第58話:決断~アレンの選択(5)
「ん? おーい、アレン。早く来ねえと置いて行かれるぞー。どうかしたのか?」
やや離れた地点で、アレンがついて来ていないことに気づいたのか、ジンは足を止めて大声で呼び掛ける。
「どうもしてねえよ。言われなくてもちゃんとついて行くから黙って歩いてろ」
何の前触れもなく邪魔者扱いされるジン。「何だよ、人が心配してやったのに……」とぼやいて、苦笑しているレイから励ましを受ける。
その姿を横目で眺めてから、アレンは再び視線を先程の星に戻す。
広大な闇の中で唯一見えたこの光のように、ようやく見つけることが出来たメディエーターに関する手掛かり。
アレンはその輝きを、目の前にいない、だが確実にこの国のどこかに潜んでいる人物と重ね合わせて、より鋭く睨みつけた。
――それでは、またお会い致しましょう。今度は遥か彼方、大国エスレーダにて。遠い未来で待っていますよ。
脳内で再生されるメディエーターの声。ただし、これは十年も前のもの。
一日たりとも忘れたことのない憎き相手の言葉を思い出し、アレンは強く拳を握り締める。
激しい怒りと憎悪に燃えた蒼い双眸。やがて彼女は口角を上げると、背筋が凍るような笑みを浮かべながら心の中で叫ぶ。
(――おまえのお望み通り、エスレーダにたどり着いてやったぞ、メディエーター。後はおまえも、おまえの仲間も見つけ出して必ずこの手で復讐してやる!)
手のひらに炎を生み出し、それを握り潰すアレン。指の隙間から漏れた炎の筋が宙に舞い、何もない空間に消えていく。
「アレンさん、そろそろ出発してもよろしいですか? このままではジンさん、いじけたままですよ?」
その時、離れた場所にいたレイが声を掛けてきた。
アレンが何気なく振り向いてみると、そこには気遣いからか、一歩も動かずに彼女を待ち続けているレイと、背を向けた状態でうなだれているジンの姿があった。
手の中にこもっていた熱が次第に冷めていくように、顔から憎しみの色を消していくアレン。そして深いため息をついてからその場を動き出すと、足早にジンの元へと駆け寄っていった。
「おらあっ!」
「ぐはあっ!?」
触れられる程度の距離まで近づいた瞬間、アレンは無防備なジンの背中目掛けて思いきり蹴りを叩き込んだ。
「さっきから何なんだよ、お前は! 落ち込んでいる最中の人間に蹴りを食らわすか、普通!? もっと優しく接することは出来ねえのかよ!」
「うるせえな。おまえのいじけてる姿を見てると、むしゃくしゃするんだよ。いつまでもうじうじしてねえで、とっとと顔を上げろ!」
「理不尽過ぎるだろ、それ!? 元はと言えば、お前が――」
「まあまあ、お二人共、落ち着いてください。確かにジンさんの言い分は正しいですが、アレンさんも彼女なりに貴方を励ましているのですよ?」
両者の争いを静止するべく間に入ったレイの発言に、アレンの体が硬直した。
「励ましだぁ? 今のがか?」
「……おい、紅茶男。適当なこと抜かしてると、てめえも蹴りつけるぞ」
「適当なことかどうかですか? てっきり私には、ジンさんに顔を上げてもらいたいがために行ったものだと思っているのですが。それに、あの時貴女は――」
「それ以上言うな、マジで言うな、もういいからさっさと組織に連れて行け」
言葉を紡ごうとするレイを遮り、アレンはレイの腕を掴んで先を急ごうとする。
「え、何アレン。何、急に急かし始めているんだ? ……ひょっとして、本当に図星だった――」
「うるせえ! 黙ってろ!!」
叫ぶような怒鳴り声と共に、ジンの絶叫が夜の街に響き渡る。
喧騒を聞きつけたのか、建物の窓には複数の人影が映り、通行人に混じってアレン達を見つめていた。
無論、同じ場所にいたレイも例外ではなく、彼らの視線を浴びながら「おやおや」と微苦笑を浮かべると、《クロス・イージス》がある方角を向いて呟く。
「これは組織に着いても、とても賑やかなことになりそうですね。『彼女達』とも仲良くなれればいいのですが、……まあ、それは時間が解決してくれるでしょう」
微苦笑から微笑へと変わり、レイはポジティブ思考で今後のことを考える。
「紅茶男! こいつを連れて組織に行くぞ!」
「おや、口論はもう済みましたか?」
「ああ。俺が謝罪する形で終わらせた。殴られた場所もそうだが、野次馬共の視線が痛い」
アレンの渾身の一撃が炸裂した部位を押さえつつ、やっとの思いで立ち上がるジン。その際、片手で人々を追い払い、レイに訴える。
「そうですね。喧嘩するほど仲が――いえ、失礼。和解が出来ましたことですし、早急に向かうとしましょう」
途中、何かを言い掛けたが、何事もなかったようにレイは振る舞うと、今度こそ組織に続く道のりを歩き始めた。
道中、度々背後から口論にも似た会話を繰り広げる少女と青年の声が聞こえてきたが、彼はその一つひとつに聞き入りながら、とても微笑ましそうに目を細めた。
(言い争うのも信頼し合っているが故、ですかね。お二人がそのことに気づいているかどうかは分かりませんが)
正面を向いたまま、レイはアレン達に気づかれることなくクスリと笑い出す。
そして夜空を仰ぎ見ると、この世界で古くから人々を導くとされている一際明るい輝きを持った星に目をやり、今の自分達と重ね合わせる。
(……果たしてこの出会いは偶然なのか必然なのか。どちらにしてもこの奇縁、悪いものではなさそうですので、きっと私達をよき未来へと導いてくれるでしょう)
僅かな時間、瞼を閉じて心の中で祈りを捧げるレイ。やがて祈りの言葉を終えると、再び背後にいるアレン達に意識を向けて、より穏やかな表情で静かに微笑んだ。
宵の明星が輝く空の下、紅い髪をした炎の能力者の少女と、魔神の体と魂を持った青年、そして対能力者組織の若き最高責任者は、未来に導かれるように街灯が灯る夜の街を歩いて行く。
やがて空も深い闇色に染まり、いくつかの星が見え始めた頃、三人の姿は夜のとばりの中に消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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次からは、いよいよエピローグとなります!
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