謂大学デビューだ。

高校では野球部だったから三年間坊主だったし、日に焼けていたから肌は思春期ニキビまみれ。

春休みに入ってからは、やっと伸びてきた髪の毛に嬉しさを覚えながらワックスの練習をしたりスキンケアを頑張ったり、ファッション誌を読んだりしたお陰で無事デビュー出来た。

浅倉ちゃんを見ていると、垢ぬける前の俺を見ているようで放っておけない気持ちが出て来てつい話し掛けてしまっていたけど……

もしかして僕が気があるように接してしまっていただろうか?

至って普通だと思っていたけど…これからは連絡するの控えよう。

折角大学入ったし、他の学部の人とも関わってみたいと思って声掛けてみたけど。

牡丹先輩に勘違いされる方が嫌だ。

まぁ相手にもされていないんだけど……

「遊佐君、学校に来ていたのね。

何で連絡くれないの?」

考え事をしながら歩いていたら突然左肩から浅倉ちゃんが顔を出してきた。

「っ!びっくりした~。

ごめんごめん、ぎりぎりまで寝ててさっき授業終わったから携帯まだ見ていないんだよね。

もしかして何か俺に急ぎの用でもあった?」

悟られないよういつも通り話しながら、距離を少しづつ広げる。

寝ていないのだろうか、目の下にクマがあるように見える。

「………………ふーーーーん、そっか。

じゃあそういうことにしておいてあげる。

でも今後は私の連絡にはできるだけ早く返信してね。私心配しちゃうから。」

「あはは…そんな大丈夫だよ、俺は。

ていうか俺ら付き合ってるわけでもないし、浅倉ちゃんは浅倉ちゃんの生活を送った方が…「え?」…え?」

「何を言っているの?ついこの間付き合うことになったじゃない。

記念日は4月13日。私達二人の呼び方も決めたし。二人きりの時は私のことみーちゃん、私は他の人と呼び方被りたくないから貴之の貴を音読みしてきーくんって呼ぶって決めたじゃない。

あれもしかして忘れちゃったの?さみしいなぁ、これは美味しいパフェでも奢ってもらわないとですな。」

さっきから浅倉ちゃんが何を言っているのか何も分からない。

彼女が話をしているのは日本語なのだろうか、いやもしそうだとしても僕のと会話が成立していない怖い。

僕が広げた距離をじりじりと近づいてくる。

怖い。怖い。

僕は必死に走って次の教室に向かった。後ろで彼女が何か言っていたが、走るのに夢中で何も聞こえなかった。

汗だくの状態で教室に入ると智幸がもういた。

俺の尋常じゃない怯え方に察してくれたのか、何も言わないで隣の席に座ってくれて「後で話は聞く」とだけメッセージしてくれた。

有り難い。

この授業は学科必修だから彼女は入ることはできない。その事実だけで安堵していた。

やっと落ち着いてきて授業を受けていたら、智幸がトイレで離席した。

1コマ90分もあるのに智幸は戻って来なかった。

そんなに体調が悪いようには見えなかったのに…後でノート見せてあげよ。

今日はこの授業で終わりだし、智幸の荷物はそのままだし連絡を待つことにした。

机に突っ伏して待っていると、いつの間にか俺は眠っていた。




寝ているとふとカレーの匂いがした。

もう夕飯時だろうか?お腹すいたなと目を覚ますと、よく見たことがある部屋の造りに彼女がキッチンにいた。

「あ!きーくん起きた?

今日の晩御飯はカレーライスだよ!トッピングで卵かチーズつけれるけどどっちもしちゃう?」

満面の笑みを手足を縛られている僕に向ける。

「いや、これ何………?」

「んーー?んふふ。

きーくん全然連絡くれないから、もう一緒に住んじゃおうと思って。

つい連れてきちゃった。」

「は……?いやいやいやいやおかしいでしょ。

これ外してよ。マジ何考えてんの?」

「こーら、彼女にそんな言い方お口悪いぞ!」




ダンッ!!!




「お友達みたいになっても知らないからね……?」

壁ドンをしてきた彼女の視線の先を見ると、智幸が四肢を切り取られて横たわっていた。

余りの衝撃に叫び声を上げそうになると、口に布を押し込まれた。

「だいじょーぶ。きーくんはあんなことしないよ。

私だけのきーくんだからね。

だから……




私のこと失望させないでね、きーくん。




大好きだよ。」

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