坂の上の
三題噺もどき―にひゃくさん。
日が傾くのが速くなり始めた。
もう既に空は赤くなり始めている。
―これでもいつもよりは早く出たつもりなのだけど。
帰宅部の癖に、学校に居残ろうとする癖は治した方がいいのか…。しかし、あまり早く帰ってもなぁ。
「…ぃよいしょ…」
まぁ、そのまま一直線に返るわけでもないので、早く出なくても関係はないかもしれない。
特にここ最近は。ここ数ヶ月は特に。
「…きっつ…」
今から、数か月前に。
なんとなーく歩いていた道の先。
坂道の先に。
私は、そこを見つけて。
なんというか、まぁ。とてつもなく居心地がよくて。その日から、毎日のように入り浸っているのだ。
「…っはぁ」
しかし1つ、難点があって。
この坂道が、なかなかにきつい。
急とかじゃなくって。緩い傾斜が長々と続いているのだ。長々と、だらだらと。
正直言うと、歩いていく方がましだった。学校が始まってからというもの、自転車で来るようになったのだが…こっちの方が地味にきつい。
「……んしょ、」
だが、それももう。終わりが見えてきた。
ようやく。
まだ、空には水色が残っている。
その水色を背景に、小さな赤い屋根の建物。
「……んっしょ、」
町のはずれの方にある。
小さなお菓子屋さん。
緩く長く続く坂道を登って。少しだけ角を曲がって。その先。
「ついたぁー……」
ペダルから片足を外し、地面へと落とす。
ぐい、と汗を軽くぬぐう。
「おや、いらっしゃい」
「こんにちは~、」
辿り着いた店の前に居たのは、優しい店主と。
「―にぃぁ、」
「今日もかわいいにゃー?」
看板ネコが一匹。
「今日もよってく?」
「はい~」
邪魔にならない所に、自転車を止め、店内へと入る。
店主は店の奥に行った。
「すずし~」
開かれた扉の先から、ふわりと香る甘い匂い。
ガラスケースの中には、色とりどりのお菓子が並ぶ。
ケーキから始まり。マカロンやクッキー、和菓子もある。ゼリーやプリンも。
世界中を旅した店主が、作りだす、可愛くて、美しいお菓子たち。
「そういえば、なにしてたんですか?」
そんなガラスケースの横。
ほんの少し奥まったところ。
1つの机と、2つの椅子。その1つに、座る。
机の上には、いつの間にか猫が居座っていた。
相変わらず、もふもふさらさらだ。
「あぁ、少し水やりしてたんだ」
「あぁ、だから外にいたんですね。」
店の周りにある、小さなプランターたち。
そこには常に緑がある。花は、咲いている印象はないなぁ。観葉植物とかが多いのだろう。
「にゃんは、げんきしてたかー?」
「……」
少々不満げな顔をかえす猫。
こういう所も可愛いのだから、猫とは罪な生き物だ。
「昨日も会ったじゃないか」
「そうですけどねー、ねぇ?」
「…にぃ…」
と小さく呟いて、机から落ちてしまった。
そのまま、もう一つのいつの上に座る。
絶対私の膝には座ってくれないんだよなぁ。
「はい、今日はマドレーヌだよ」
「わぁ、おいしそう~!」
奥から戻った店主は、トレーに乗った皿を、ことりと机の上に置く。
その上には、貝殻のような形をした焼き菓子が2つ。
飲み物は、紅茶。コーヒーはまだ飲めない。
店主は、猫を抱き上げ、膝に乗せ、椅子に座る。
―嬉しそうな顔するなぁ、ねこー。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ。」
パクリと一口。
ふわりと甘い香りが広がる。
口の中で崩れ、転がり。
初めて食べたけれど、マドレーヌとはこんなにおいしモノかと思った。
「んーぉいしい!」
「そりゃよかった、」
―なら次は、これをだそうかなぁ。
猫をなで、コーヒーを口にしながら、店主は小さく呟く。
お題:崩れる・マドレーヌ・坂道