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Psychedelic~サイケデリック  作者: 幻想箱庭
エピローグ
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エピローグ:復讐の連鎖は密やかに続く(3)

「……それが、オレを助けた理由なのか?」


 もしこれがメディエーターの作り話だとした場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そもそも器の大きい魂でないとするならば、〈エデン〉を使用しても何の違和感もなくここに立っている自分は何者なのだろうか?


 メディエーターの発言とこれまでの事実が重なり合い、全てのピースがはまった時、アッシュの中の疑心は確信へと変わっていった。


「……どうやらワタクシの話、信じていただけたようですね。そう! 言わば貴方は特別な力を秘めた原石! 磨き方によっては、類のない希少な宝石になれるでしょう! ただし、いくら特別な原石といえども、磨き手の腕が悪ければただの石ころにもなってしまいますがねぇ」


 仰々しい物言いから一転し、滑稽だと言わんばかりにメディエーターはくつくつと笑い出す。

 その振る舞いに、自分の立ち位置が後者に入れられているのだと悟ったアッシュは、内心、憤りを覚えずにはいられなかった。


「――しかし、このままただの石ころで終わらせてしまうのはとても惜しい。どうです? アッシュ・ストリッカーさん。貴方、ワタクシの元で『最強の力』を追い求めてみる気はありませんか?」


 ピタリと笑うのを止め、先程までのけなした態度を改めながら提案を持ち掛けるメディエーター。

 突然の申し出に、アッシュは抱いていた感情も忘れてただひたすら困惑の表情を見せる。


「『最強の力』……。オレは――」

「貴方はずっと、それを求めていたはずです。ただ、現実でのあまりの非力さに嘆き、『叶わない』と思い込んでいるだけで、心の奥底ではずっと欲していたのでしょう? しかし、今の貴方にはそれを手に入れる資格がある。何故なら! 貴方は他の人間とは異なり、器の大きい魂を持っている特別な存在なのですから! せっかく無限大の可能性を秘めているのに、その素質を潰してしまうなんてもったいない話だと思いませんか?」


 メディエーターの言葉に、答えを出せぬまま躊躇(ためら)うアッシュ。

 そんな彼に、メディエーターは困ったような素振りを見せると、ゆっくりと歩み寄り、自身の顔を近づけてそっと耳打ちする。


「……『最強の力』があれば、この無能力者に満ちた間違った世界を変えることが出来ますよ? これまで貴方を化け物扱いした人間共も、貴方がた能力者を差別し支配してきた卑しい無能力者共も、力を手に入れた貴方を前にして、いかに自分達の行いが身勝手で愚かなものであったか後悔するでしょう。それに――」


 アッシュの右手の甲を包み込むように掴み、そのまま彼が負っている胸の傷跡に押しつけてじっくり触らせる。


「この傷を負わせた者――能力者であるにも関わらず、我々の宿敵である無能力者の肩を持ち、貴方を死の直前まで追いやったあの炎の能力者に復讐することも可能ですよ? ワタクシには分かります。貴方が彼女に強い怒りと憎しみ、屈辱感を抱いていることを。それと同時に、彼女に対して死の恐怖を覚えていることを。一度植えつけられた恐怖はなかなか消し去ることは出来ません。植えつけた相手を蹂躙(じゅうりん)し、復讐を遂げるその時までは。恐れを抱いているのならば、それを上回る力を手に入れればいいだけのこと。貴方が今一番望んでいるもの――それは紛れもない、あの憎き炎の能力者に復讐すること、違いますか?」


 穏やかに、しかしニタリと口元を歪ませながら、メディエーターは狡猾な蛇を思わせる悪意に満ちた笑みで囁く。


 やがてメディエーターの手が離れ、自身の傷跡に触れたことでアッシュはあらゆる記憶を思い出す。

 ことあるごとに自分の前に現れては、全ての計画を台無しにしたあの少女のことを。戦闘中、自分が訴えた能力者達の恨みと悲願の声を突き放し、敵に回ったあの裏切り者のことを。そして最後まで馬鹿にしたまま自分を殺しかけ、この体と心に傷を残したあの炎の能力者のことを。


 瞼を閉じ、彼は考える。全ては西の街で出会った時から始まっていたのだ。もしこの最低最悪の出会いが必然だとしたら、今自分がなすべきことは――。


「……本当に、オマエについて行けば『最強の力』が手に入るのか?」


 傷跡を強く掴み、アッシュは真摯な眼差しをメディエーターに向ける。


「それは貴方の実力次第、と言ったところでしょうか。しかし、既にレールは敷かれている。今はまだ力の使い方も戦術も知らない殻のついた雛鳥ですが、正しく導けば立派な『怪物』となれるでしょう。ワタクシ、結構期待しているのですよ? もし貴方にワタクシを失望させない覚悟があるのでしたら――」


 すっと右手をアッシュの前に差し出し、


「協力者としてではなく正式に、ワタクシと共に『こちら側の世界』へ来ませんか?」


 その時、一陣の強い風が音を立てて草原を駆け抜けた。

 地平線に沈みかけた夕日の輝きを背に受けながら、メディエーターは紳士的な笑みを浮かべて答えを待つ。


 ――『こちら側の世界』。


 それはきっと一度踏み出してしまえば、決して後戻りは出来ない深淵のような場所なのだとアッシュは思った。

 今まで自分が学んできた常識や道徳といったものが全く通用しない闇の巣窟。もしこの世界を「正義」と例えるならば、メディエーターの言う場所は間違いなく「悪」に属するだろう。生半可な気持ちでついて行けば、その先に待ち受けているのは破滅と絶望。果たして、自分にその猛毒を食らう覚悟はあるのだろうか?


「覚悟、か。……はっ、そんなもの」


 迷ったのも束の間。アッシュは鼻で笑い飛ばしてそう呟くと、一切の未練を断ち切るように胸を掴んでいた右手を勢いよく振り払った。


「覚悟はテロリストになった時点で既に決めていたさ。この手であの女に復讐することが出来るなら――、オレ達の存在を無能力者に、この世界に思い知らせることが出来るなら、オレは『怪物』にでも何にでもなってやる!」


 心の底から力強く発せられた決意の言葉。

 まるで目の前に用意された毒杯を一気に飲み干すかのように、アッシュは自分に差し出されたメディエーターの手を取った。


「その潔い決断、ますます気に入りましたよ。よろしい、能力者アッシュ・ストリッカー! 今日から貴方は『こちら側の世界』の住人――この世界を相手にする闇の同志、裏切り者となりました! 貴方の敵は、同胞を散々苦しめてきた傲慢な全ての無能力者と、それに加担しようとする愚かな能力者、そして貴方の訴えを否定し殺しかけたあの憎き炎の能力者! 敵となった全ての存在に鉄槌を下せますよう、ワタクシが全面的にサポート致しましょう。その代わり、必ずや我々の期待に応えてくださいね?」

「ああ、勿論だとも」


 メディエーターの要求に、笑いながら応じるアッシュ。

 腕を通じて二対の入れ墨の蛇が這い上がり、全身を駆け巡った後に双頭が左右の頬で留まり、彼の背で絡み合った。


 その姿にメディエーターは満足げに微笑むと、繋がれた右手の力を抜き、するりと離した。


(――これでもう、後戻りすることは出来ないだろう)


 離された手を握り締めて、アッシュは確認するように胸中で呟いた。

 もしかしたら、誘いを受け入れずに踏み留まっていた方が人として幸せな人生を送れたかもしれない。メディエーターについて行くことで、この先自分は幸福よりも多くの後悔を掴むことになるだろう。

 ――だが、もう決断したのだ。『最強の力』を手に入れると。この世界の裏切り者として、全ての敵に復讐すると。


 悪という名の禁断の果実に触れて、アッシュの顔に微かに恍惚の笑みが浮かぶ。


「――では、参りましょうか。生まれ変わった貴方を祝福してくださる同志達の元へ!」


 両腕を広げ、高らかに謳うメディエーター。

 響き渡っていた声が空間に溶け込み、完全なる静寂に包まれたその時、二人の姿は草原の上にもうなかった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆


この度は、『Psychedelic~サイケデリック』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!!

お付き合いしてくださった皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです!


今回でこの回も最終話を迎えてしまいましたが、現在、続編も構想中です。

もし、皆様の中で「この人物がお気に入り!!」というご意見がございましたら、是非感想欄で教えていただけますととても嬉しいですm(_ _)m


また、少しでもこのお話が「面白い!」「続きが気になる!」と思われましたら、是非ブックマークやいいね、評価等で応援をいただけますと嬉しいです!作者の励みになります(星1でも大歓迎です♪)


最後に、本当にありがとうございました!!

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