第8話:疑いの眼差し
「……ねえ、聞いた? 例の『焼死体事件』、犯人は赤い髪の女性って言うじゃない」
「あー、聞いた聞いた。何かその事件、目撃者がいたんでしょう? その人の証言からやっと犯人の特徴が分かったみたいで、警官隊も本格的に動き出したらしいわよ。私、ここに来る途中、街で赤い髪の女性が検問所に連れて行かれるのを見掛けたもの」
「そう言えば、ここで働いている店員さんに確か、紅い髪の人が一人いなかったかしら?」
「しっ、何言ってるの。今、向こうにいるじゃない。何かこっち見てるし、嫌だわ~」
あくまでひそひそと、そのような会話があちこちで聞こえてくる中、給仕服に着替えたアレンは黙々と客が注文した料理を運び続けていた。
食事時ということもあり、本来なら賑わいを見せるはずの店内。しかしそれは、一人の人物が厨房から姿を現すことによって、瞬時にその場に居合わせた客達の反応を変えていった。
「……お待たせ致しました。こちら、オリーブとムール貝のパスタでございます」
とあるテーブル席の前で立ち止まり、以前から繰り返してきたマニュアル通りに、アレンは丁寧な言葉遣いと動作で料理を客の前に置いた。
出来立ての料理のいい匂いが辺り一帯に立ち込め、空腹時の客の食欲をそそらせる。
しかし、相手は一向に手をつける様子もなく、ただ顔をしかめてじっとアレンを睨みつけていた。
まるで「料理を置いたのなら、さっさと自分の前から消えてくれ」と言わんばかりに、露骨に拒絶的な態度を取り続ける。
だが、この時アレンは気づいていた。
今、目の前にいる客が心の奥底で嫌悪と同時に怯えの感情も抱いていることに。
動揺で僅かに揺れ動いている瞳に睨まれながら、アレンはこれ以上不要な干渉は避けようと丁寧に一礼した後、速やかに相手の前から離れて、次の料理を取りに厨房の中へと足を踏み入れた。
次の瞬間――。
――やっと、向こうに行ってくれたよ。
――あの人、能力者なのかしら。
――例の凶悪犯かも。
――こんなところで働いてないで、早くどこかに行ってほしいわ。
それまで息の詰まるような空気だった店内から、客のものと思われる声――しかも料理を届けに行った時よりも明らかに数が増している――が、堰を切ったように次々と非難の言葉を口に出す。
中には憶測や根拠のない噂まで流す者がいたが、これらのことは何もアレンだけに起きている現象ではなかった。
つい先程まで、客として一人の赤い髪の女がこの店を訪れていたのだが、周囲から「異質な存在」として扱われることに耐えられなかったのだろう。
料理が提供されるよりも前に彼女は代金だけ置いて、逃げ出すように店から立ち去ってしまったのである。
特徴が似通っているというだけで、人は簡単に人を疑う。差別もすれば、その場から排除しようともする。
恐らくこの店の外側でも、赤い髪の人物達は名も知らぬ誰かと出会う度に自分と同じ目に遭っているのだろう。
今もなお背後から聞こえてくる雑言にアレンは呆れ返った表情でため息をつくと、一度も歩む速度を落とすことなくそのまま厨房の奥へと姿を消していった。
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